ステージ7-9 蟻のボスモンスター
『──キィエアアアァァァァッ!』
「……っ!」
入った瞬間、蟻からは発せられない筈の絶叫が俺達の鼓膜を大きく揺らした。
その音は空気を振動させ、天井からパラパラと小さな土塊が落ちる。
『フフフ……よもや妾の前に現れようとはのぅ……人間風情が可愛い子供達をよくも大量虐殺してくれた』
「……! 喋った……離せるボスモンスターは今のところスパイダー・エンペラーしか見ていないが、アンタは……!」
『ほう? あの蜘蛛と出会って食われておらぬか。それなりの実力は有しているようじゃな』
「スパイダー・エンペラーとも知り合い……確定だ……!」
絶叫の後、急に冷静になったように話す女王蟻。
試しにスパイダー・エンペラーの名を出して探りを入れてみたが、どうやら一つの事柄がそれによって確定したようだ。
──この女王蟻は、魔王軍に属している……!
「アンタ……スパイダー・エンペラーとも対等の立場の様子。魔王軍の幹部で良いみたいだな」
『フフ……そうじゃな。妾は、言わば魔王様に仕える家臣……まあ、何れは右腕にでもなろうかと思っておるがな』
「そいつは大層な野望をお持ちで。乗っ取ったりしようと考えていない様子なら、忠誠心も高いようだ」
『フン……ゴソゴソと……何を企んでおるのか分からぬが、早く終わらせよ』
「バレていたか……」
話しているうちにステータスを確認していたが、バレてしまった。けどまあ、寛大な女王蟻様のお陰で特に問題無くそれが映し出された。
『──“エンプレス・アント”──“Lv450”』
「……っ。竜帝に迫るレベル……そして“女王蟻”じゃなくて“女帝蟻”だったか……!」
確認した存在、エンプレス・アント。即ち女帝蟻。見た目は現実の女王蟻を巨大化したようなもの。その無機質な複眼は俺達をじっと見つめていた。
そのレベルは450。もうすぐで竜帝ノルマに達成するな。かなりのものだ。
『フム、妾の情報を確認しておったか。要らぬ事を。お主らは既に死刑確定しているのだからな』
「ハッ、モンスターから人間みたいな言葉を聞くと不思議な感覚になる。死刑なんてあるのかよ」
『妾の子達を殺し、一割の働き蟻達の邪魔をしたのだ。死刑は当然だろう』
「……一割……あまり聞きたくなかった数ですね……あの蟻達は全体のたった一割ですか……!」
倒していない蟻達も数万匹居るが、少なくとも俺達は千匹近くの蟻は倒した。そして女帝蟻の言葉からするに、倒していない方の働き蟻達も含めての一割。
そう考えれば十万匹が全体の一割で、全部合わせて百万匹は居る訳だな。その一割が本当にそうかは分からない。取り敢えず、ここに居る蟻達以外にもかなりのモンスターが居るようだ。
『さて、少し話過ぎたの。死刑執行するとしようか』
「……!」
──瞬間、一瞬の羽ばたきと共に女帝蟻の姿が消え去った。
こう言った場合は大抵死角に居る。背後と天井、足元。その何れから仕掛けられても良いように斜め上へと前進。刹那に先程までの俺達の場所に女帝蟻が針を打ち付ける。
「間一髪だったな。かなりの速度みたいだ」
「時速700㎞以上……いや、今のレベルからしたら多分時速800㎞並みの私達が反応出来ない速度だもんねぇ……長距離移動と短距離での戦闘反応速度は違うけど、音速は出ていたんじゃないかな」
「音速の蟻……なんか言葉で表すとシュールな響きですね。厄介な存在ではあるのですけど」
「けどまあ、その厄介な存在という事実が変わらない限り僕達は苦戦を強いられるね」
「話している暇も無いようだしな……!」
『カァ……!』
次の瞬間、俺達に向けて毒の霧を射出。俺達はそれを避け、壁を伝って上の階層に上がる。
ここは個室のようだが、どうやら上にも道はあるらしい。女帝蟻の部屋だけあって何かがあるんだろうなとは思うが、素早い相手なので高低差を利用して戦いたいところだ。
『フン、高所は寧ろ妾の専売特許よ……!』
「だろうな。じゃなきゃその羽はただの飾りだ……!」
羽を動かし、跳躍するように俺達の眼前に迫る。それを俺達は躱し、今一度距離を置いた。
本来女王蟻の羽はあまり使われず、最初に巣を見つける時や最期に子孫を残すなどの時に空を飛ぶのだが、この女帝蟻は普通の移動の際にも空を飛ぶようだ。まあ、最期に使う羽でも通常時に使う存在も居る。それが女王蟻とはまた違った、“羽蟻”と呼ばれる種類。それにこの世界の在り方として、本来はあまり使わない部位をよく使うのもおかしくないな。
『“毒針弾”!』
「……っ。スキルか……!」
毒針を弾丸のように放出し、俺達の背後を破壊。何とか躱せたが、目視する事は出来ない程の速度だった。
照準が合っていなかったのか否か、あの距離で外すのは違和感がある。俺達はエンプレス・アントからは視線を外さず、恐る恐る背後を見た。
「……そう言うことかよ……」
「うっ……鳥肌が……」
それを見た俺達は身の毛が弥立つ。それは恐怖などではなく、純粋にその光景が気持ち悪かったからだ。
その光景──無数の卵と蛹。
毒針弾によって壁が砕け、無数の卵が露になった。そしてわざわざそれを実行したという事は、既にこれらが孵化寸前という事である。
『フフフ……可愛い子供達がそろそろ孵るぞ……今の毒針にはそう言った成分を含ませておいた。人間には有害で、妾達にとっては利益になる……のぅ?』
「毒の配分も出来るのか……そんな蟻聞いた事ないぞ……」
『そして、他にも僕達がおる』
「……!」
『『『…………』』』
その瞬間、俺達の下方に蟻以外のモンスター達が囲んでいた。確かに蟻の仲間である蜂は、種類によっては神経毒で他の生き物を操る事も出来るらしい。
この女帝蟻は蟻以外の能力も備えている様子。つまり蜂のそれを使ってこのモンスター達を操ったようだ。
かなり厄介だな。まあ、基本的にボスモンスターは大体がかなり厄介で、もはや“かなり厄介”が口癖みたいになっているが、そうなる程に厄介なモンスターが多い。
「操られたモンスター達に今にも孵そうな卵。そしてエンプレス・アント。面倒な相手だな、本当に……!」
「そうですね……! 本体の強さも然る事ながら、三桁レベルの無数の小型モンスター。ダメージは無くても疲労は残っていますし、苦労しそうです」
要点をまとめるだけでも面倒な相手という事が分かる。
実際、vsボスモンスターで一番邪魔なのは周りに居る雑魚モンスター。ダメージが少なくてもノックバックがあったりするからな。まあ、今ここに居る雑魚モンスター達は攻撃力もそこそこあるんだけど。
『……!』
「……! カマキリか……!」
まず飛び掛かってきたモンスターはカマキリ型。まあ、十中八九エサだった存在だろうな。中途半端に意識が残っていたからこそ操られてしまったという事か。
本当、光の粒子にならない種類のモンスター。そのメカニズムが気になるな。
「レベルは蟻型モンスターよりも低い。一撃で倒せるけど、数が多いな。……カマキリ以外にも」
カマキリ型モンスターは斬り捨てる。そして後続のモンスター達とエンプレス・アントに構え直す。
この様子、子蟻達が孵るまでの時間稼ぎか。それなら卵を孵る前に消し去りたいところだが、
「“ファイア”!」
『させるか……!』
当然エンプレス・アントがそれを阻止する。ユメ達も狙っていたみたいだが、そう上手くはいかないようだ。
この女帝蟻なら一匹でも俺達を相手取る事くらいは出来そうに思えるが、案外慎重派なのかもしれない。
群れのボスは臆病で慎重じゃなければ務まらない。ボスが真っ直ぐ突っ込んで討ち死にしたら笑い話にもならないからな。スパイダー・エンペラーも本体は群れと脱け殻が壊滅するまで姿を見せない徹底振りだった。
ゲームのボスキャラが部下を倒した後に現れるのはご都合主義じゃなく、ちゃんと組織として機能しているからこそ。割と現実に則っているんだろう。……まあ、開発者からすればボスだから一番最後に出そうって言う安直な考えなのかもしれないけどな。
『……!』
「虫達も沢山居るね……!」
「既に殆ど意識もないし、ちょっとやそっとの攻撃じゃ怯みもしないね」
「完全に仕留めなければならなそうだな……!」
後ろからソラヒメ達の声も聞こえてくるが、どうやらソラヒメ達も苦戦している様子。
確かに操られている虫達に感情はない。されるがままに動かされているだけ。まあ、元々虫型モンスターに感情があるのかは分からないけどな。
しかしながらエンプレス・アント。色んな方面での厄介さを感じられる存在だ。
「そう言や、まだエンプレス・アントにはダメージを与えていないな。俺達も食らっていないけど、疲労が募っている分、少しでも与えていたい……!」
「はい。少しずつでもダメージを与えておかないと後々響いてきそうです……!」
『……!』
そんなエンプレス・アント。女帝蟻にはまだダメージを与えていないのを思い出す。早いうちに倒すのは無理だろうが、少しでも与えておきたいところ。
俺とユメは踏み込み、エンプレス・アントに向けて加速した。
『フン、下らん。妾に勝てるとでも思っておるのか? 舐められたものよ……!』
「……まあ、この場で勝たなきゃ俺達が死ぬからな。……死んだら確実にアンタに勝てるけど」
光剣影狩を振り下ろし、エンプレス・アントはそれを片手。いや、片脚か。片脚で受け止める。
やっぱりレベル差がレベル差。通常攻撃が初期装備の必殺スキル並みはある光剣影狩の一撃も軽くあしらわれるか。
一度“GAME OVER”になれば“SP”が回復して軽く倒せるようになるが、まだまだ命はこんなところで捨てたくない。少なくとも、今の俺の命は前までの俺のじゃなく、ランスから貰った命だからな。
「虫には……炎……! “ファイア”!」
『温いわ!』
「……っ。炎が……!」
腹部の方から空気を放出し、ユメの放った炎魔法を消し去る。
その空気は二酸化炭素。つまり虫にとっての呼吸。エンプレス・アントは呼吸する事によって炎を消し去った。
基本的に虫は口から呼吸はせず、腹部近くの気門という気管から空気を取り込む。俺達で言うところの深呼吸をそこでするのだ。
エンプレス・アントにとって今のユメからなる炎魔法は、俺達にとってのロウソクの火みたいに軽く消せる存在みたいだな。レベルが高いからこそただの呼吸が守護に使えるらしい。
慣用句として虫の息とあるが、Lv450のエンプレス・アントの息はちょっとした台風並みだ。
「狙いは女帝蟻だね! 任せて!」
『次は主か。猪口才な!』
「褒められちゃった!」
『褒めてない!』
ソラヒメが踏み込み、加速。エンプレス・アントの暴風を抜け、その拳を打ち付けて仕掛ける。
エンプレス・アントはそれを片脚で防ぎ、少し後退りながらも完全にソラヒメを停止させた。
確かに猪口才なは多少なりとも才があるという意味。ソラヒメの受け答えも悪くない。
「狙うぞ、セイヤ!」
「オーケー、ソフィア!」
『……!』
そんなエンプレス・アントに向けて放たれた二本の矢。ソラヒメが抑える事で狙いは正確。エンプレス・アントの頭を的確に貫いた。
『グッ……貴様ら……!』
「……っ。やっぱり抑えられる時間は少ないかな……!」
多少。ほんの少しだけダメージを負ったエンプレス・アントがソラヒメを振り解いて放り投げる。
ソラヒメの身体は無数の卵の山に突っ込み、いくつかを撒き散らした。
「うへぇ……身体がヌルヌル……この卵、乾燥していないんだ……普通土に水分取られるよね……」
「……何て言うか……まあ、同情するよソラヒメ」
卵がクッションになった事でソラヒメ自体にダメージはないが、見た目というか何て言うか、今の状態は可哀想だな。素直に同情する。汚れない世界でも敵の攻撃が要因になったらその汚れは残るからな、うん。
と言うか、エンプレス・アントは自分の意思で卵の方に投げたしぶっちゃけ愛してなさそうだな。……まあ、人間以外の動物や虫は空腹なら子供を食うのもよくある事らしいし、人間にも食人族とか居るかもしれないからおかしくないな。
『フン、だが、この程度は許してやろう。主らが死刑なのは決定事項。今更憤ったところで何の得もなく、妾の気も晴れないからのぅ』
「そうかい。それは有り難いな。感情が分からない虫が俺の命を理解してくれているなんてな」
『フン、下らん挑発よ……』
怒りを抑え、俺達に向けて改めて構えるエンプレス・アント。まあ、結果的には目的だったダメージを与えられた。後はそれを蓄積させて倒すだけだ。
無数の卵と操られた虫。それを率いる女帝蟻との戦闘は続く。




