脱出、そして
「よし、あそこから」
「うん!」
茜がヒョイと飛びついてくるのを抱きかかえ、狐火の浮遊。「おりゃ!」とかけ声一つでジャンプすると、五メートルはある城壁を飛び越え、そのままゆっくりと着地。
「はあ~すごいジャンプ力」
「はは」
「さ、ミキくん、こっちよ!」
茜がティアに聞いていたルートを指し示す。
「いや、その前に。茜、しがみついてないで降りてくれ」
「えー、いいじゃ無い、お姫様抱っこなんて滅多にされないし」
「……あのな」
ぶーたれる茜を降ろし、夜の王都を北西に向けて走り出す。王都には東西南北四つの門があり、常時衛兵により見張りが行われており、冒険者証という身分証のない二人はそのまま出ることは出来ない。だから、門のないただの街壁を目指す。
「東西南北に門があると行っても、王都は正確な四角形というわけではありませんから、門と門の間の距離が一番長い北西方向。ここが壁を乗り越えるには最適かと」
王都の地理に疎い二人はティアの立てた脱出ルートを信じるしかない。二人が知っているのは城とダンジョンの間くらい――これがまた冒険者向けの店が多くてごちゃごちゃしているの――だが、王都の北西部は複雑に入り組んだ道路もないので迷うようなこともなく、すんなり街壁に辿り着いた。
だが、街壁の高さは城壁よりも高い。
「さすがに飛び越えるのは無理」
「そっかぁ」
城壁を飛び越えるのがギリギリくらいだったことを考えるとここは夜闇に紛れたまま壁をよじ登った方がいいだろう。
「じゃ、私が先に登って、ロープを垂らすから」
「頼む」
「じゃ、行くね」
茜がするすると登っていくのを、ヤモリみたいだなと失礼なことを考えながら見送る。
やがて上からロープが垂らされてきたので、グイッと体重をかけて固定されていることを確認して、登り始める。腕の力だけでもスイスイ登れるステータスに感謝しながら登り切ると、再び狐火の浮遊を使い、茜を抱えて降下。もう少しこのままでと駄々をこねる茜を引き剥がして走り出す。
「ミキくんのいけず」
「見つかったら元も子もないだろ?」
「いいじゃ無い、減るモンじゃないし」
「減るんだよ」
「何が?」
色々だよ。どさくさに紛れた感じで――つまり、堂々と――胸を揉んで来たりするから、茜がどんどんおっさん化していくようで、心がすり減るんだよ。
かすかな月と星明かりの下、数キロ先に見える森を目指す。そのあとは森の中を進み、明日の昼には小さな村でティアと合流する予定だ。真っ直ぐ進めばいいと言うことなので、迷うことはないはずだ。
用意しておいた仕掛けを草むらに隠し終えると、ティアは何食わぬ顔でスタスタと歩く。三つも仕掛けておけば陽動には充分。騎士団長に追いつかれる前に城を出よう。
通用門には思った通り見張りがいたが「急に用事を」で通れた。城の警備がザルなのか、出ていく人間のチェックは緩いのか、今のところは順調。そのまま南門へ向けて走り出す。
しばらくすると城の方から炸裂音が三つ連続して聞こえてきた。音だけは派手な爆発物だから、しばらくは追ってくることもないだろう。
ある程度走ったところで細い路地に入ると、古ぼけた家のドアを開けて滑り込む。もう何年も放置された空き家で、今回の脱出のため、荷物置き場として便利に使わせてもらっている。
隠しておいた荷物を出し、メイド服から冒険者としての服装に着替えると、外へ。そのまま南門へ向かう。
「こんばんは」
「ん?何だ、ティアか?どうした、こんな夜更けに」
「緊急の仕事でね」
「上級冒険者ってのも大変だな」
「報酬がいいのよ」
「でも、城勤めもしてるだろ?金には困ってないんじゃないか?」
「知ってる?お金って、いくらあっても困らないのよ」
「勿論、知ってるさ」
衛兵とそんな軽いやりとりをして街の外へ。
これで王都の南門から出た、と言う記録が残り、追っ手を攪乱するのに一役買ってくれるだろう。
しばらく街道を走り、小川を一本超える。かなり遠回りだが、騎士団が本気で追ってくることを考えるとこのくらいのことはしなければならない。やや大げさな気もするが。
そして、橋を渡り終える直前で、メイド服と冒険者証を川に投げ捨てる。この先メイド服を着る予定はないし、Bランクの冒険者証も街の出入りが厳密に記録されるという意味では足かせになる。
しばらく南下し、街道から外れて森へ入る。森に入ってしまえば、高レベルレンジャーであるティアを探し出すなど不可能に近い。できるだけ早く幹隆たちと合流し、国外へ脱出しなければ。とりあえずのルートとして森の中を通るように言っておいたが、森の中は魔物に遭遇することも多い。あの二人、武装させていなかったとちょっとだけ不安になった。
「よく考えたらゴブリンキングを倒せるような二人が手こずる魔物ってこの辺にいなかったわ」
それに、仮に騎士団が追いかけ、追いついたとしても撃退してしまうだろう。むしろ自分の安全確保を優先した方がいい。そう考え、足跡を消すために木に登る。移動速度が若干落ちるが、追っ手を撒くためには仕方ない。
「あーあ。ったく、よお……」
かすかに煙を上げるそれを見ながら、追いつくのは不可能だろうとボリスは判断した。ガチ戦闘なら負ける気はしないが、逃走することを最優先にしたティアに追いつける者など騎士団にはいない。いや、速さだけなら馬で追えばいいが、おそらくあちこちにわざとらしい痕跡を残しているだろうから、熟練の騎士でも攪乱されるだけだろう。全く、なんであんな人材をただの侍従にしていたのか。どう考えても諜報員向きだろうに。
さて、今夜の顛末をどうやって上に報告したものかと考えながら執務室に向かおうとしたところに、部下がまたとんでもない報告を持ってきた。
「ヒール」
米山が治癒魔法を使うと、稲垣の体がぼんやりと光に包まれる。だが、まだ目を覚まさない。
「もう一度だ」
「……はい。ヒール」
ダミアンに言われるままに治癒魔法を再びかける。だが、まだレベルの低い彼女が出来るのはちょっとしたケガを治す程度。両手首の骨折に、あまり直視したくない場所がどう考えても再起不能になっているところは治せないが、何度もかければ……と言うことで渋々やっている。
それにしても……血まみれのそこは思い切り蹴って潰したとかそう言うことなんだろうけど、この両手首、握っただけで折ったように見える。どんな怪力だろうか。
「もう一度だ」
「……す、すみません。もう魔力が……」
「ええい、クソ!もういい、下がれ!」
「はい……」
「手間をかけてスマンな」
「いえ……」
これ以上見たくないし、近くにいるのも不快な場からはさっさと退場するに限ると、騎士団長の労いの声を背に部屋を出ると、塚本が待っていた。
「一応聞くけど、どうだった?」
「あまり思い出させないで」
「気持ちはわかる。私だって見たくない」
「……アレじゃ、もう……」
「そうか。もう聞かない」
「うん、ありがと」
やはり持つべき者は友人だねと、廊下の反対側にいた鈴木を二人で睨み付ける。
「お前がしっかり目を光らせていれば」
「俺にどうしろってんだよ」
十日程前にいきなり「レベル十になったから別室な」と部屋を出て行ってからは、ダンジョンに行くとき以外はほとんど顔を合わせなくなっていた。何をしているのかは何となく察していたが、直接話をする機会も少ない上、国王以下、城内の誰も咎めないのだから、増長するのも止むなしか。
「部屋に戻る……」
「私たちもそうする」
背後で教会の司祭を連れてきたような声が聞こえるが三人は無視することにした。




