旅のはなむけ
翌日、前回見舞いに行ったときと同じ手口で、エリオットたちはサリヴァン家へと向かった。ただし、今回は、前のような熱烈な歓迎はなかった。弔意を示す黒い旗があちこちに掛けられ、喪服に身を包んだ人々は、誰も彼もが暗い表情をしていた。灰色の空でさえ、サラの死を悼んでいるようだった。
「よく来たな」
サリヴァン家に着くと、グラントが出迎えてくれた。
「お悔やみを申し上げます」
エリオットが頭を下げると、グラントは「堅苦しいぞ」と少し笑った。
「棺は教会に移してある。さあ、行こうか」
家の前に止まっている黒い馬車に、エリオットたちは乗り込んだ。
「おばあ様、どんな風でしたか?」
ガタガタ揺れる馬車の中で、エルティシアが恐々口を開いた。
「苦しまれていたのでしょうか……?」
「死に顔は、安らかだった」
グラントは、瞑目しながら答える。
「何日か前までは、かなり症状が酷かったけどな。それでも、医師の話じゃあ、眠っている間に息を引き取ったらしい。やっと終わったって、安心したのかもな」
「そうですか……」
エルティシアが声を詰まらせた。
それきり、誰も何も言わなかった。
荒れた道を進んだ馬車は、やがて古くて小さな教会の前で乗客を降ろした。教会の扉は開け放たれ、奥の祭壇に、木で出来た棺が納められているのが見えた。何人もの弔問客が、最後の別れをしている最中だった。
「あら。もしかしてエリオットとエルティシア?」
入口の近くで棺に納める花を配っていた女性が、声を掛けてきた。グラントの娘のマルテだ。隣で同じく花を配っている男性は、画家をしている彼女の夫である。普段は、絵の題材を求めて旅をする夫と行動を共にしているマルテだが、久方ぶりに帰省してきたらしい。
「大きくなったわね。お家を黙って抜け出してきたの?」
「ええ、そんなところです」
「ふふ。悪い子」
エリオットが答えると、マルテは笑いながら白い花を手渡してきた。
「でも、来てくれて嬉しいわ。私がお見舞いに行ったのは、あなたたちが来た四日後だったの。おばあ様、嬉しそうにあなたたちのことを話されていたわ」
後ろから、エルティシアがぐすんと鼻をすする音が聞こえた。
エリオットたちは教会の中に入った。身廊に設置された長椅子には、老若男女様々な者たちが座り、冥福を祈ったり、故人の思い出話に花を咲かせたりしている。一番前に座っているのは、グラントの妻のオードリーだった。泣きじゃくる幼い二人の娘を胸元に引き寄せ、頭を撫でている。エリオットは、声は掛けずに会釈だけすると、静かに棺に向き直った。
サラの死に顔は安らかだったというグラントの言葉は本当だった。たくさんの白い花に囲まれたサラは穏やかそのものの表情で、今この場で目が覚めて起き上がっても、何の不思議もないように思えた。
だが、そんな奇跡は起きるはずもないのだ。心に重しを乗せられたような気分で、エリオットはサラの顔の横に花を置いた。
「おばあ様、どうか安らかに……」
エルティシアが呟いた。献花する彼女の手は震えていた。それが終わるとすぐに、エルティシアは隅の方に走って行って、泣き崩れた。
「ヘレナ」
痛ましい表情でエルティシアを見ていたヘレナに、エリオットは声を掛けた。
「また、あれ、やってくれる?」
「……ここで、ですか?」
ヘレナは周りの人目を気にするかのように、辺りを見回した。
「おばあ様は多分、花より踊りの方が好きだったと思うよ」
エリオットが言うと、ヘレナは逡巡したが、「分かりました」と言ってくれた。
葬送の舞。
教会自体が狭いためなのか、あまり派手な動きはしなかったが、突然踊り出した少女に、皆が気付かない訳がなかった。一人、二人と視線が吸い寄せられる。その内の一人が、鎮魂歌を歌い出した。はっとするほどの幼い声に目を遣れば、先程まで泣いていた、グラントの娘だった。
皆が少女に追随する。低い声や高い声、しわがれた声や澄んだ声。様々なものが合わさって、それでもなお不協和音のようにはならずに、一つの歌が完成していた。その中で、ヘレナは水を泳ぐ魚のように舞う。皆の冥福の祈りが混じり合って、天に昇っていくようだった。
歌が終わるタイミングに合わせて、ヘレナも踊りを終えた。ここにいる全員が演者であり、観客など一人もいないのだから、拍手も何もない。それでもエリオットは、ヘレナに「ありがとう」と言った。
「いえ、そんな、お礼を言われる程のものでは……」
ヘレナは恐縮した。
「……そんなことないんじゃないかしら」
いつの間にかエルティシアが近くに来ていた。まだ目は赤いが、涙は止まっているようだった。
「あなたの踊り……悪くないんじゃないの」
「えっ……」
ヘレナは戸惑ったが、エルティシアが他に何か言う前に、グラントが「そろそろ出棺だ」と弔問客に向けて宣言した。
「……行きましょう」
エルティシアはポツリと言うと、人々が列をなして歩く方へ向かって行った。
「今、エルティシア様、褒めてくださったんでしょうか」
「僕にはそう聞こえたよ」
エリオットは頷くと、ヘレナを促して、列に並んだ。
棺を先頭にした列は、延々と続いていった。サリヴァン家の裏手にある墓地の一角に、深い穴が掘ってある。棺はその中に入れられた。土が掛けられ、穴が棺ごと埋められる。その様子を見ていたベンジャミンがすすり泣いた。
「お兄ちゃん、泣いてるの?」
先程教会で真っ先に鎮魂歌を歌い出した少女が、ベンジャミンに声を掛けた。
「そういうときはね、歌って踊ると良いんだよ」
得意そうに語る妹に、ベンジャミンは「へ?」と間の抜けた声を出した。




