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6.狩人と学士の夜

美香 (ミカエル):異世界パンゲアに転生してきた元男で現美少女。

エリック:美香と転生を共にした男性。元々パンゲアの住人。

ケビン:白の国の執事長。ノリが軽い。

アイリーン:白の国のメイド長。厳格な統率役。

リカード:盗賊の生き残り。


レガスピで何とか宿を確保でき、風呂で戯れる美香とアイリーン。一方、ケビンとエリックは……。

「なあエリック」

「なんでしょう?」

ケビンは血塗れの執事服を処理し部屋に戻ると、エリックは数年前までもよくそうしていたように、本を読んでいた。相変わらず小難しそうな本を読んでいる。

「向こうでの生活、どうだった?」

「楽しかったですよ。長い休暇を頂いたようなものでしたから」

エリックは本から目を離さずに返事をする。

むかしは子どもだからまともに相手してもらえてないのだと思っていたが、どうもただの癖なのかもしれない。まだ子ども扱いなだけという可能性もなくはないが。

「何年だったっけ?」

「だいたい五年ほどです。理論上は向こうに十八年いたことになりますがね」

「十八年?」

ケビンは意味がわからないという風に聞き返す。エリックはようやく本から目を離して、眼鏡をくいっと上げた。エリックの、人に何かを説明する時の癖だ。ついでに言うとこうした後のエリックの説明をマトモに理解出来たことはないのだが。


「ええ。私があちらの世界に転移したのは五年前の事ですが、その瞬間、あちらの世界は『エリックが佐藤英里が存在している平行世界』へと移行したのです。あちらの私は転移した瞬間はまだ十三歳でしたから、それから五年経ち、佐藤英里は実質十八年をあちらの世界で生きていたことになります。私はあちらの世界で佐藤英里として生きていた十八年間分の記憶を持っているんですよ」

「……さっぱり分からん」

ケビンが間抜けにそう言うと、エリックは目線をケビンから本へと戻した。説明タイムは早々に終わってしまったらしい。なんか悔しい。

「そうでしょうね。転移する前からこの論を展開していましたが、理解を示してくださったのは王とセバスチャンだけでしたから」

「そりゃ、俺には無理だな」

ケビンは武術面においては白の国一といっても過言ではないほどの能力を持っていたし、また戦術家としても優れた考察力を有していたが、戦いに直接結びつきのない理論や勉学に関してはからっきしであった。それに対してエリックは科白の学士の名を冠するほどの研究者であり、肩を並べられる者はいないとされるほどの学者であった。

この二人の話が合わないのは至極当然の道理であったのだ。


「ミカエルはどうだったんだ?」

「少なくとも、私がわざわざ監視護衛に当たるほどの価値があるとは思えませんでした。……あの容姿を見るまでは、ですが」

エリックは大きく溜息をついて、ミカエルの容姿を思い浮かべる。日本にいたときは特筆するところは何もない男子高校生だったのだが……。

「だよなぁ。あれはすげぇよ、もはや鏡かよってレベル」

「あれには驚かされました」エリックはまた一つ溜息を吐く。「私が初めて会ったころのリア王妃にそっくりです」

「王はどうやって見つけたんだろうな。あんな色素薄いヒューマンなかなかいねぇよな。エルフじゃあるまいし」

「あちらの世界では男でしたしね」

エリックがさらっと爆弾発言をすると、ケビンは大袈裟なほど過敏に反応した。

「そうだったのか!?あー……道理であんな隙だらけだったんだな!あんな無防備だったら赤の国だったら一瞬で強姦されてるぜ」

突如興奮気味にペラペラと喋り出したケビンに、エリックは呆れかえって口を挟むことはしなかった。

「まあでも可愛いし全然イケるけどな!俺はむしろ男慣れしてなくて世間知らずな感じはそそる!」

「……君の女好きも相変わらずですね」

「俺は自分の欲望に……いや、性欲に素直なだけだ!」

堂々と馬鹿なことを言い張るケビンに、エリックはぼそっと呟いた。

「アイリーンとも、相変わらずですね」

その単語を聞いた瞬間ケビンはピクッと震え、それまで上機嫌に語っていたのが嘘のように顔を強張らせた。その表情に映るのは、怒りと諦め、そして自嘲だった。

「……アイリーンは関係ねぇだろ」

「……そういうことにしておきましょうか」

それから二人の間に会話はなく、ただエリックの本を捲る音だけが虚しく広がってきた。





夜も深まったころ、エリックは行動を開始した。

ケビンはどうせ護衛のために起きているだろうが、別に構わない。夜の散歩くらいでどうこう言われる間柄でもない。

宿をこっそりと抜け出し、夜風に当たる。

ひんやりとしていて気持ちがいい。辺り一帯が闇に包まれ、自分の輪郭がぼやけていくような錯覚に陥る。エリックはそんな瞬間が堪らなく心地良かった。

とは言っても、ぼやぼやしている暇はない。

エリックは一人の女を思い浮かべ、念思(パナナウ)を飛ばす。するとすぐに応答がある。

『彼の情報は集まりましたか』

『はい、ここに』

若い女の声がエリックの脳内に響き渡る。

相変わらずキンキンとした耳障りな声だ。しかしこいつの能力がなければ今回の作戦も上手くいかないだろう。こいつも重要な手駒だ。

『よろしい。では送ってください』

『はい、すぐに。……送り終えました』

『受け取りました』

『では、御多幸をお祈りしております』

そこで互いの念思(パナナウ)は途切れた。

エリックはすぐに宿の裏手に回り、月明かりを頼りに目的の人影を探す。目的の彼はすぐに見つかった。

彼は日中私たちを襲った盗賊団唯一の生き残り、そしてーー。

私の大切な、手駒。


「こんばんは、リカードさん。お話したいことがあります。少しお時間を頂けますか?」

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