それぞれの朝
「昨夜の騒ぎ、何だったか知ってる?」
「ああ、あれな。うるさかったよな。何だったんだ?」
「チラッと聞こえたんだけど、魔族が侵入して剣聖稲垣が撃退したらしいぜ」
「マジか」
「だけど相手も強くてさ、稲垣、重傷だって」
「うわー」
朝食はそんな噂話が飛び交っていた。噂話なんてのは情報ソースもいい加減で、誰かの主観がふんだんに盛り込まれ、尾ヒレ背ビレがついて勝手に泳ぎ回るモノ。
真実なんかよりも、異世界生活というストレスを少しでも和らげる要素があればすがりつく。多くの生徒たちがそんな感じで「剣聖すげー」「重傷か、心配だな」でまとまっていた。
「知らぬが仏とはよく言ったもんだな」
鈴木が誰にとも無くぽつりと呟く。
「そうだな……だが、実際昨日は何があったんだ?稲垣がぶちのめされたくらいであの騒ぎは無いだろう?」
「ですよね」
塚本と米山も鈴木同様、事の全容は知らされていない。
「ま、いいだろ」
Aグループのトップである鈴木たちにも知らされていないと言うことは、知らせたくない理由があると言うこと。つついてもロクな事にならないだろう。
「さてと、今日はダンジョン行きが中止になったし、ちょいとばかし魔法の練習でもしてくるわ」
さっさと食べ終えた鈴木が席を立つ。
「そうか。私たちは何人か誘って訓練をしてくる」
「わかった。まあ、何も無いと思うが、何かあったら遠慮無く呼んでくれ……あ、いや……あんまり呼ばれたくないな。面倒くさそうだ」
「遠慮するな。もめ事が起きたらすぐに呼んでやる」
隣で米山もウンウンと頷いている。
「……ま、いいけどな」
言い残して鈴木が食堂をあとにする。
しばらくすると、一人二人と席を立ち、八時になる頃には全員が食堂をあとにしていた。
座学も無くなった最近は、ほぼ毎日ダンジョンに通うようになっていたのだが、それが中止になると各自が思い思いに過ごすようになっていた。
「せいっ」
塚本が槍を突き出すと、目の前の岩が砕け散る。
すぐさま槍を引き、続けざまに素早く何度も突き立てると、細かい破片がさらに細かく砕かれる。さらに何度も突き立てていくと、目の粗い砂利山のできあがりである。
「幸子、すごいねぇ」
「いや、律子の魔法もずいぶん上達したんじゃ無いか?」
「えー、そうかな?」
「ああ。日に日に岩が硬くなってきている」
「そっかぁ、えへへ」
竹下律子
土魔法使い レベル2 (135/2000)
HP 94/94
MP 113/176
STR 5
INT 15
AGI 8
DEX 11
VIT 4
LUC 7
「よし、また頑張って岩を作るよ!」
「ああ」
砂利の山を前にうんうん唸り始めた――本人は魔法を使っているつもりらしい――のを横目に、槍を構え、素振りをする。
塚本幸子
槍聖 レベル6 (721/6000)
HP 328/328
MP 183/183
STR 18
INT 7
AGI 13
DEX 13
VIT 8
LUC 5
ブンッと振り下ろし、水平でピタッと止める。騎士たちが言うには、今使っている槍はかなりの重さで、槍を持って一ヶ月で扱えるような物ではなく、その鋭い槍さばきも普通では考えられないという。
元の世界では槍なんて持ったことはないんだが、槍聖という才能のおかげで様になるものなんだなと感心する。
「やあ、ゆっこ」
「うわああっ」
「いきなり大声出すなよ、驚くじゃないか」
「そ、その名でいきなり呼ぶな。その……心の準備というものがだな」
「じゃあ、次からは呼ぶ前に断りを入れるよ」
「そう言う問題じゃないんだが」
そう言って、目の前の男を睨み付ける。身長は塚本よりもやや低い程度、茶髪黒目の人間だが、その見た目は勿論元の世界の姿とは大きく違うのを知っている。そして、あまり名前を呼びたくないと言うことも。
行本浩太
ビーストマスター レベル1 (451/1000)
HP 99/99
MP 128/128
STR 7
INT 9
AGI 8
DEX 9
VIT 7
LUC 7
「何の用だ?」
「あれ?用事が無いと来ちゃダメかい?」
「ダメとは言わないが、あまり会いたくない」
「酷いな。これでも君の一番の理解者を自負しているんだけど」
「それはそうだが……」
「ま、いいや。ちゃんと用事があるんだよ」
「そうか。なんだ?」
「今夜集まろう。昨夜のゴタゴタで色々と事態が大きく動いた」
「大きくって……あの馬鹿が暴走しただけだろう?」
「それだけじゃないって事。それじゃ」
「あ、待て」
ヒラヒラと手を振って去ろうとするのを慌てて止める。
「なんだい?」
「行く、とは言ってないんだが」
「ああ。君の自由意志は尊重するから来なくても構わないさ」
「う……」
「だけど、来ないなら来ないで、邪魔だけはしないで欲しい。それじゃ」
去って行く背中を見送ることしか出来なかった。
「あれがティアさんの言ってた村か」
「やっと着いたねぇ」
夜を徹して森を走り、昼過ぎにティアと合流する予定としている村が見えてきた。街道沿いに行った場合、馬車で二日かかる距離だが、森を突っ切ってショートカットしたために、予想通りに早く着いた。
「じゃ、ミキくん、着替えて」
「着替えなきゃダメか?」
「ティアさんが言ってたじゃない」
「そうだけど」
「そんなにひどい格好じゃないようにしてもらってるんだし」
「はあ……わかった」
茜から服を受け取ると茂みの中へ。さすがに外から丸見えの場所で着替える神経は持ち合わせてはいない。
「茜……こそこそ覗くくらいならいっそそばで見ててもいいんだぞ?」
「ミキくん!こう言うのはこっそり覗くシチュエーションが燃えるんじゃない!」
「いや、茜……昨日も一緒に風呂に入ったじゃないか」
「それはそれ!これはこれなの!」
茜のおっさん化を誰か止めてくれ……
「お二人が王都を出て王国脱出をするにあたって枷になるのは幹隆さんですね」
「俺?」
「ええ。お二人もご存じの通り、王国は人間至上主義の国です。まあ、普通に暮らしている獣人もいますが、街や村を移動する獣人はかなり目立ちます」
「目立つと不味い、ですよね」
「ええ。ですから、獣人でも目立たない方法を」
「目立たない方法?」
「簡単です。奴隷になればいいんですよ」
茜は髪型をちょっといじり、髪飾りや帽子を被って耳を隠してしまえば人間に見えるが、幹隆はどうやっても耳と尻尾が隠しきれない。そこで、ややボロい服に着替え、奴隷であることを示す首輪に似た物をはめ、護衛として奴隷を連れた女性、という設定にするのだ。
大きな木の根元に荷物を置き、着ている服を脱ごうとする。
「なんか視線を感じる」
「わ、私じゃないよ?」
「いや茜の位置じゃない。木の上の方から」
「うらやまけしからん!」
「その反応おかしくね?」
そんなやりとりの間に視線は感じなくなっていた。なんだろう?疑問は残るが、いつまでもここで服を脱ごうとするポーズで固まっているわけにも行かないので、えいやと脱ぎ、用意されていた服に着替える。こっちに来たときに着た服に似た作りだった。
「よく見ると、脇とか丸見えね。これはこれで」
「上に一枚羽織るからね」
「なんで?!」
「寒いから」
「ガーン……」
「リアルにガーンって言う奴、なかなかいないよな」
一枚、これまたボロい服を出して上に羽織り、腰回りを紐で止め、黒い首輪をはめて完成。
「なんだかな……」
「ミキくん!」
「何?」
「首輪に鎖を付けたい!」
「お断りします」
「そんなぁ……」
「ほら、馬鹿やってないで行くぞ」
「うう……」
村には宿があるらしいので、そこで一泊。朝までにティアが合流する予定になっている。合流してしまえばあとは別な方法でごまかすと言っていたので、朝までの辛抱だ。




