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漆黒の戦機  作者: 夏木裕佑
第五章 「賢帝は旗の色を知る」
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一三三年 三月二十五日~ ①

・アリオス歴一三三年 三月二十五日 マルメディ星系


「回避せよ!」


 ワープアウトしたアクトウェイの艦橋で、リガルは叫んだ。これあると予期していた敵の攻撃から身を避けるべく、ジュリーが構築していた回避プログラムが起動。人間の反射測度より早く、アクトウェイは身を翻して星系主面下方へと逃れた。

 強烈な加速度が座席へと体を押し付けるのと同時に、リガルは船長席の前に浮かぶホログラフが目まぐるしく更新され、マルメディ星系の宙域図を表示するのをしかと目にしていた。

 平均的な大きさの恒星マルメディが中心に浮かび、その周囲を二つの惑星が公転している。ひとつは地球と比してやや大きい直径の住みよい環境の惑星で、もうひとつは小さな資源惑星だ。前者は恒星とアクトウェイの中間に位置しており、星系の反対側を資源惑星が漂っている。両者の公転軌道の中間には準惑星ともいうべき岩塊が細い帯状になって分布しており、その只中にある一際巨大な岩塊をくりぬいて、ルガート造船財閥の本社は据え置かれていた。

 小惑星と一口に言っても、ほとんど準惑星ほどの大きさと質量を持つそれは、未だ健在であるように思える。帝国軍へと寝返ったのか、それとも強襲され、制圧されているのか。星系の各所には特に目立った戦闘の痕などは見られない。

 帝国軍艦隊はワープポイントで待ち伏せていた。しかし数はそれほど多くはなく、五一隻である。これが唯一の明るい判断材料だと思われたが、その中心に以前のジェイスが乗り込んでいた、巨大艦が鎮座していることと、ほぼ同型艦と思われる戦艦がもう一隻、遊弋していた。さらには護衛艦と思しき中型から小型までの統一された白い船が球形状にそれらを囲んでおり、無数のエネルギービームを放っている。

 貴重な一瞬を割いて、肘掛のボタンを押し込む。アキが僚艦として認識しているコンプレクターとグローツラング、そしてスペランツァのステータスが宙域図の隣に表示される。損害無し。二隻はアクトウェイを先頭にした矢尻型の隊形を維持しながら、同じく下方へと飛び込んでいる。

 警報が鳴る。敵艦隊がミサイルを発射したのだ。リガルは断続的に体を襲う加速度に負けじと声を張り上げる。


「イーライ」


 返事は無かったが、彼は即座に反応してデコイを射出していた。

 アクトウェイの艦尾付近から無数に放たれたデコイが、アクトウェイ本体と寸分違わぬ類似情報をまき散らしながら放射状に広がっていく。それらは船から一定の距離を置いた時点で一斉に進路と同一の軌道を走った。敵のミサイルはほとんどがそちらへと軌道を変えたが、やはり誤魔化しきれない個体がアクトウェイへと向かってくる。

 これ有ると予期していた対空迎撃シークェンスが次の段階へと移る。

 船体各所の対空レールガンが外殻から展開された。無数の実体弾を、バレルロールを繰り返すアクトウェイから撃ちだす。それらに混じり、コンプレクターとグローツラングも同様の対空迎撃措置を開始していた。スペランツァはタイミングを置いてデコイを一斉射し、複雑に入り乱れた弾幕を掻い潜ってきたミサイルの舳を他方へ逸らす。

 一発がアクトウェイのPSA装甲に着弾した。プラズマ弾頭が爆発し、膨大な熱エネルギーがアクトウェイの船体へと襲い掛かるが、フィリップがエネルギーを被弾個所に集中投射し、損害は無し。他にも数発のミサイルがグローツラングとスペランツァへ降り注ぐが、間一髪のところで二隻はこれらを撃墜していた。

 リガルは加速を指示。アクトウェイを追う三隻はこれに従う。敵艦隊は静止状態から加速しなければならないため、この戦闘宙域を離脱できれば、敵は既に速度の乗った状態でいるアクトウェイらに追いつけない筈だ。たとえ人間に対する慣性補正を考慮しないとしても、巨大な質量を持つ航宙艦が加速するにはかなりの時間が必要になる。それを見越しての指示ではあったのだが、何よりその前にこちらが撃破されてしまっては目も当てられない。先ずは敵の攻撃を凌ぐ必要がある。

 敵の攻勢を弱めるには、こちらも反撃すべきだ。

 リガルは再びイーライの名を呼んだ。彼は今度は返事をし、それだけでリガルの意図を悟った。

 アクトウェイの船体各所でVLSが展開する。直後に、敵の巨大艦二隻をめがけて大量のプラズマ弾頭ミサイルが射出された。それを見たスペランツァとグローツラングも同様にミサイルを斉射する。コンプレクターは慣性補正装置の出力が弱く、指揮がままならないのか、この攻撃には同調しなかった。

 星系主面下方へと、まるで重力に引かれる様にして加速を続ける三隻から放たれたミサイルは、追撃し始める敵艦隊の気勢を削いだ。五一隻の白い艦隊は精確無比としか言いようのない密度と精度で弾幕を張る。敵艦隊のエネルギービームが、アクトウェイらの進路を妨害するのでなく、ミサイルの迎撃のために密度を薄め、散漫な砲撃となって四隻の周囲に降り注いだ。。

 生まれた隙を、リガルは見逃さなかった。ジュリーの回避機動が緩み、慣性補正装置が慣性を殺しきった瞬間に命令を下す。


「ジュリー、右に九十度ロール、右舷九十二度、上方三度回頭。二次推進装置で軌道を変え続けろ。イーライ、ミサイルをもう一斉射した後、主砲で敵護衛艦を狙え。フィリップ、PSA装甲のエネルギーを舳に集中させろ。セシルは敵艦隊を集中走査、あらゆる戦闘行動を助けよ」


「了解、リガル」


 アクトウェイが回頭する。黒い矢尻型をした船体の各所で忙しなく推進装置の青白い光が発せられ、イルミネーションのように漆黒の塗装が瞬く。まったく精密な計算の元に、ジュリー・バックはリガルの指示通りの角度に舳を向け、船体の角度を固定したまま軌道だけを小刻みに変え、しつこく飛来するエネルギービームを避けた。そして、再びのミサイル斉射。牽制弾幕だ。

 ミサイルの発射と同時に、コンプレクターが短距離跳躍を行う。敵艦隊の進路、ジェイスの巨大戦艦の左舷側に出現。即座にミサイルと主砲による攻撃を開始。敵艦隊の左翼側から圧力をかけるコンプレクターの攻撃により、小型艦の数隻が爆発。しかし進路を変えることなく、敵艦隊は尚も増速。進路は完全にアクトウェイのそれと交錯しており、この時点で、ハンスリッヒとエッカートは、敵の狙いがアクトウェイであることを確信する。スペランツァに乗り込むカルーザ・メンフィスは、既にアクトウェイの傍らにスペランツァを進ませ、互いの軌道を交差させない距離で同じように敵艦隊を砲撃させていた。


「誰かを守るために剣を振るうことこそが名誉だ」


 ジェームス・エッカートは部下に告げ、指示を下した。

 凄まじい加速で追随する敵の意図を挫いたのは、グローツラングから飛び出した四基の砲撃反射無人機ピックだった。

 空色の船体から荷電粒子砲が放たれる。副砲であるとはいえ高出力で、放射状にばら撒かれたこれと同時に、艦首に装備されている十八門のエネルギービーム砲塔が破壊の槍を突き出した。一度、二度の斉射では敵に損害は無かったが、三度目の斉射で二隻の小型艦に着弾。爆発こそしなかったものの、戦闘能力を失った二隻は艦隊から置いていかれ、ピックに反射された荷電粒子の柱がとどめを刺した。四方八方から貫かれた小型艦は今度は爆散する。

 中型艦がアクトウェイの一撃を受けて爆散した。どうやら左舷側に位置しているコンプレクターの攻撃にPSA装甲のエネルギーを割いているらしい。スペランツァが追い打ちをかけ、さらに一隻の大型艦艇を被弾せしめるが、撃沈には至らなかった。

「正面が疎かだ」

 主砲発射と同時に、イーライが呟く。微かな振動と遠雷の様な音と共に主砲発射。艦橋を囲む半球形の全天ディスプレイの正面へと青白い光の柱が幾重にも伸び、その先で爆発が巻き起こった。

 ここで、ジェイスは追撃を諦めた様だ。急速にピッチした敵艦隊は、攻撃を逃れる様に素早く離れていく。グローツラングはピックを呼び戻し、コンプレクターは短距離跳躍の準備に入った。

 そして、警報が鳴る。

 リガルは我が目を疑った。

 巨大艦の一隻が、信じられないほどの小さな旋回半径で回頭し始めたのだ。恐ろしいほどの加速度が、あの船の中を襲っている筈だが、それでも加速や姿勢制御を行っていることからして、乗員がいなく、自動制御されていると思われた。

 リガルはプリンストン・B・エッジの言葉を思い出す。歯を食いしばりながら、エネルギーを充填していて動けないコンプレクターを見つめた。巨大艦は間違いなく、ハンスリッヒを狙っている。

 白い男の薄ら笑いが垣間見えた気がした。


(やはり、お前は生体端末か、ジェイス!)


 これに気付いたジェームス・エッカートが、呼び戻していたピックを巨大艦へと差し向けた。荷電粒子砲のみならず、主砲の大出力エネルギービームをも発射する。荷電粒子砲より高威力のエネルギービームはPSA装甲以外では反射することが極めて難しい。これを、コンプレクターは複数のピックに浅い角度で反射させていくことで、何とか攻撃を可能にしていた。

 それでも、攻撃できるエネルギービームの数は限られている。今からコンプレクターの救援に向かおうとも、あの位置では旋回して進路を変更するだけで十分は要するだろう。皮肉なことに、敵から逃れようと大加速を続けていたことが裏目にでてしまっている。

 コンプレクター……ハンスリッヒは、再びミサイルを斉射し、持ち得る全ての火力を巨大艦へ投射した。ジェイスが操っているであろう白い巨大戦艦は、コンプレクターの古いパワーコアから絞り出された砲撃を難なく跳ね返すと、お返しとばかりに、自らの巨大なそれを放った。

 心臓が縮み上がる思いで、リガルはジュリー・バックを見やった。ハンスリッヒの実妹である彼女は、いつもの軽口を叩くこともせず、リガルに背中を向けたまま全天ディスプレイにアキが投影させているコンプレクターの映像を見つめている。その髪の毛が逆立つのを、リガルは見逃さなかった。

 が、予想された展開は回避された。

 ピックが寸でのところで、四機全てがコンプレクターと巨大艦の間に立ちはだかった。小型であるとはいえ、厳重な対ビーム装備が施された砲撃反射無人機を、極太のエネルギービームが容易く貫徹していく。一機、二機、三機のピックが瞬く間に爆散した直後、最後のピックが角度を変え、エネルギービームをコンプレクターから逸らした。同船は無傷であったものの、ピックはしばし電光を放った末、爆発、四散した。


「お願い、跳んで!」


 セシルが叫んだ。直後に、巨大艦が第二射を放つのと、コンプレクターが瞬いて消えるのは同時だった。虚空を貫く青白い光線を見て、リガルは椅子に体重を預ける。いつの間にか止めていた呼吸を意識して再開した。

 コンプレクターはアクトウェイの左舷側に遊弋していた。グローツラングが追いつき、スペランツァが庇うように灰色の船体で敵艦隊とコンプレクターの間に陣取る。四隻はマルメディ星系のアスタルト星系方面のワープポイントと恒星を結ぶ線上、しかし座標としてはかなり下の位置で緩やかに艦首を上げ、第二番惑星付近を通過して、小惑星帯のルガート造船財閥本社ステーションへ向かう進路を取った。





 格納庫に怒号が響く。フィリップが大声でドロイドの群れに指示を降し、様々な形の無人作業機械がエアロックを通じてコンテナを運び出していく。中には医薬品や食料が詰められており、それらは右舷側に接舷されているコンプレクターへ向けたものであった。

 多くの医療ドロイドなどが、幾隻かのシャトルへ向けて運び込まれていく。機械の群れの中をキャロッサが歩いていく。フィリップは急いで彼女の元に駆け寄り、その細い肩を叩いた。


「きゃっ……なんだ、カロンゾさん」


「キャロッサ、本気で行くのか。みんな心配してるぜ。ウチはクルーも七人しかいないんだ。何もお前が無理して出て行くことはない」


「あら、心配してくれてるんです? 嬉しいなぁ」


 えへへ、と笑みを浮かべる彼女に苦笑いを返しながら、フィリップは真剣な顔に戻ってから、言った。


「単刀直入に言うぜ、キャロッサ。イーライは納得してねぇ。リガル船長のことを睨み付けていた。お前もあの顔を見ただろ」


 彼女は立ち止まり、困った風に顔を顰めた。

 十分ほど前である。

 ハンスリッヒの英断により、短距離跳躍に必要なエネルギーの九十パーセントの状態で、コンプレクターは跳躍を行っていた。彼が決断しなければ、あの巨大艦の凄まじい威力を持つ主砲を正面から受けていれば、この程度の損害では済まなかっただろう。パワーコアのオーバーロードで原子レベルに全てが還元されては、遺体の回収もままならない。

 エネルギーの足りない状態で跳躍を行うためには、船内各所の全ての使用エネルギーを遮断する必要があった。それは慣性補正装置、空気循環装置などの生命維持システムの停止も意味する。よほど外殻に近い位置で作業するクルーならまだしも、艦橋や機関室に詰めている乗組員は限定的な耐衝撃機能を持つ航宙服を纏っているのみだ。幸いにも気圧は変化が無かったが、跳躍後の運動量変化により、九Gを超える慣性が船内に働き、各所のシステムにも強大な負荷がかかった。

 船長として船長席に座っていたハンスリッヒですらも無事では済まなかった。彼は座席から転倒し、全身を強かに打ちつけていたものの、毅然と背筋を伸ばす、苦痛の欠片さえ見せない飄々とした表情で陣頭指揮を執り、負傷者の対応に当たっている。

 状況を聞きつけたリガルは即座にジュリーへコンプレクターへと接舷するよう命じた。誰よりもまず彼女へ告げたのは、ハンスリッヒの実妹である彼女の心境を慮っての事で、彼女は一度だけ感情の交錯した目でリガルを見やると、後は黙したまま、可能な限り素早くコンプレクターへと舵を切っていた。

 意外にも素早い対応を見せたのがキャロッサ・リーンだった。衛生長として、彼女はアキに補助してもらい、アクトウェイ船内の医療ドロイドと共にコンプレクターへ移乗するプランを提案した。コンプレクターはアクトウェイと同級の大きさを持つ船であり、負傷者を船外に確保されたチューブ状のエアロックやシャトルを通じて他船へ移送している余裕はない。食堂などを使えば船内での医療スペースは容易に確保可能であり、問題はそれにコンプレクターの衛生班が対応しきれるかだ。医療に携わるクルーも漏れなく被害を受けていることから、早急に負傷者の救護を行う体制を整えることが重要だとキャロッサは主張した。

 この提案に対し、リガルは可否について逡巡した。

 戦闘は収束したとはいえ、未だ帝国軍艦隊、四七隻が巡航速度で後方から食らいついている。未だ安心できる距離ではない。

 船長であるリガルは、自分の船のクルーが戦闘時に別の船に乗り込んでいるという状況を嫌った。声には出さなかったが、イーライの意味深長な視線は、リガルには無視し難いものであった。

 たとえ死ぬとしても、同じ船のクルーなら、アクトウェイで死ぬべきだ。それが放浪者ノーマッドの矜持である。

 何も無い宇宙空間。絶対零度と宇宙線、真空から人間を守るのは、船だ。宇宙で生きる人間は船を愛する。だからこそ、アクトウェイは家であり、家族だ。アキという管理AIが擬人化されているここでは、そうした価値観が強く息衝いている。

 リガルはキャロッサの目を見つめ返した。何も言わずとも、こうして気弱な彼女の意思を挫こうとするのは、卑怯ではあれど、それがアクトウェイ全体にとって最大の利益になることをリガルは疑わなかった。

 しかし。現実とは、必ずしも歓迎すべき事柄だけで構成されているわけではない。

 切り揃えられた黒いボブを揺らし、毅然とした態度でリガルと相対した。背後に立つアキでさえ、その背筋の真っ直ぐさに驚き、微かに眉を上げたほどだ。


「今は極めて危険な状況だ、キャロッサ。コンプレクターに乗り込んでいる時に戦闘状況に陥らない保証はない。ましてや、コンプレクターは三隻の中で唯一、傷付いている。敵は集中的に狙ってくるだろう。そうなれば――それでも、君は行くのか」


「はい、行かせてください。コンプレクターの皆さんにはお世話になっていますし。それに、私、笑顔で料理を食べてくれた人は、大切なんです。その人達の誰であっても、欠けて欲しくない。ハンスさんを、みんなを、助けたいんです」


 しばし睨み合った末、リガルは折れた。何より、珍しくも自らの意志を貫こうとしているキャロッサは立派だったし、良い顔をしていた。


「わかった。だけど、アキを連れて行かせることはできない。彼女は戦闘時、この船にいてもらう必要がある」


「ですが、ドロイドの支援が無ければ治療は行えません」


「ハンスに頼んで、コンプレクターとアクトウェイを通信回線でつなぐ。セシル、レーザー通信でコンプレクターの通信設備からハブを経由、コンプレクター船内の無人機を操作することはできるか?」


 星系内の探査に集中していたセシルが椅子語を振り返る。


「技術的には問題は無いと思われます、船長。多少のリスクは残りますが」


「どういうリスクだ?」


「万が一、コンプレクターからシステムをハッキングするようなウィルスが流し込まれた場合には、こちらの対処能力はかなり下がります。アキは生体端末に自己を移していますから、ネットワークとしてはアクトウェイの中枢コンピュータ、レーザー通信機、コンプレクター内のシステムからドロイドを操作することになります」


「それが、リスクのある行為なのか」


「コンプレクターは改修を重ねているとはいえ、ソフト面ではアクトウェイやグローツラングと比べて旧型であると思われます。コンプレクターのシステムが電子的なハッキングを受け、それがアクトウェイまでネットワークを経由して感染した場合、アキはアクトウェイ自身でなく、船を”操っている”立場ですから、効率的な対処が難しいのです」


「なるほど。では、アキを直接コンプレクターへ移すほうが、セキュリティ上も安心できるというわけだな」


「そう考えます、船長」


「いいさ、アキは残ればいいよ」


 口を挟んだのはジュリーだった。彼女はいつも通りのはだけた航宙服を靡かせながら、艦橋の一段高い船長席の後ろにあるアキのオブザーバー席へ近寄った。


「どちらにしても、ドロイドには自律的な行動機能は不可されているんだろう、アキ?」


「はい。私が直接指揮を執るより効率は落ちますが、治療には何ら問題はないでしょう」


「そうさね。それじゃ、アタシも同行するよ。いいだろう、船長。舵取りはアキでもできる」


「……わかった。頼んだぞ」


 そうした経緯で、ジュリーは既にシャトルの操縦席に収まっている。彼女の操縦なら間違いないと、フィリップは安心しているのだが、気がかりなのは出て行く二人ではなく、残った一人のことだ。

 キャロッサは力強く笑った。


「大丈夫です。あの人は頭がいいから」


「……そうだな。頑張れ、キャロッサ。味は保証しねぇが、帰ったきたら、偶には俺が一品、作ってやるよ」


 素直に驚きの色を見せた彼女は、また微笑むと、楽しみにしていますと言い残してシャトルへと乗り込むべく歩いていく。

 と。彼女を呼ぶ声がした。フィリップはそれがイーライ・ジョンソンであると悟り、邪魔にならないよう作業に戻る振りをしてその場を離れた。

 二人はしばらく何かを話していたようだが、イーライが思い切ってキャロッサを抱き寄せ、口付けした。その後、顔を赤くしたキャロッサは恥ずかしがりながらも彼と抱擁を交わし、シャトルへと乗り込んでいく。

 フィリップ・カロンゾは見ないように、手に持っているタブレット端末を操作していたが、後々になって、なぜこの光景を目に焼き付けておかなかったのかと後悔した。

 思い出は多いほどよかっただろうに。

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