16. 守護竜の試練②
一方のラティエは、あの後もう片方の竜にすぐに捕まってしまっていた。
羽交い締めにされたが、もがいているとすぐ脱出できた。どうやら、あえて離してくれたようだ。
だが、武器になるものを探そうと再び駆け出すと、すぐに追い掛けて捕まえてくる。
「に、逃げずに戦えって事ですの……?」
ラティエは苦々しい顔で体術の構えをとる。慣れていない上に、自信の無さからかなりのへっぴり腰になっている。
いつも手に持っている物が、異様に恋しく感じる。
竜人はラティエの様子を見て、両手を広げて待ち構えた。まるで、全て受け止めてやると言わんばかりの体勢だ。
「……それは、『避けるまでもない』って事ですの?」
ラティエはムッとして、竜人の筋肉隆々のみぞおち目掛けて右ストレートを一発お見舞いした。
「イッタぁ……」
ラティエが涙目で拳をさする。体重の乗っていない素人のパンチは、下手をすれば逆に自身の拳を痛めるだけだ。
竜人は笑っているのか、目を細めているので、それが余計にラティエの神経を逆撫でした。
やけくそになったラティエは、滅茶苦茶に蹴ったり叩いたりする。
一方の竜人は受ける事も反撃もせず、ただそこに突っ立っている。
体格の差のせいで、子どもが大きな人形相手に、戦いごっこでもしているようである。
「はぁ……はぁ……。慣れない事をすると疲れますわ……」
汗だくのラティエは、肩で息をして座り込む。
「ラティエ、魔法はどうしたのだ?」
後方から安心感のある話し掛けられた。
「メガルダ……きゃあああああ!!!!」
声の主を確認した途端、家の中の黒い悪魔を見た時のように叫ぶ。
「急に話し掛けて驚かせたな、すまなかった」
ラティエはどうにか気持ちを落ち着かせたが、驚いたのは気味悪いムカデと見間違えたからだ、とは言い出せなかった。
「先程から見ていたがラティエ、お主はどちらかというと肉弾戦は苦手だろう。どうして自分の得意な距離を取らない?」
「でも、ここは聖域の中でしょう?魔法は使えないはず……」
「まだ試してない。やらぬ内から決め付けないことだ」
叱られているような気持ちになり、ラティエはしょんぼりしながらも、手の平に魔力を集める。フワッとラティエの魔力が起こした風が吹いた。
「あ……」
「これで理解できたな」
そしてメガルダンドは、この戦いが自分の長所を見付ける為のものであると説明する。しかし、ラティエは得意だと思っていた攻撃魔法でさえ、ルークには遠く及ばないと知ってしまった。
自分は他に、何ができるというのだろう。
そもそも魔法とは、自身やその周囲に流れる魔力をコントロールする技法である。
人間等、知力が高い生物はそこに『術式』という手法を加えて精度や威力を高めており、発動する魔法の力を高めようとすればする程、術式は複雑化していく。
ラティエは攻撃魔法の適性のみが飛び抜けて高く、どんな複雑な術式も、攻撃魔法の物ならばすんなりと頭に入ってきた。
魔法の種類ならば、ルークよりも多く知っているが、いくら術式で威力を補っても、マルディシオンで強化されたルークの基礎魔法にも敵わない。
「ラティエは……、バァンさんみたいに力が強いわけでも、ルーク様みたいに魔法が強いわけでもありませんわ……」
「ラティエよ、お主は戦いにおいて、常に周りをよく見ている。そして、それに最適な行動を的確に選んでいる」
気休めなのだろうか、それでもその言葉は、沈んだラティエの心に染み渡り、思わず目頭が熱くなる。
「この戦いでも同じ事だ。周りをよく見、最適な行動をするのだ。それがヒントだ」
そう言って、メガルダンドはスッと消えていった。
それを見届けたラティエは、これまでのメガルダンドとの話を思い返す。
「『魔法』と『周りを見る』……。
……もしかして」
何かを思い付いたラティエは、再び竜人に背を向けて走り出す。それを追いかけようと、竜人が身を屈めたその時、
「あなたは動かないでくださいまし!」
ラティエは振り返ったと同時に、両手を思い切り地面に押し付けた。
竜人の足元がぐんぐんと山のように盛り上がり、たまらず体勢を崩した。その瞬間、四方から地面が津波のように覆い被さり、首から下をすっかり埋めてしまった。
大量の土に固められたせいで、首以外が動かせず、なかなか脱出できない。
ラティエはその間に小川へ向かって走った。
「魔力が足りないなら、周りを利用すればいいのですわ!」
そう言って水のドリルを作り出すと、回転をどんどん速めた。幅も細くなっていき、威力が一点に凝縮されていく。
それを竜人が埋もれる山目掛けて、レーザービームのように打ち出す。
そしてそれは、身動きが取れない竜人の眉間を容赦無く貫いた。
撃ち抜かれた風穴から、光の粒がキラキラと立ち上り、竜人はスウッと消えていった。
魔力が足りないならば、周りにある自然のエネルギーで力を補えばいい。
それが、ラティエの見付けた答えである。
「ラティエ……一人で勝てましたの?そういえばバァンさんは?」
喜びを噛み締める間もなく、ラティエはバァンを探す。
遠くの方で、ラティエの時と同じような光の粒が、キラキラと立ち上っている。
バァンの方も決着したようだ。
「バァン、ラティエよ。お主達の力、しかと見せてもらった」




