魔王の胃袋を掴め
「で、それは何だ?」
リリスの瞳が冷たく見下ろしているのは、
カインが両手で捧げ持つ、手作りクッキー入りのハート型の箱だった。
「えっと、俺が作った! 惚れてもらうには、まず胃袋からって聞いて!」
「毒入り?」
「違う! 安心して食べられるやつだ! 砂糖も多めだし!」
「ますます怪しいな」
そう言いつつも、リリスは箱を受け取り、中身を覗き込んだ。
中には、焦げ気味で若干ひび割れたクッキーたち。
「形が崩れているし、“愛”って書こうとして“哀”になってるけど?」
「ま、間違えたッ! あれは気持ちの問題で! 心は込めたから!」
「哀れだな」
そう呟くと、リリスは一つだけクッキーを取り出し、じっと見つめた。
それを口元に運ぶ。
(た、食べる!?)
カインが見守る中──パクリ、と一口。
──沈黙。
「ど、どう?」
リリスは表情を変えず、無言で立ち上がり、カインの胸ぐらを掴んだ。
「まずい。舌が死んだ。殺す」
「早いよッ!? あとちょっと待って!? 心だけでも受け取って!?」
魔力がカインの首に集まりはじめる。危険だ!
だが、そこで突如、リリスの手が止まった。
「まあ、少しは努力だけ認めてやる。クッキーの味は地獄だが」
「そ、それって惚れポイント1点?」
「マイナス五億点。殺意で帳消しだ」
「つ、つらい」
──その夜。
リリスは一人、自室の窓辺に立っていた。
机の上には、あのクッキーの残りがまだある。
手を伸ばし、そっともう一つを口にする。
まずい。
けれど──なぜか、少しだけ笑みがこぼれた。
「ふん、馬鹿な勇者」