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3. 絶望と過ち

「心配するな、ルーク。今すぐここで分かるわけではないが、そのうち必ず原因が判明する時がくる。それまでの辛抱だぞ」


 校長は落ち込むルークの両肩を力強く掴み、頷いた。更に、個人的にルークの体質の原因を調べてくれると言う。これ程心強い事はあるだろうか。

 国の権威であり、実力もあるこの校長なら何とかしてくれそうだ。ルークは安心から微笑む。


 しかし原因が分かるまで、魔法の稽古で出来ることが無くなってしまった。


「さて、魔法が後回しなら、予定を早めて剣の稽古を先にしようじゃないか。ついてきなさい」


 そう言うと校長は、ローブの裾を派手に翻して廊下に出ていったので、ルークは慌ててそれを追いかけた。








 二人は校庭へ出た。

 校長は木剣を持ち、いつもルークが一人練習している場所に着くと、


「まずは動きをよく見せてくれないか?」


 剣の持ち手を差し出した。ルークが両手でグリップを握り、校長が片手を離す。


 ズシリと切っ先が地面に落ちる。

 ルークはヨイショとグリップを持ち直し、授業で習った全ての型を校長の前でやり始めた。


 軌道はヘロヘロとぶれているし、所々フォームがおかしい。

 周りからはクスクスと嘲笑が聞こえるが、いずれここにいる人間全員を見返せると思えばルークは俄然やる気が沸いた。


「見てろよ……!」


 次の日からルークと校長は、毎日放課後に校庭で稽古をした。

 校長はルークの思っている以上に凄い人だった。魔法の事だけでなく、武器の事もよく知っている。

 剣や斧、鞭、トンファー、様々な種類の武器を使いこなしてルークに向き合ってくれた。


「はあ……はあ……、凄いや先生……」


 ルークは疲れ果て、大の字にその場に寝転んだ。


「経験の差だ、先生も剣はまだまださ。正直、一流の剣士に比べたら、君に教えてやれる程のものではないだろう」


 校長は木剣を慣れた手付きでくるくると弄びながら言った。

 魔法はもちろん、武器の扱いも長けている。まさにあの石像のようではないか。


「先生……、もしかしてあの像って先生がモデルなんじゃ……?」


「ん……?あっはっはっはっ!!」


 校長はきょとんとした後、腹を抱えて笑った。


「先生が?学校の象徴であるあの像!?それは光栄だ!」


 像を見上げながら校長は続ける。


「だが、この石像のモデルは不明だ。きっと大昔に流行ったお伽噺の主人公か誰かだろう。現に、先生が物心付いた頃には既にあったものだからね」


「そうなんですね……。一体、この人は誰なんだろう?」


「この像の人物が誰であろうと、ルークは像のように立派な魔法剣士になるんだろ?」


 校長が優しくルークの肩を叩いた。


「はい!もちろんです!」


ルークが元気よく答えた。









 しかし、あれから3ヶ月が経とうとしているのに、一向に成果は見えなかった。

 なにせ、下手をすれば幼い子どもにも喧嘩で負けてしまいそうなのだ。

 あえてそういう風に振る舞っているのでは?と言われても仕方ない程だった。


「また校長室に行ってる……」


「校長先生もお忙しいのに手間をかけさせて……」


「時間の無駄……」


「退学すればいいのに……」







 心無い声の聞こえる時が、日に日に増えていった。

 校長が近くにいるせいか、バァンに絡まれる事は無くなったが、ルークは心が折れる寸前だった。


 しかし、自分に真摯に向き合ってくれる校長の為、目を虚ろにしながらも、毎日真面目に校長室に通っていた。


 そんなある日。





「ルーク君、いい加減もうやめたらどうです?」


 あと少しで校長室、という所で後ろから誰かに話しかけられた。

 振り返ると、黒髪メガネのいかにも勉強が得意そうな男子生徒が立っていた。

 ローブとブレザーが合体したような制服を見ると、魔法使い科の生徒だろう。


「ジニアス君……だっけ?」


「そうです、魔法使い科『首席』のジニアスです!」


 首席という単語をやけに強調してジニアスは答えた。


「また校長先生の所へ行くんですね?

 そうやってわざとダメなように振る舞い、校長先生の気を引いて……情けないと思わないのですか!?」


「ちが……、いつも俺は本気で──」


 ルークが喋るのを遮るように、ジニアスは続ける。まるで聞く耳を持たない。


「本当なら、将来有望な僕を気に掛けていくべきなのに……。お前が先生の周りをチョロチョロしてるからその時間が無くなってるだろ!」


 気分が昂っているせいだろう。ジニアスから丁寧な口調が消えた。

 顔は歪み、血管が破裂してしまいそうな程全体に浮き上がっていた。


「金さえ払えば入学できるのがそもそも間違ってるんだ!でなければこんな不愉快な思いをせずに済んだんだ!

 お前も!校長先生も!どいつもこいつも無能ばっかりだ!」


 その言葉はルークにとって聞き捨てならなかった。思わずジニアスに殴りかかる。


「校長先生を馬鹿にするなあああ!!」


 普通なら頬に強烈な一撃をお見舞いする場面だが、ルークの渾身のパンチは、運動が苦手であろう魔法使い科のジニアスにでさえ、ひょいと避けられてしまった。


 ルークは勢いそのまま、バランスを崩してよろめいた。


「前衛職志望でない僕にですら当てられないとは……。噂に聞いた通りの役立たずですね」


 ジニアスは、ずれたメガネを中指でくいと直した。怒鳴るだけ怒鳴ったからか、冷静さを取り戻していた。


「おっと、僕はこれで失礼します。

何せ上級職のアークメイジの国家試験が近く、君と違って忙しいのでね」


 そう言うと空間転移の魔法を使い、一瞬で消えてしまった。


 目の前で高度な魔法を見ると、自分の不甲斐なさが際立って仕方がなかった。


 ルークも校長室へ向かうことにした。扉の前まで来ると、校長が誰かと話しているのが聞こえた。


「校長、これ以上ルークをえこひいきするのは辞めてください!」


 それは教頭の声だった。

 ルークは自分の名前が聞こえた為、気になってそっと扉に近付き、耳を澄ませた。

 何やら校長と教頭が言い争っているようだった。


「えこひいき?私はただ、授業が遅れている生徒を手助けしてやってるだけだが?」


教頭が言うには、校長がルークに特別な稽古をつけているせいで、他の生徒から不満の声が出ており、モチベーションが落ちているとの事だった。

 ルークはショックだったが、校長が何を言うか期待半分、不安半分で聞いていた。


「それに校長だって正直辛いのではありませんか?」


「辛い?私がか?」


「ええ。毎日見ていますが、彼、全く進歩が無いじゃないですか」


 校長はその言葉に、何も言わずだまりこんだ。そして少し沈黙が流れると、


「……正直、あそこまでできない子だとは思わなかった。

私が少しサポートしてやればすぐに皆に追い付くと、そう思っていた」


 ルークの心臓がズキリと痛んだ。


「実際は違いましたね」


「ああ……」


「ではルークの稽古は、今日で辞めていただけますね?」


「そうだな……何か他の──」


 まだ校長の話は続いていたようだが、ルークはたまらずその場から駆け出した。


「校長先生……!先生まで……俺は……!」


 もう涙を堪える事ができなかった。

 そして気が付くと、あの場所に来ていた。


 3ヶ月前、マルディシオンの存在をルークに教えた老婆と出会ったあの茂みに。


「もう俺にはあの薬しかない……!」


 しかし、ルークはどうする事もできなかった。とりあえず来てみたはいいが、その老婆の名前すら知らない状況だ。


 何故あの時名前くらい尋ねなかったのか?ルークが後悔していたその時だった。


「よく来たね坊や、そろそろだろうと思っていたよ」

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