12.王の頼みごと
マリーに連れられて辿り着いた場所は、ごく普通の一室の前だった。扉を見ても、辺りの構図からしても、周りの部屋となんら変わらないように思う。
「こちらが王室です。少し待っていてください」
「う、うん」
美香は王室という響きと目の前の扉の平凡さのギャップに困惑しながら、マリーを見送った。マリーはノックもせずに入っていき、その場に美香とリリィが残された。暇になった美香はリリィに触ろうと近づくと、リリィは瞬時に警戒体制をとった。
……嫌われた。
美香は悲しみに暮れながら、気を紛らわそうと部屋の中にいるであろう白の王について思考を巡らせることにした。
きっとそいつが僕をここに連れてきたのだろう。僕はそいつの客人扱いだったし、イメージ的にはラスボスだし。白の王って響きが既にヤバい。強そう。ていうかそもそも人なの?エルフとかもいるんでしょ、この世界。人外だったらやだなぁ……。
と、そこまで考えたところで扉が内側から開いた。
「おっ!君がミカエルくん?」
「……は?」
てっきりマリーが出てくると思っていた美香はぽかーんとした。そこに扉を半開きにして上半身だけ覗かせていたのは、大学生くらいの、ラフな服装をした男だった。
「ろ、ロナルド様っ!だ、だめですよ!」
部屋の中からマリーの声が聞こえてくる。酷く慌てているらしく、声が大きくなっている。
「まあまあ。いいじゃないかマリー、これくらい。ミカエルくん、どうぞ入って入って」
男はマリーの制止の声に振り返りもしないであしらった。と同時に扉を大きく開けて、美香に中へ入るように促した。
「あ、あの……」
「ん?」
「あなたが……?」
「ああ、すまない、挨拶が遅れたね。私はロナルド。一応、白の国の王を務めている。よろしく」
「よ、よろしくお願いします……」
美香は王の予想外の登場と、そしてその緩い雰囲気にただ唖然とするしかなかった。
*
部屋に入ると、中もやはり普通の一室であった。装飾品の類もほとんどなく、机や椅子も別段特別なものというわけでもない。広さも美香のいた客室と同程度、ひょっとしたら少し狭いかもしれない、そのくらいのスペースしかなかった。
「わっ……」
ロナルド王の後ろにいた美香の目に映ったのは、両サイドの壁を背にして並ぶケビンとアイリーン、マリーとエリック、そして兎の被り物を被った燕尾服の男だった。
ケビンは美香に軽く手を挙げ、アイリーンは目配せを送るだけだった。エリックに至っては一切反応を見せなかったが、マリーはロナルド王の行動に分かりやすくおろおろとしていた。
「そこに腰掛けてくれないか。少し狭いかもしれないが、すまない、我慢してほしい。ガタイの良いおっさんが何人かいるんでな」
「は、はい」
美香が言われるがままに席に着くと、左にケビンとアイリーン、右にマリーとエリック、そして真ん前にロナルド王、背後に兎の男と、圧迫面接さながらの配置になる。
周りが燕尾服やメイド服、戦闘服を着ている中で、ただ一人ロナルド王だけはシャツ一枚という適当な格好は、かえって逆に存在感と威圧を増幅させているように感じた。
「そんなに緊張しないでも構わないよ、と言っても……難しいか。一昨日までは日本にいたんだからね」
「!」
「大丈夫、安心してくれ。私たちは君に危害を加えるつもりは一切ない。ただ少し……簡単な頼みがあるだけなんだ」
ロナルド王は愛想のいい笑顔を浮かべた。
美香はそう言われても、身構えざるを得なかった。
口振りからしても、ロナルド王が僕をこちらの世界に連れてきたのはもはや確定的だ。そしてその目的はその頼みとやらなのだろう。
とてもマトモな代物だとは思えない。
美香はロナルド王をキッと睨みつける。もちろんそれくらいで動じる王ではなく、ニコッと笑って返してみせた。
「単刀直入に言おう」
「……」
「私の息子の世話をしてもらいたいのだ」
「……世話?」
もっとえげつない頼みが炸裂すると思っていた美香は肩透かしを食らった気分になった。
しかしいまいちピンとこない。
「そうだ。息子の世話係ーー付きっ切りの使用人になってほしい」
「息子さんの……?」
「そう、息子の名前はアルヴィンという。君とちょうど同い年だ。私がいつ死んでも立派に継げるように教育はしっかりしていたつもりだったのだが……」
ロナルド王はそこで一旦話を切り、机に置いてあった水を少し口に含んだ。
「一月ほど前に妻がーーあいつの母親が死んでから、塞ぎ込んでしまってな。元気付けてやってほしいんだ」
「……どうして僕なんですか?」
美香は語気を強めてロナルド王に問いかけた。それはもちろん自分勝手に話を進めるロナルド王への憤りを含んでいた。
ロナルド王もそれに気づかないではなかったが、あえて無視を決め込んだ。
「君にしか出来ないことだからだよ」
「……なんでですか」
「似てるからだよ、私の妻に。とてもね」
「……」
美香は再び睨みつけた。
僕が死んだ奥さんに似てるからだって?だからこの世界に連れてきた?
そんなはずない。だって僕は元々男だったんだから。
しかも今の見た目とは似ても似つかないような、平々凡々な地味な男だったんだ。それをわざわざ女に変えて?こんなに見た目が変えられるなら、誰だっていいじゃないか。
なんで僕を?なんで僕が?
「そんな顔をしないでくれよ。本当のことなんだ」
よくもまあそんな嘘が吐けるものだ。
ただ、今の周りに敵しかいない状況ではどうしようもない。あなたたちの王が嘘を吐いて皆を騙そうとしているなんて言ったら、何をされるか分かったもんじゃない。
拒否権なんてはなから僕にはないのだ。
「話はこれで終わりだ。……マリー、後は頼めるか」
「は、はい!」
マリーはビクッとして、美香を退出するように促した。美香も大人しく部屋を出て行こうとする。
「ああ、一つ言い忘れていた」
ロナルド王はシナリオ通りとでも言う風にひとつ声を上げた。わざとらしい付け足しだった。
「アルヴィンに、君が異世界から来たことと、元男だということは隠しておいてほしい。それだけだ」
美香はそれに何も返事をせず、マリーは慌てて「失礼しますっ!」と言って部屋を出て行った。
*
ミカエルが出て行った後の部屋は妙な緊張感に包まれていた。誰もが王のらしくない対応に疑問を抱いていた。
「はぁ……君たちも、仕事に戻ってくれていい。忙しい中すまなかった」
「では、失礼致します」
アイリーンが代表して挨拶をし、後ろに控えていた三人がぞろぞろと部屋を出ていく。
出て行こうとするエリックにロナルド王は声をかけた。
「エリック」
「なんでしょう?」
「諸々の報告は今晩にでも纏めて頼めるか?」
「了解しました。失礼します」
三人が出て行くと、結果、ロナルド王と兎の被り物の男だけが部屋に残されることになる。
「……嫌われたかな」
「おそらく、そうでございましょうな」
「いやあ、上手くいかないもんだ」
「大層な隠し事をした上でですから、仕方ないのではございませんか」
「まぁ、ねぇ……」
からからに渇いた喉に、また水を流し込んだ。
「父親ってのも楽じゃないなぁ」




