大好きな君が乙女ゲームの主人公なのですが、こうしてトゥルーエンドを迎えられたので、悪役令息の僕は攻略対象の一人にジョブチェンジできたようです。
「大丈夫ですか、エリオット様」
エリオットがあまりに必死の形相になっていたものだから、具合でも悪いのではないかとヘレナは心配になったらしい。しかし、それは杞憂というものだ。現在のエリオットは生涯で最高の心地を味わっている真っ最中なのだから。
だが、ともすれば今の状態は、一回りして体調不良と言っても良いのかもしれなかった。何せ、胸の中であらゆる感情が交錯しているせいで、先程から落ち着かない気分になっているだけではなく、熱病のように体温がどんどん上昇し、心臓は狂ったような速度で脈打っているのだ。
それでもエリオットは、そこら辺を走り回ったり、周囲の人に早口の会話を吹っ掛けたりすることで、自身の心と体をかき乱す歓喜を昇華しようと考える心を何とか抑え込み、今はこの場から梃子でも動かないでおこうと決心した。そうと決めれば、たとえ高熱にうなされようが、瀕死の重傷を負っていようが、ここに立ち続けてやる所存だ。エリオットは、心配そうにのぞき込んでくるヘレナに「平気だよ」と返すことにした。
「自分のときは、もう少し余裕を持って迎えられると思うから」
「……ええ、そうですね」
そう遠くない将来の話をされたヘレナは、赤くなって俯いた。恥じらいを誤魔化すように、頬にかかった髪を撫でつける。その指には、エリオットが贈った指輪が光っていた。ローゼンベルク家に代々伝わる家宝の指輪だ。
「君の花嫁姿も、きっと素晴らしいと思うよ」
脳内で純白のドレスを着たヘレナを想像しながら、エリオットは穏やかに笑った。
「次は僕たちの番だ。楽しみだね、ヘレナ」
「はい」
ヘレナの声は小さかったけれども、その返事には、はっきりとした期待の色が現れていた。
今、自分の隣に立っているのは、エルティシアと同じく大好きな人だ。だがその『大好き』は、姉に抱く愛情とは別種のものだ。そんな感情を自分に教えてくれたヘレナには、感謝をしなければならないだろう。
しかしエリオットは、その謝意をどうやって彼女に伝えるべきか考えあぐねた。と言うのも、今のヘレナは、ハッピーエンドを迎えた物語の主人公そのものに見えるのだ。余計なことをすれば、せっかくのエンディングがぶち壊しになってしまうかもしれない。良い雰囲気を壊さないような感謝の贈り物が、自分にできるだろうか。恋愛を主題とした物語のラストに相応しい贈り物が……。
ふと、エリオットはあることを思い出した。『Cinderella♡kiss』のヒーローたちは皆、ラストでヘレナにキスをしていたのだ。エリオットは式が始まってから今に至るまで、十秒とエルティシアから視線を外したことはなかったが、このとき初めて、他のところに注意を向けた。
エリオットは、ヘレナのピンクの髪にそっと触れた。そのまま顔を近づけ、彼女の額に唇を落とす。
『おめでとうございます。あなたは見事、悪役令息から恋人にジョブチェンジできました』
物語の悪役であったエリオットが迎えられたのは、そんな声が聞こえてきそうな、完璧で幸福なエンディングだった。




