陶器の街
午後遅く、葬儀は全工程を終えた。参列した人々はサリヴァン家に招待され、朝まで飲み明かすようである。
そこでの人気者は、エルティシアだった。弔問客は、サラの娘のカサンドラのことを知っているためだ。そっくりな彼女を見ていると、何かと思慕の念を引き起こされるらしく、エルティシアの周りには人が集まって、はけていく気配がなかった。
酔っ払いに囲まれたまま、エルティシアは戻って来そうにない。エリオットは、ヘレナに声を掛けた。
「ちょっと抜け出さない?」
「ど、どこにですか?」
ヘレナがびっくりして聞いて来た。エリオットは「心配しなくても、遠くまでは行かないよ」と言った。
ヘレナは迷ったようだが、エリオットに着いて行くことにしたらしい。二人は家の外に出て、馬車を捕まえた。
二十分ばかり移動すると、関所に辿り着く。と言っても、王都に戻った訳ではない。サリヴァン家領の隣にあるトンプソン家の領地へと入ったのだ。
領地の境近くにある街で、エリオットたちは馬車を降りる。トンプソン家領は、閑散としたサリヴァン家領の隣であるが、人口も多く、比較的栄えていた。領内で良質な土が取れるので、陶器の名産地となっているからだ。それを買い付けに、外から訪ねて来る者たちも大勢いた。この町も陶芸店がたくさんある。窯の火が絶えることが無いかのように、煙突から煙が立ち上り、軒先には多種多様な陶芸品が並んでいた。
「わあ、可愛い……」
ヘレナは、その内の一軒のショーウィンドウに飾られた、燕の置物を見て、目を輝かせた。
「入ってみようか?」
エリオットが尋ねると「はい」とヘレナは頷いた。
「いらっしゃいませー」
元気な声が響く。店内は落ち着いた木の造りで、大きなテーブルに乗せられた洒落たティーカップや水差しが、燭台の明かりを浴びて艶やかな光を放っていた。
ヘレナと一緒に商品を見ていると、女性の店員が近づいてくる。
「何かお探しで……」
不意に言葉が途切れた。エリオットは不審に思って店員の方を見る。そして、瞠目した。
「まさか……ジョセフィーナ?」
「エ、エリオット様……」
エリオットたちは見つめ合ったまま、固まってしまった。ヘレナも異変に気が付いたようだ。二人の間で、困惑の表情を浮かべる。
「ああ、そうか。君は会ったこと、無かったんだったっけ」
エリオットは思い出した。
「お知り合いですか?」
「うん、まあね」
エリオットはお茶を濁して、ジョセフィーナの方をチラリと見た。自分が紹介するのも、何だかおかしな気がしたのだ。
「その……フィーナ・ストークです」
女性は、モソモソとした声で名乗った。
「昔は……ジョセフィーナ・フォン・スワローズと名乗っていました」
その名を聞いて、やっとヘレナも彼女が誰か分かったようだ。パッと口元を手で覆った。
「エリオット様の婚約者……」
「……元、です。昔の話ですよ」
ジョセフィーナはバツが悪そうだった。
ジョセフィーナは、彼女の言う通り、エリオットの元婚約者だった。それが解消されたのは、去年のことである。ジョセフィーナが平民と駆け落ちしたのだ。当然そのことは、ヘレナも知っている。
三人の間に気まずい沈黙が流れた。ヘレナも何と言って良いのか分からないようだ。不自然な静けさを、勇気を出して破ったのは、ジョセフィーナだった。彼女は「申し訳ありませんでした」とエリオットに謝った。
「勝手に逃げてしまって……。でも、私……」
「僕と結婚したくなかったんでしょう?」
エリオットの言葉に、ジョセフィーナは、おずおず頷いた。
「私には……好きな人がいたんです。だから……」
「あの、私、買いたいものがあるのを思い出しました」
藪から棒にヘレナが口を開いた。
「その、ええっと……。ここには無いみたいなので、他のお店を見てきますね」
ヘレナはそそくさと去って行った。どうやら、気を使ってくれたようだ。