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1.落ちこぼれ

 今思えば、それは短絡的で衝動的な事だった。


 その少年ルークは、ただただ力を欲した。


  ──剣を力強く華麗に振り、強大な魔法を美しく扱う──


 この剣と魔法が支配する世界で、誰もが一度は夢見、憧れるであろうその力。


 ルークには、そのどれもがなかった。

 常に周りから馬鹿にされ、さげずまれ、ついには慕っていた人間にも見放される。


 しかし、不意に機会は訪れるものである。

 その力を使い、皆を見返し、故郷に錦を飾る……はずだった。


「どうして俺、女になってるんだ!?」
















 それは3ヶ月程前まで遡る。


 ここは、次世代の剣士や魔法使いを育てる養成学校。

 ルークは毎日授業の終わりに、学舎の庭でダミー人形相手に剣の練習をしていた。


 今日も日課を始めようと準備をしていると、がたいのいい男子生徒が一人、目の前に立ちはだかりルークに話しかけてきた。


「よおルーク、模擬戦しようぜー」


 彼は戦士科のバァンである。友好的に声をかけてくるが、その目的は日々のストレス発散だ。


「いや、いい……」


「あ?何だって?」


 断るやいなや、バァンはルークを即座に威圧する。体格の差がありすぎて、ルークはバァンが作った夕日の陰にすっぽりと入ってしまっている。

 ルークはたまらず蛇に睨まれた蛙のように小さくなってしまうので、バァンはその様子を見てにんまりと優越感に浸る。


「まあそう言うなよー」


 ルークの肩に手を回し、無理やり屋外練習場まで連れていく。

 ルークは毎回勇気を振り絞って拒絶するが、最終的にはどうしても付き合わされてしまう。

 そして、いつも一方的に殴られる。


「お、バァンの奴またやってるぜ」


「手加減してやれよなー」


 バァンと同じ戦士科の、ガラの悪い男子生徒達がヤジを飛ばして去っていく。他の生徒もただその様子を見ているだけである。


 バァンはルークをひとしきり殴ると、フィニッシュとばかりにぶっ飛ばす。ルークはそのままドンと大の字に倒れた。

 学校支給の鎧のお陰で身体へのダメージは軽いが、剥き出しの顔はすっかり腫れ上がってしまった。


「おやおや? 戦士科首席である俺様のパンチは落ちこぼれの君にはちょーっと刺激的だったかな?」


 バァンはルークの顔を、ニヤニヤと得意気に覗き込む。

 陰っている顔に白い歯だけが不気味に浮かび上がり、戦士科の制服である無骨な重鎧が、夕日を反射しギラギラと輝く。


「首席って……模擬戦闘だけじゃないかよ!」


 ルークは何とか一発でもやり返そうと、起き上がる勢いに任せて頭突きをお見舞い──と思ったが、サッと避けられてしまった。

 めげずに次は殴りかかったが、それも片手で軽く止められてしまう。


 こちらは全力のはずなのに、バァンは意地悪い笑みを絶やさず、余裕でルークのパンチをあしらう。身長差もあって、まるで親子でじゃれあっているかのようである。


 周りの人間は、ただ何をするわけでもなく、遠巻きにそれを見ていた。


「あまりにも一方的で申し訳ねぇな。今日は特別に、お前の一発を食らってやるよ」


 バァンが鼻で笑いながら言った。

 ルークは怒りで震える拳をギュっと握りしめ、殴りかかかろうと一歩踏み出すと、


「但し、魔法でな!」


 ルークはその場でピタリと止まり、表情を曇らせる。


「ルーク君は魔法剣士科だろー?見たいなールーク君のまーほーう!」


 バァンの挑発行為に、ルークは頭に血が上る。

標的をキッと睨み付け、勢いよく手をかざす。



「ファイア!」


 


 掌からジュッと煙が立ち上がった。


「ギャハハハハっ!!」


 静かな校舎にバァンの大きな笑い声が響き渡り、驚いた鳥たちがワラワラと木から逃げていく。


「悪い悪い、ルークは魔法使えなかったんだよな!魔法剣士なのに!ぶはははは!」


 バァンはそのまま腹を抱えながら立ち去っていった。


 残されたルークは、肩を震わせ、滲む視界で自身の手を見つめていた。


「……本来なら、炎が出るはずなのに……」


 こんなやりとりはいつもの事だが、やはりバカにされたり笑われるのは辛く、いつまで経っても慣れるものではなかった。


「俺は……あの人みたいになるのは無理なのか……?」


 ルークは校庭の中央にある石像を見つめて呟いた。


 その石像は、天使のような翼を背中から生やした女性の像で、魔法の杖を左手に持ち、自分の身長の半分はあろうかという剣を右手で勇ましく掲げている。

 昔から各地に同じような像があるらしいが、誰をモチーフにしたものなのか、今となっては誰も知らない。

 ルークの故郷にもあるが、顔が半分壊れてしまっている。


 この学校のように全身が綺麗に残っているのは珍しいらしく、剣と魔法を象徴しているかのようなので、大切にされているのだろう。


 ここは、歴史ある名門校で、剣士、戦士、魔法使いの他にも様々な武芸を学べる。


 国からの信用も厚く、学校の卒業生というだけで賞金稼ぎの報酬は上乗せ。さらに首席となれば、王国の兵士へは志願すれば採用がほぼ確定的になる程である。

 ちなみに、入学金を納めさえすれば誰でも入学する事は出来る為、門徒は広い。


 ルークは、偉大な魔法使いの弟子だったと聞く父方の祖父に憧れていた。そして、剣士にも興味があるという理由で、魔法剣士科に入学した。


 入学後、この像に憧れ、同じように立派な魔法剣士になりたいと日々鍛練してきた。

 そしてゆくゆくは王国の兵士となり、戦果を挙げ、故郷から送り出してくれた祖母に楽な暮らしをさせてやりたいと思っている。


 幼い頃にあった戦争で両親を失って以来、父方の祖父母と暮らしていたのだが、入学前に祖父が亡くなり、身内は祖母一人だけになってしまった。

 入学金は、祖父の遺産から出してもらっている。


「入学して2年経つのに……。 このままじゃ、じいちゃんの遺産が無駄になってしまう……」


 ルークはどういうわけか、昔から魔法が苦手で、剣もどんなに練習を重ねても上達の兆しが見えなかった。


 本来魔力はあらゆる生物に存在し、血液の様に全身を駆け巡っている。そしてそれは、筋肉の様にトレーニングによって鍛える事ができる。

 なので多少の得意不得意の差はあれど、本来なら、全ての人間が魔法を使う事ができる。


 この事からどんなに頑張っても魔法が使えないルークを、周りの人間は不気味がったり、或いは蔑んだりしていた。


 ルークは夕日を背に、ただただ立ち尽くしている。


「ルーク、まだ部屋に戻っていなかったのか」








 慌てて顔をぬぐって振り返ると、長いマントとローブを纏った赤髪の中年女性が立っている。


「校長先生……」


「もうすぐ夕食の時間だろう、部屋に戻りなさい。後片付けは先生がやっておくから」


 校長は手をかざして、あっという間にルークの傷を回復させると、先程のバァンとのやりとりを知ってか知らずか、優しくルークの肩に手を添えた。


「校長先生……俺、毎日練習してるのに、どうして何も上達しないんでしょう……」


 ルークは足元を見つめて言った。

 校長はルークを哀れに思った。彼が毎日放課後に人一倍稽古をしているのを、そしてそれが報われていないことも全て知っていた。

 だからこそ、なんとかして立派に卒業させてやりたいと常々思っていた。

 そんな事、ルークは知る由もなかったが。


「……ルーク。明日から放課後は、校長室に来なさい」


 ルークは目を丸くした。

 なんと、校長が直々に稽古をつけてくれるという。

 校長は学校の運営側なので、教鞭を奮う事はまず無い。だが魔法の実力はここ、アクストゥア国中に知れ渡っている。

 ルーク自身、校長の実力は話に聞いただけであまりピンと来てはいないが、何やら特別な提案をされている事は分かった。


「さ、わかったら早く行きなさい。夜は危ないから」


「あ、ありがとうございます!よろしくお願いします!」


 ルークは校長へお礼を言うと、嬉しさのあまり寮へ向かって全力で走っていった。














「坊や、聞こえたよ。強くなりたいのかい?」


 その時、不意にしゃがれた声に話しかけられた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が強くなっていくのを見るのががわくわくします。 文章力すごいですね。 [一言] 頑張ってください。応援してます
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