118.「その次の日」
「その次の日」
「いつも通りフリースクールに・・・って、
あぁ、そうか。言い忘れてた」
「フリースクールには、
高校に退学届を出す10日ぐらい前から、既に通っていたんだ」
「見学という形で、ほとんど毎日」
「引きこもっていた私が、
8月の中旬になって自分の部屋を出て電話したのが、そこのフリースクールだったんだけど、
そのときに、
向こうのスタッフの人に、こう言われたんだ」
「だいたいの事情は分かりました。
出来れば親御さんと一緒に、改めてお話を伺いたいのですが、
こちらまでお越し頂くことは出来そうですか?」
「多分、大丈夫だと思います・・・って答えたら、
もし、お越し頂くことが難しいようでしたら、
そのときには、またお電話ください。
担当のスタッフが、話を聞きにそちらにお伺い致しますので・・・って言われてね」
「その、さり気ない気遣いの言葉を電話で聞いて、
思わず目頭が熱くなってしまったのを、私は今でも覚えている」
「それで、
後日、母親と一緒にそのフリースクールに行って、
私のこれまでの事情と、これからの希望を改めて説明したら、
話を聞いてくれた年配の女性スタッフが、
最後に、こう言ってくれたんだ」
「当スクールへの入学は高校を辞められたあとがご希望、とのことですが、
でしたら、それまでの間は見学という形で来てみませんか?。
その方が、ここの雰囲気にも早く慣れるでしょうし・・・って」
「私は、
そのスタッフの好意に、甘えさせてもらうことにした」
「それから、
ほぼ毎日、そこに通ったんだ」
「自転車でね」
「ちょっと遠かったけど、
でも、電車やバスは使いたくなかった」
「顔見知りの人には、出来るだけ会いたくなかった」
「で、さっきの話に戻るけど、
高校に行った次の日、
フリースクールに見学のために顔を出して、その帰りの道、
私は、文房具の店に立ち寄った」
「便箋や封筒、切手を買った」
「そして、
自分の部屋に戻ってくるなり、机の上のノートパソコンを開いた」
「彼女に送る文章を考え始めたんだ」
「お久し振りです。お元気でしたか?」
「いや、
その前に、まずは自分が誰なのか名乗らないと」
「待てよ、
でも、相談サイトで使っていたニックネームを書いたところで、
彼女は、それを信じてくれるだろうか」
「怪しまれるのではないのだろうか」
「だったら、手紙を送ったあと相談サイトに行って、
そこで、
何かの投稿に、その手紙の内容をさりげなく忍ばせておけば・・・」
「いやいや、
そんなの、私と同じニックネームを登録すれば誰にでも出来てしまう」
「意味が無い」
「そもそも、
お元気でしたか?・・・なんて、書いて良いのか」
「それを書く資格が、私にはあるのか」
「彼女を傷付けてしまった私が、
他人事のように、それを書いて良いのか」
「だいたい、元気でいるはずがないじゃないか」
「私に裏切られ、
ツライ思いをしているに決まってるじゃないか」
「なら、まずはそれを謝るか」
「見て見ぬフリをした理由を正直に書いて、
まずは謝るか」
「しかし、彼女に謝るのは・・・」
「だったら、何を書けば・・・」
「いつまで経ってもそんな調子でさ、
結局、1行も進まなかった」
「で、
一旦、手紙の文章を考えることを諦め、
2ヶ月後の高卒認定試験に向け、勉強し始めたんだけど、
そこで、ふと思ったんだ」
「そうだ。
認定試験に受かってから送ろう、って」
「もともと、ちょっとだけ抵抗があったんだ」
「今までずっと引きこもりで、
つい先日、高校も退学しました・・・って書くことに」
「でも、そのフレーズのあとに、
退学後、頑張って勉強して、
それで高卒認定試験に合格しました・・・って続ければ、
ある程度、カッコはつくでしょ?」
「なので、
それからは、自分の勉強に専念することにしたんだ」
「フリースクールに通って、
外の世界に少しずつ慣れていきながらね」
一般的には、退学届を提出しただけでは退学にはなりません。
校長の承認が必要になります。
なので、
多くの場合、実際に退学になるのは退学届を提出した何日かあとになります。




