それぞれの脱出
街道を二人の騎士が馬で駆けていくのを見送り、その鎧が皮鎧ベースの軽装備だとわかり、ドン引きするティア。
「たかがメイド一人が逃げ出したくらいでここまでやるかな」
騎士の向かった先がどこなのか正確にはわからないが、予想はつく。ティアの実家だ。
通常、王都から街へ何かの連絡をする場合は、専用の魔道具を使って行うのだが、軽装備の騎士を急がせたという事は連絡用魔道具では伝えたくない、つまりおおっぴらにしたくないことを伝達させていると言うこと。
騎士を走らせる中で一番多いケースが、『ちょっとやらかした貴族家をこっそり取り潰す』と言う奴だ。連絡用魔道具は大抵は領主……つまり、貴族の家に置かれており、何かの拍子で肝心の貴族家に聞かれることだってある。こっそり取り潰すのに情報漏洩を防ぐのはとても大事なのだ。
つまり、ティアの実家は取り潰し確定と言うこと。親不孝ここに極まれりと言ったところか。ちょっとやり過ぎでは無いかとも思うが、王家のメンツという奴は結構面倒くさい。
昨日のうちに冒険者ギルドの連絡用魔道具ですぐに荷物をまとめて国外に出るように連絡をしてあるが、これだと間に合わない可能性が出てきた。
「はあ……仕方ない」
そう、仕方ないのだと自分に言い聞かせ、森の中を走る。実家の方向、幹隆たちが向かっているのとは真逆の方向へ。街道を使わずに一直線に進めば馬より早く着けるだろうと判断して。
そんなことが出来る時点でたかがメイドではないと言うことは気にしないことにして。
「女性だけの旅なんて危なくなかったのかい?」
「いえ、この奴隷、オーク程度なら素手で倒せるくらい強いんです」
「そりゃすごいな」
宿の主人が女二人旅を心配していたが、茜が適当にごまかす。幹隆はというと、終始うつむいたまま。
「奴隷、特に獣人の奴隷は命令を受けていない時は大抵うつむいています。己の運命を呪いながら」
そう言っていたティアのアドバイスに従っているのだが、一応それなりに見えているようである。
「じゃ、一晩……奴隷は普通馬小屋とかだけど、護衛なら一緒の部屋でいいのかな?」
「はい。一応小綺麗にさせてますので」
二階の部屋の鍵を受け取り、階段へ向かうと、幹隆が仕方なさそうに着いていく。
それを見送りながら宿の主人はぽつりと呟く。
「あれでそんなに強いのか。獣人ってのはわからんものだな」
王都から近いと言っても、街道から外れたところの村では獣人自体、ほとんど見かけないので、その程度の認識。
そして、特に気にする必要も無いと判断したので、三日もすれば二人のことは頭から抜け落ちる。酒場がメインの宿屋ではきちんと宿代を払った宿泊客よりも、ツケで飲んで、なかなか払おうとしない客の方が重要なのだ。
「とりあえずうまくいったね」
「油断は出来ないけどな」
いつどこでぼろが出るかわかったもんじゃ無いので、かなり神経を使う。
「はあ……疲れた」
ボフッとベッドに茜が倒れ込む。
部屋にあるベッドはシングルサイズが一つだけ。
「茜、ここ一人部屋だっけ?」
「奴隷は床で寝ろって事なんじゃない?」
確かに部屋の隅にすり切れた薄い毛布が置かれているが……
「はあ……我慢するしか無いか」
さすがに徹夜で走ってきたので一眠りしたいと毛布を広げる。こんな状態でもダンジョンで地べたに寝ていたのに比べれば天国だ。
「ミキくん」
「ん?」
「こっちこっち」
茜が自分の寝ている横をポンポンと叩く。
「一緒に寝よ?」
「何故かわからないが、貞操の危機を感じるので遠慮します」
「ひどい!」
だが、床で寝ようとすると茜も隣で寝ようとするので仕方なくベッドへ。
「ねえ、ミキくん。質問があるんだけど」
「何かな?」
「どうして私は手足が自由に動かないのかな?」
「それはね、茜が簀巻きにされているからだよ」
「ねえ、ミキくん。質問があるんだけど」
「何かな?」
「どうして私は簀巻きにされているのかな?」
「それ、聞きたいか?」
「うう……」
「おとなしく寝よう、な?」
「こんなの生殺しだよぉ」
「それ、普通は俺の台詞なんだけど」
しばらくの間、茜はピチピチと跳ねていた。
「さて、これで全員か」
満足げに頷く行本の声を聞きながら、塚本は集まった面々を見る。
男は行本を含め三人、女は塚本を含め四人。人間、亜人、獣人と種族も様々だが、元の世界での交友関係と口の堅さで選んだだけあって他に計画は漏れていないという。
「準備状況の確認なんだけど……」
各自がそれぞれに準備してきた状況を報告する。塚本も、自分の事を話す。
「よし、問題ないな。昼に伝えた通り、昨夜事態が大きく動いた。動いたこと自体はいいんだが、これ以上こちらの動きを隠しておくのが難しくなりつつあるくらいに派手に動かれた」
「と言うことは?」
「明日、決行する」
「いよいよか」
「ちょっと緊張してきた」
それぞれが感想を呟く。
「ところで、事態が動いたってのは何があったんだ?」
「あの馬鹿の暴走だろ?」
「いや違う。そんな程度の話じゃ無い」
行本の言葉に全員が静まりかえる。
「一ヶ月ほど前、Cグループのパーティが行方不明になっただのは知ってるよね?」
「ああ」
「結局よくわからなかったんだよな?」
かなり騒ぎになったので全員が覚えている。
「昨日、その中の二人が帰ってきたのは?」
一応、それも知らされていたので、全員が頷く。
「昨日、あの馬鹿が二人のうちの一人を呼び出して、反撃食らって撃沈したらしい」
「らしい?お前らしくない曖昧な言い方だな」
「部屋の中をのぞき見る趣味は無いよ。メイドに連れられて部屋に入って、五分もしないで出てきて自分の部屋に走って戻っていったのは確認したけどね」
ビーストテイマーの能力で動物を使役する……だけでなく、視覚・聴覚も共有出来るので、鳥や小動物を使い情報収集をしていた一環だ。なお、行本はこの能力をあくまでも公の場を同時に複数監視するまでに留め、各自の個室や風呂場などは覗いていない。断じて。いや、信じてやってくれ。
「それだけ?」
「そのあと、聖女を呼び出して……教会から神官が数名呼ばれていたな。おそらく負傷の治療じゃ無いかなと」
「なるほど」
「そして、そのゴタゴタの間に、二人と、二人についていたメイドが城を出て、王都からも脱出」
「質問」
「ハイどうぞ」
「城を出てとか言うけど、城壁とかどうしたんだ?」
「簡単な話だけど、二人は……力業で乗り越えた」
「力業?」
「城壁はジャンプして飛び越えてたな」
「すげぇ」
「メイドは正攻法で出ていったね」
「その辺詳しく」
「あとでいいかな?」
「いいぜ」
さすがに語り出したら長くなる。
「で、二人の方……茜とミキだけど、城の北西方向の村に滞在中。メイドの方は全力で南東方向へ移動中」
「逆方向?」
「詳しくわからないけど、あっちもあっちでアクシデント発生っぽいね」
「俺たちはどっちへ?」
「北西方向。茜たちを追う」
「追いつけるのか?」
「全力疾走かな。事前に何とかしたいと思っているけど、それなりに警戒してそうだからあまり期待しないでくれ」
ここまで話したところでポンと手を打つ。
「さて、そういうわけで明日決行。ダンジョン行きは禁止されてるけど、アレコレ理由を付ければ街に出ることは可能だからね。バラバラに出て、城壁近くで合流しよう」
あらかじめ綿密に計画していたであろう詳細を伝えていく。
どういうルートを辿っていくのか、それぞれの持ち物・役割は、などなど。
「じゃ、そういうことで」
軽い一言で解散となった。
「クソッ……あのアマ……」
明かりも点けない暗い部屋で稲垣(偽物)が一人毒づく。
教会の神官たちによる治癒魔法をもってしても傷は完治せず、両腕はギプスで固められており、あまり自由に動かない。日常生活にあまり支障が無いのは救いだが。
だがそれ以上に、彼のモノは排泄以外は機能しなくなっていた。潰れているし、折れているので、最低限の生命維持に必要な範囲で機能しているだけマシだとも言える。
同室のハーフエルフと共に所在がわからなくなっており、二人についていたメイドが派手な立ち回りの末、王都を脱出したと言うことも聞かされた。
唯一の手がかりであるメイドを騎士たちが追っているらしいが、騎士団団長が言うには「アイツが本気で逃げたとしたら見つけるのは不可能」と断言していたと言う。一体何者だ?
「クソッ」
ダン!と荒々しく床を踏みならす……拳で殴ると折れたところが痛むので。
「絶対に許さん……」
幹隆が目の前にいたらこう言うだろう。
「自業自得だろ?」
だが、自己中をこじらせた彼がそんなことを考えるわけが無いのだ。
作者は数年前に手首を骨折しました。肘から掌までがっちり固定されていたのですが、普通に動かせたのでそれほど困りませんでした。稲垣(偽物)は両手ですが、自業自得と言うことで。




