ミニ解説(大和三山)
奈良盆地南部にある耳成山は高さ140mの小さな山です。麓には広い公園があり、年配の方や親子連れの方の姿がよく見られ憩いの場となっています。秋にはどんぐりがたくさん落ちています。山の中には猫も数匹目撃され、「捨て猫注意」の看板がありました。耳成山は絵に描いたようなシンプルな形をしていますが、自然な山に古墳として増設された山と考えられているようです。
香久山も152mの小さな山です。『天香久山』とも呼ばれ神聖化された山の一つです。『万葉集』などの歌にもたくさん詠まれており、現在に至るまで詠み継がれています。全国各地にありますが、天照大神が隠れたとされる天岩戸神社が、ここ香久山にもあります。訪れてみると、山全体に少し鬱蒼とした雰囲気があり、何かしらの生々しさを残しているように思われました。
同じく畝傍山。標高は199mです。『火がうねる』という意味で名付けられたようです。麓には神武天皇と皇后を祀る『橿原神宮』があります。天皇陛下も度々訪れるゆかりの場所です。周囲は広大で何かしらの神聖さが漂っているように感じられました。
大和三山の要である北に耳成山、太陽の上る東に香久山、西に神話に名高い畝傍山を位置取り、その中心に置かれたのが、日本の国家としての基礎を作った『藤原京』です。その規模は大和三山を覆うほど大きなものであったと考えられています。知名度はなぜか平城京や平安京より低いですが、日本最初の宮都にして古代最大の都です。『持統天皇』により着工されました。私もそんなに詳しくないので歴史好きの方は色々調べてみてください。色々発見があると思います。
香具山は 畝火ををしと 耳成と 相あらそひき 神代より かくにあるらし 古昔も 然にあれこそ うつせみも 嬬をあらそふらしき
古代の人たちはどうやら大和三山を自分たちの人間関係になぞらえて、畝傍山を巡って耳成山と香久山が争い、耳成山は敗れ、香久山が勝つ、という構図になっていたようです。どういった根拠かわかりませんが、山が神格化され、畏怖の対象でもあった時代に、これほど庶民的で身近なものとして親しまれた山々はあまり見られないように思います。1300年以上前、かつて日本の都であった時を遥かに過ぎて、今は人々の生活の場に自然と溶け込んでいるこの三つの小さな山は、今も昔も変わない姿をとどめています。




