短編:私、国王陛下御夫妻公認の悪役令嬢なんです
「ミュリエッタ・ウェイシード。貴女との婚約を破棄させていただこう」
「そんな! シェイクどうして!?」
華やかな卒業パーティーで高らかに宣言したのはこの国の王太子であるシェイクレッド様。婚約者のミュリエッタ様は家のためにシェイクレッド様に嫁ぐことになった令嬢である。決して望んでいたわけでない。つまり政略結婚だ。
「どうして、だと? この悪役令嬢めが! 君にはほとほと呆れているのさ。俺の愛しいリディを苛めたというのに」
「リディ、ですって……?」
「そうとも。さぁ、こっちにおいでリディ」
先程とは一転して静かになったなか、甘ったるい微笑みを浮かべて手を差し伸べる先にいるのは……私である。
私ことリーディラ・エンシィエラはこの国における初めての平民の学生である。「平民にも教育を受けさせよ」という国王陛下のお言葉あってのこと。
入学した私はシェイクレッド様に目をかけていただいた。それだけの関係である。なのになぜそんな気持ちの悪い笑みを浮かべて リディだなんて呼ばれなければならないのか。しかも「俺の愛しいリディ」だと? こちらこそ呆れる。
しかし指名されたからには行かねばならない。このまま逃げるなど出来はしないのだから。そしてこれが、私のお役目でもあるのだから。
「お呼びでしょうか、シェイクレッド様」
「ああ、もうそんな風に他人行儀にしなくて良いのだよ。これからは俺の婚約者として暮らしていくのだからね」
ざわつく会場の中を走って逃げ去りたい気持ちで一杯だ。何故こうなってしまったのだろうかこの王子は。
「どういう意味でしょうか」
「謙遜しなくても良い。君だって分かっているだろうリディ。ミュリエッタとの婚約は破棄された。一言君が婚約を認める言葉を言えばすぐにでも手配しよう」
「何を、何を言っているのですシェイク! リーディラはーー!」
「黙れミュリエッタ!」
憎しみの視線をミュリエッタ様へと向ける。怯えるミュリエッタ様はちらりと私を見た。助けを求めるそれと周りの好奇のそれを一心に浴びながら思った。「そろそろ出番なのか」と。
「証拠は既に上がっている! 君がリディを苛めていたという証拠が!」
「シェイクレッド様。私のお話を聞いてくださいまし」
激昂する王子を手名付けるような真似をしなければならない私の身にもなってほしい。会場の隅で事情を知っている幾人かが動き始めた。
「まず始めにお聞きしますがシェイクレッド様はミュリエッタ様との婚約を本気で破棄するおつもりですか?」
「勿論だ。そして君とーー」
「では二つ目ですが。婚約を破棄した後に私と婚約するつもりというのは本当でしょうか?」
「勿論だ! そのために俺はーー」
このあとなんやかんや言っているようだが私の耳には既に届いていなかった。これはもう手遅れだ。だから私に任せたのだろうなあの二人は。
「シェイクレッド様、貴方の勘違いを少々訂正させて戴きます。一つ、私は貴方と婚約するつもりは微塵もございません。二つ、ミュリエッタ様との婚約は政略結婚で御座います。三つ、私は平民ですがただの平民ではありません」
「何を言っているんだリディ……?」
周囲がざわざわと蠢きはじめる。これぞ社交界という獣だろうか。どうやら準備は万全の状態で整ったようだ。
「私はある方に頼まれてこの学院へと足を踏み入れました」
私の声に合わせて荘厳な扉が左右に開かれていく。そこにいたのはこの国で最も権力を持つお二方。そう、国王陛下夫妻である。
「父上!? 母上まで何故……!?」
お二人とも既に四十を越えている。態々ご足労させて申し訳ない。
突然の登場に生徒も教師も唖然として一層場が静まり返った。さぁ、断罪の刻は来た。
「国王陛下には二つの思想が御座いました。一つ目は平民普通教育を受けられるようにすること。二つ目は王太子として認められるための試練を息子が越えられること。……残念ながら二つ目は達成されなかったようですが」
もはや私の言葉を遮るものは居ない。陛下も王妃様も会場に入ってきてから一度も口を開けていない。ただ厳しい目で己の息子を見ているだけである。ただ一人、私の目の前のシェイクレッド様だけが口をパクパクと動かしている。
「もう分かってくださいますよね。私は陛下に頼まれてこの学院へ来ました。貴方に対して試練を提示しその結果を報告せよ、と」
「ま、さか……」
崩れ落ちたシェイクレッド様にはもう、王族としての威厳などない。私は制服の裾を揺らして陛下へと向き直った。
「陛下。この場で結果を報告したく思います」
「……許す」
私は陛下の目を見て告げた。
「結果は否。シェイクレッド・リックル・コンディッドはこのコンディッド国の次期国王に相応しくないと試験官であるこのリーディラ・フォン・イステンスは報告申し上げます」
「そうか……」
どこはかとなく悲しそうな顔をした陛下。隣の王妃様に至ってはもう泣きそうだ。しかし周りは違う。
「どう、いうことだ……。どういうことなんだっ!!」
へたりこんだまま真っ赤な顔で突っかかってくるシェイクレッド様。無理もない。私のことを平民と思ってたのだから。
「リーディラは我が国きっての才媛イステンス伯爵夫人の娘である。此度はお前の試験官として学院へ入学した。また、リーディラはミュリエッタとも仲が良く事前にこの試験について説明をしておった。此度のことはいきなり平民を学院に入れることの危険性を危惧した陛下のご意志に基づいたものだ」
王妃様と私の母を通じて陛下はあまり顔の知られていない私にこの任を命じた。その結果がこれとは残念だけれど……。私は悪くないもの。私はただものを知らない町娘を演じていただけ。
「これを以てシェイクレッドから王位継承権を剥奪する」
「なっ……! ふざけないでください!」
シェイクレッド様の言葉を無視して元来た道を辿るお二方はやがて扉の向こうへと消えていった。
「シェイクレッド様。貴方は先程ミュリエッタのことを悪役令嬢と言いましたね? 残念ながらシェイクレッド様、貴方の惚れた女もまた悪役令嬢なんです」
それから逆上したシェイクレッド様は牢へ入れられ病死したのだという。私はというと継承権をシェイクレッド様に譲って多くの国を巡っていた第一王子と結婚し国母となった。婚約者の居なくなったミュリエッタは私の兄と出会い大波乱の後に幸せに暮らした。
後日談
「あのときは大変だったわね」
「本当。面倒だったわ……」
「今もでしょう? 貴女もいい加減王妃として慎ましやかに暮らしなさいよ」
「あら、いったいなんのことかしら?」




