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11.二又黒猫

マリーは深々と礼をすると「失礼します」と言って美香の隣にちょこんと座った。

「マリーさんっていうんですね」

「ま、マリーとお呼びください。あと、敬語もやめていただきたいのですが……」

マリーの言葉は尻すぼみになって消えていく。恥ずかしそうにもじもじとして、その度栗色の髪がふわふわと揺れるのが愛らしい。ちっちゃな背丈と控えめな胸元も相まって、どことなく小動物を思わせる。

「わ、わかった。マリーもタメ口でいいよ?」

「いえっ!そんな、ミカエル様はお客様ですから」

「ああ、そっか……」

お客様か。そういうことになってるんだな。本当は拉致られただけなんだけど……まあそんなことをこの子に言っても仕方ない。

「あの、それより、ご朝食は……」

「あんまりお腹減ってなくて。僕はマリーともっと話したいんだけど……」

「いえ、あの、でも……」

「だ、だめかな?」

「……わかりました。本当は私もミカエル様とお話がしたかったんです」

「ありがと」

美香は半ば強引にマリーを引き止めたのだが、マリーはにっこりと笑って許してくれた。

お腹が減っていないのもマリーと話したいのも本当のことだが、本意はこの白の王宮について少しでも多く情報を得ておきたかったのだ。

それに、美香は朝食に行くと、そこにはきっと自分を連れてきた犯人がいるのだろうと思っていた。実際は今いる室内でとることになるのだが、美香にとってはご飯はリビングで食べるのが常識であり、そんな可能性は一切考えていなかった。

またマリーも、亡きリア王妃にそっくりな美香に興味があったのだ。


「マリーはここのメイドさんなの?」

「はい」

「アイリーンさんもメイドさんだったよね?」

「はい、そうですね。……ただアイリーンさんはメイド長ですから、私たちとはかなり違うんです」

「じゃあ、マリーは普通のメイドさんなの?」

そこまでスムーズに受け答えをしていたマリーは、その質問にだけ一瞬躊躇う素振りを見せた。しかしそれはあまりに微妙な変化だったため、美香は気づくことができなかった。

「そう、ですね。私は特にお客様がいらっしゃった時のお世話をさせていただいています」

「お世話って……その、こ、これも…………?」

美香はそう言いながら自分のネグリジェをちょっと掴んで見せた。やっぱり変な感じだ。

「え?は、はい。昨晩はお疲れのようでしたし、お服を変えないと寝づらいだろうと思いまして……ご、ご迷惑でしたか?」

「そ、そんなことないよ。ありがとう」

やっぱりこの子だったのか……ていうかこっちの世界では裸を見たり見られたりすることに抵抗ないのかな……アイリーンにも脱がされたし。女の子ってそういうもんなの?ていうかこの服もそろそろ脱ぎたい。意識するたび昨日のことを思い出して恥ずかしくなってしまう。ズボン履きたい。切実に。


「あの、着替えとかってないのかな?」

「ご、ごめんなさいっ!気持ち悪かったですよね。お着替えなら用意しておりますので……」

「あ、ありがと」

マリーは即座に反応し、少し駆け足で部屋の外に出て行った。かと思うとすぐに戻ってきた。その腕には数着の服が掛けられていた。

「すいません、ミカエル様のお好みが分からないので……どれに致しましょうか?」

「え」

マリーが広げて見せたのは、それはそれは可愛らしいワンピースドレスの数々だった。レースのものや花柄のもの、ウエストが締まったものや丈が足りてなさそうなものまでーーとにかく多様な女の子の服だった。

「ほ、他の服はない……ですか?」

さすがにこれはちょっとーーいやネグリジェも大概だけどーーと思いつつ、やんわりと他の道を詮索する。こんな女の子女の子した服は、妹でも着てなかった気がするし。

「お、お気に召しませんでしたか……?」

するとマリーは細い肩を落としてしょんぼりし、涙目になりながら部屋を出て行こうとした。その後ろ姿を見て、美香はほぼ無意識で声をかけていた。

「いっ、いや!そういうんじゃなくて!僕、どの服がいいとかよくわかんなくて……」

「……本当ですか?」

「う、うん!だから、マリーに選んでほしいなって……」

言ってしまったがもう遅い。

マリーは先ほどまでの沈み顏が嘘だったみたいにぱぁっと笑顔になり、美香に迫ってくる。

ああ、やっちゃったやつだこれーー。

「ミカエル様はお肌がお白いですから、ピンク色がお似合いだと思うんです!リア王妃もお好きでしたし!」

「え?あ、うん」

「となるとやっぱりこれになると思うんですけど、でもこの濃いめの青のレースも捨てがたいですしーーーー」

一旦スイッチの入ったマリーは人が変わったようにまくし立てた。女の子が服選びが大好きなのは、こちらの世界でも変わらないらしい。それを止める術を知らない美香は、ただ呆然と、自分の選択を悔いながら、見守るしかないのであった。





意外なことに、マリーの暴走を止めてくれたのは小さな来訪者であった。彼女は美香に服を当てるマリーの足元にじゃれつき、それによってマリーはようやく我に帰った。

「どうしたのリリィ?……あっ!」

リリィと呼ばれた黒猫に目線を合わせるようにしゃがんだマリーは瞬時に己の悪癖を思い出し、頭を上げた。マリーの瞳に映ったのは、困惑顔に少しの疲労感を滲ませた客人の姿だった。

「ごっ!ごめんなさい!わ、わたし……」

「うん、まあ、それはいいんだけど」

その時には既に美香の意識は服ではなく、マリーの足元に座り込んだ二又の黒猫に注がれていた。

「……ねぇ、マリー」

「は、はい。なんでしょうか?」

「その猫、触ってもいい?」

マリーはリリィに許可を求めるように目配せをした。リリィもまた、それに応えるように頷いた。

「はい、大丈夫みたいです」

「……?じゃあ、遠慮なく」

美香はマリーの口振りに引っかかりを覚えたが、そんなものは目の前の黒猫ーーリリィの愛らしさの前では取るに足らないことだった。美香は本当に遠慮なくリリィを抱え上げ、頬擦りした。

もふもふもふもふもふもふもふもふ。

「~~~~っ!」

至高の瞬間である。

なんて素晴らしいもふもふなんだろう……出来ることなら一生こうして過ごしていたい。母さんが猫アレルギーで飼わせて貰えなかったんだよなぁ……どれだけペットショップに通ったことか。

しかも僕が一番好きな黒猫。

大きなエメラルド色の目、ぷにぷにした愛らしい肉球、さらさらの毛並み、ピンと立った耳、柔らかい体、仄かに匂う野生的な匂い……。

何を取っても最高だ。

「かわいいなぁ…………あっ!」

するとリリィは執拗な頬擦りが気に障ったのかするりと美香の腕から抜け出し、再びマリーの足元へと戻ってしまった。

美香は思わず泣きそうな顔になってしまう。

「ご、ごめんなさい。リリィもちょっとしんどかったみたいです」

「そうだったの……ごめんリリィ」

許してやろう、と言う風にリリィもにゃあと一つ鳴いた。


「あの、ミカエル様」

「なに?」

マリーはリリィを抱えると、改まった口調で声をかけた。美香もまたその機微を感じ取り、気を引き締め直して答えた。

「そろそろロナルド王がミカエル様と会いたいそうです」

「……ロナルド王?」


「はい。ミカエル様はロナルド王のご客人ですから」

「……!」

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