表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Summer Echo  作者: イワオウギ
III
114/292

114.みんなが注目する中

みんなが注目(ちゅうもく)する中、

赤い魚は、(うみ)(あるじ)のまん(まえ)目指(めざ)して、

(かた)岩盤(がんばん)の上を、ポンポン・・・と(すす)んでいきます。

まん(まえ)にたどり()くと、そこで()まり、

(あるじ)(ほう)()(なお)しました。

自分(じぶん)(からだ)何百倍(なんびゃくばい)もありそうな、その巨大(きょだい)(かお)を見上げ、

ペコリと(あたま)を下げます。

(うみ)(あるじ)が、うなずき(かえ)すと、

大イカは、

自分(じぶん)(なが)い足を1本、真上(まうえ)(たか)()ばし、

その体勢(たいせい)のまま(すこ)()って、

それから、大きな(こえ)()いました。

(はじ)め!」


赤い魚は、

その瞬間(しゅんかん)()ビレで岩盤(がんばん)をけとばしました。

赤い魚のダンスが、とうとう(はじ)まったのです。



まずは、

広々(ひろびろ)とした会場(かいじょう)を、ぐるっと大きく(まわ)っていきます。

()ねるのが(みじか)すぎたり、(なが)すぎたりしないよう集中(しゅうちゅう)し、

きれいなまるい円を(えが)いていきます。

(うみ)の生き(もの)たちの(まえ)(とお)ると、ヒソヒソ(ごえ)()こえました。

小さな(わら)(ごえ)も、ときどき()じっています。

でも、赤い魚は、

そんなの、ちっとも気にしませんでした。

真剣(しんけん)(かお)つきのまま、岩盤(がんばん)をリズムよくけとばしています。

(ひろ)会場(かいじょう)を、(すこ)しずつポンポンと(まわ)っていきます。


(あるじ)のまん(まえ)に、ふたたび(もど)ってきました。

(つぎ)は、左に小さく5(しゅう)です。


赤い魚は、

(こま)かく何度(なんど)海底(かいてい)をけとばし、せっせと小さく(まわ)ります。

そして、(まわ)りながらも、

さっきの(ゆめ)で見た、ヒカリの魚のダンスを(おも)い出していました。

(ほし)(うみ)をバックに、

()()さそうに、のびのびと(およ)いでいたヒカリの魚。

キラキラの()っかを大きく(はず)れて、(うた)まで(うた)っていました。


赤い魚は、

左に(まわ)りながら、(おも)わず(わら)ってしまいました。

そのまま、

()ビレを海底(かいてい)に、(おも)いっきりビターンと(たた)きつけます。

(たか)(たか)く、ぐんぐんと上がっていき、

(うみ)(あるじ)の、(まる)(あたま)のテッペン(ちか)くまで()て、

そうして、それから、

ヒカリの魚の、自由(じゆう)ほん(ぽう)なダンスを(おも)()かべつつ、

ゆっくりクルクル下りてくるとき、

そのときになって、

赤い魚は、ようやく気がついたのです。

あのダンスは、練習(れんしゅう)ではなかったことに。

赤い魚のために、(おど)っていたことに。



海底(かいてい)に下りた赤い魚は、

すぐさま、またジャンプをします。

小さく、(かる)く、ひかえめに。


ふわっと()いて、

(うし)ろへ、くるりん・・・と(まわ)って、

海底(かいてい)に下りると、

また、すぐにジャンプ。

くるりん。

ジャンプ、くるりん。

ジャンプ、くるりん。


そこら(じゅう)で、

ジャンプと、くるりんをくり(かえ)します。

(うみ)の生き(もの)たちは、

(たが)いに(かお)を見()わせると、(こえ)を上げて(わら)(はじ)めました。

「なんだい、あのヘンテコな(おど)りは?」


「さぁ?、(あたま)がおかしくなったんじゃないの」


赤い魚は、

しかし、いさい(かま)わず、

あちらこちらで、

ぽーん、ぽーん・・・と、元気(げんき)よく()(まわ)ってます。

そして、そうしているうちに、

やがて、自分(じぶん)の目も(まわ)してしまいました。

ジャンプして、くるりん・・・のテッペンを()ぎたところで、

どっちが上でどっちが下か、わからなくなりました。

まっ(さか)さまに(あたま)から()っこちていき、

おでこを(かた)岩盤(がんばん)に、ゴツンと()()けてしまいます。

(わら)(ごえ)が、ドッと()きました。


赤い魚は、

でも、全然(ぜんぜん)へこたれません。

(なか)を上にして、おでこを()()けた体勢(たいせい)から、

そのまま背中(せなか)海底(かいてい)にベッタリとくっつけ、()(ころ)ぶと、

その()(ころ)んだ(いきお)いを利用(りよう)して、さらに回転(かいてん)し、

なんと、

今度(こんど)自分(じぶん)()ビレを足にして、

岩盤(がんばん)の上に、

姿勢(しせい)()く、ピーンと立ってしまいました。

(からだ)(かたむ)きそうになるたびに、

赤い魚は、右や左へ(こま)かくジャンプし、

まっすぐ上を()いたまま、どうにかバランスを()っています。


「おいおい、

 魚なんだから、ちゃんと(およ)げよ」


「ムリだって。

 アイツ、オレたちと(ちが)って、

 うまく(およ)げないんだから」


「あの子、

 あんなカッコ(わる)いダンスで、本気で優勝(ゆうしょう)(ねら)えると(おも)ってるわけ?」


(おも)ってるんじゃない?。

 案外(あんがい)自分(じぶん)ではカッコイイと(おも)ってるのかもよ?」


赤い魚をバカにする観客(かんきゃく)たちの、そうしたたくさんの(こえ)()き、

ついにガマンできなくなった大イカが、

足を10本とも()り上げ、まっ(くろ)いスミを(あた)りに()らしつつ、

(こえ)(あら)らげて()いました。

「こら!。

 お(まえ)たち、ダンスの最中(さいちゅう)だぞ!。

 せいしゅくに!、せい――」


そのとき、大イカの(かお)(まえ)に、

(ちゃ)色くて(ふと)い足の先っぽが、ぬうっと(あらわ)れました。

大イカは、

(うご)かしていた足を()め、(しず)かに下ろすと、

(うみ)(あるじ)(ほう)へ、()(なお)しました。

そして、

(あるじ)巨大(きょだい)(かお)を見上げたまま、言葉(ことば)()っていると、

(うみ)(あるじ)は、その目を会場(かいじょう)()けたまま、

(すこ)ししてから、

(なに)()わずに、(かお)を左右にゆっくりと()りました。


(あるじ)さま、

 しかし、これでは・・・」

大イカが、そう口にして()い下がると、

(うみ)(あるじ)は、

やはり(なに)()わずに、(かお)を左右に()りました。


大イカは、

しばらくの(あいだ)(うみ)(あるじ)を見上げていましたが、

やがて、

「わかりました。

 (あるじ)さまが、そうおっしゃるのなら・・・」

()うと、ふたたび会場(かいじょう)(ほう)()(なお)しました。

(かお)(まえ)にあった、(あるじ)の足の先っぽが、

(よこ)()っこんでいきます。

大イカは、

(あた)りに(ただよ)っていた自分(じぶん)のスミを見て、それを足先で()(はら)うと、

そのまま(すこ)しだけ(なに)かを(かんが)え、

それから、

視線(しせん)を、また正面(しょうめん)(もど)しました。



(うみ)(あるじ)は、じぃっと見ていました。

ギョロッとした、まっ(くろ)い大きな2つの目で、

(ひろ)会場(かいじょう)の、まん中を、

じぃっと見ていました。

その、会場(かいじょう)のまん中では、

小さな赤い魚が、

フラフラしながらも、まだ立っていました。

まっすぐ上を()いたまま、あっちこっちに(からだ)をくねらせ、

(たお)れないよう、

いっしょうけんめい、がんばっています。


(うみ)(あるじ)は、

その、赤い魚をじぃっと見ていました。

赤い魚は、

上を()いたまま、バランスを必死(ひっし)()りつつも、

(たの)しそうに、(しあわ)せそうに、

(あか)るく、(やさ)しく、

(おだ)やかに、

(わら)っていました。



赤い魚は、しばらくすると、

立ったままで、観客(かんきゃく)たちの(ほう)にピョンピョンと移動(いどう)(はじ)めました。


「うわ、こっちに()るぞ」


「ぶつかる、ぶつかる。

 あっち()けよ」


赤い魚は、

会場(かいじょう)()(なら)(うみ)の生き(もの)たちの、まん(まえ)()ねていきます。

上を()いたまま・・・でしたから、

もちろん、

(まわ)りを見ることなんか、できません。

どの(あた)りが会場(かいじょう)(はし)っこなのか・・・は、

上の(ほう)から赤い魚を見下ろしている観客(かんきゃく)たちの位置(いち)で、

そして、

その下の、海底(かいてい)にいるはずの観客(かんきゃく)たちの(こえ)(ちか)さで、

見当(けんとう)をつけていました。

だから、

会場(かいじょう)(はし)っこの、だいたいの位置(いち)は、

見なくても、わかっていました。


でも、いっぽう、

自分(じぶん)真下(ました)様子(ようす)は、どうしたってわかりません。

ですから、

赤い魚は、海底(かいてい)のちょっとしたデッパリに気づけませんでした。

ピョン、と()ねたときに、

()ビレの先っぽが()っかかりました。

あっ・・・と(おも)ったときには、

もう、(からだ)(かたむ)いてました。


(かた)岩盤(がんばん)が、(かお)にどんどん(ちか)づいてきます。

赤い魚は、(たお)れこんでいく(いきお)いをそのまま使(つか)って、

とっさに、(まえ)にクルッと(まわ)りました。

そうして一回転(いっかいてん)し、()ビレから着地(ちゃくち)して、

何事(なにごと)()かったかのように、

立ったまま、ふたたびピョンピョンと()ねていこう・・・と(おも)っていたのですが、

残念(ざんねん)ながら(まわ)りきれませんでした。

(なな)めの体勢(たいせい)のまま、()ビレから着地(ちゃくち)し、

その瞬間(しゅんかん)

反射的(はんしゃてき)に、(おも)いっきり海底(かいてい)をけってしまいました。


(おも)わず、(かお)をしかめます。

けれども、すぐに表情(ひょうじょう)(もど)すと、

そのまま、

岩盤(がんばん)の上に、ドサッと(たお)れこみました。

(よこ)になったまま、おとなしくしています。

(うご)けませんでした。


「おい、どうした。サボるんじゃねぇよ。

 さっさと()きろよ」


「もしかして、これで()わり?。

 だったら、すぐに()っこみなさいよ。

 そこにいるとジャマだから」


たくさんの心()言葉(ことば)が、一斉(いっせい)()げつけられます。

赤い魚は、

しかし、ツラそうな表情(ひょうじょう)は見せませんでした。

(おだ)やかに、ほほ()んだまま、

ただひたすらに、じぃっと()えています。


そんな中、

上の(ほう)から、子どもたちの(こえ)()こえてきました。

「ねぇねぇ、

 あの赤い子のダンス、

 ホントに、もうオシマイなのかな?」


「どうなのかなぁ。

 (つか)れちゃって、

 それで、あそこで()(ころ)がって休んでるだけじゃないかなぁ・・・、

 たぶんだけど」


赤い魚は、(はな)(ごえ)(ほう)を見上げてみます。

色とりどりの、たくさんの魚たちに()じって、

マンボウの子どもが3ひき、

(たか)いところで、プカプカと()いていました。

まん(まる)い目で、おちょぼ口の、

ちょっとトボけた(かん)じの、ぼーっとした(かお)が、

(なか)()く3つ(よこ)(なら)んでいて、

その3つともが、海底(かいてい)(たお)れたままの赤い魚を見ています。


「休んでるだけかぁ。そうだといいなぁ」

まん中の1ぴきが、

ぼーっとした(かお)のまま、口だけをちょっと(うご)かして、

そう()いました。


「うん、そうだといいね」

(がわ)の1ぴきが、

やはり、ぼーっとした(かお)のままで口だけをちょっと(うご)かし、

そう返事(へんじ)をしました。

(がわ)の1ぴきは、

(なに)()わずに、

ぼーっとした(かお)のままで、小さくうなずきました。


(わたし)、もっと見たい」


「うん、もっと見たいね」


「あの赤い子のダンス、すっごくおもしろかった」


「うん、すごくおもしろかった」


「早く、また(おど)ってくれないかなぁ」


「うん。

 早く、また(おど)ってほしいね」


その2ひきの(はなし)()いていた、左(がわ)の1ぴきは、

ぼーっとした(かお)のままで、

赤い魚を見ながら、

もう一度(いちど)、小さくうなずきました。



また、(べつ)の子どもたちの(こえ)()こえてきました。

今度(こんど)は、すぐ(ちか)くからです。


(にい)ちゃん、見て見てー。

 (ぼく)、できたー」


「オレだって、できてるぞ。

 そっちこそオレのを見ろよ」


「やだよー。

 (にい)ちゃん、ヘタクソなんだもん」


「ちょ、ちょっと()れてなかっただけだ。

 コツはつかんだ」


(ぼく)もつかんだ」


「オレのがつかんだ」


(ぼく)のがつかんだ」


「オレ」


(ぼく)


「オレ!」


(ぼく)!」


赤い魚は、(こえ)のする(ほう)へ目を()けます。

2ひきのオレンジの魚が、

さっきの赤い魚のマネをして、()ビレで海底(かいてい)に立っていました。

両方(りょうほう)とも、

まっすぐ上を()いたまま、(からだ)をクネクネと(せわ)しなく(うご)かしていて、

いっしょうけんめいバランスを()っています。


「おーい、

 まだ立ってるかー?」


「まだ立ってるよー。

 (にい)ちゃんはー?」


「オレも、まだ立っ・・・あ、

 ちょっ、ちょっ」


(にい)ちゃん?」


「・・・」


(にい)ちゃん、どうしたの?」


「・・・ふぅ、(あぶ)なかったぁ。

 あと(すこ)しで(たお)れるとこだった」


「えー、早く(たお)れてよー。

 (ぼく)、そろそろ限界(げんかい)だよぅ」


「オレは、まだまだ(ねば)れるからな。

 コツはつかんだ」


「えー」


「・・・」


「ねぇ、(にい)ちゃん」

オレンジの魚の1ぴきが、まっすぐ上を()いたまま()びかけると、

もう1ぴきのオレンジの魚は、(うご)きを()めました。

そちらへ(かお)()け、()(かえ)します。

「なに?」


「赤いお魚さん、まだ(おど)り出さないよね?」


「・・・うん、まだみたい」


(ぼく)

 あのお魚さんのダンス、すごい()きー。

 あんなダンス、(はじ)めて見たー」


「オレも、あんなの(はじ)めて見た」


「すっごく(たの)しそうだった」


「うん、(たの)しそうだった」


(ぼく)

 (つぎ)のダンス大会(たいかい)で、あのお魚さんみたいなダンスを(おど)るんだ。

 絶対(ぜったい)(おど)るー」


「じゃあ、オレといっしょに出ようぜ」


「え、(にい)ちゃんも出るの?」


「うん。

 オレも、あのダンスを見てたら出たくなった」


「わーい、(にい)ちゃんといっしょだー。

 ワクワクするー」


「うん、いっしょにがんばろうぜ」


「・・・ねぇ、(にい)ちゃん」


「なに?」


「あのお魚さん、まだ(おど)(はじ)めないよね?。

 (ぼく)絶対(ぜったい)に見(のが)したくない」


「だいじょうぶだよ。

 まだ、あそこで()(ころ)がってるから」


()かったー・・・って、アレ?、

 立ったままなのに、どうして赤いお魚さんが()(ころ)がってるのがわかるの?。

 見れないじゃん」


「え?。

 いや、えっと、その・・・。

 あ!、

 ちょうどさっき、だれかの(はな)(ごえ)()こえたんだよ。

 まだ()(ころ)がってる、ってさ。

 それで、わかったんだ。

 実際(じっさい)に見たわけじゃないぞ。

 ホントだぞ」

そう口にしながら、オレンジの魚は、

|あわてて(からだ)をタテにして、上を()きました。

そのまま、()ビレの先を海底(かいてい)へ下ろしていき、

もう1ぴきの、オレンジの魚の(となり)に、

ふたたび、こっそりと立ちます。


(つぎ)は、どんな(おど)りを見せてくれるのかなぁ」


「どんな(おど)りを見せてくれるんだろうな」


(たの)しみだね」


「うん、(たの)しみだ」



オレンジ色の魚の兄弟(きょうだい)を見ていた赤い魚は、視線(しせん)(もど)しました。

(いた)みは、(すこ)しだけマシになっています。

赤い魚は、()ビレをそうっと(うご)かしてみました。

立てるか、(ため)してみます。


ダメそうでした。

()ビレの先が()れた途端(とたん)(いた)みが(はし)りました。

でも、立たずに、

いつものようにポンポンと(およ)ぐことなら、(なん)とかできそうです。


赤い魚は、覚悟(かくご)()めました。

()ビレを()かせ、

(すこ)()()いてから、えいやっ・・・と(いきお)いよく()ります。

そうして岩盤(がんばん)連続(れんぞく)でけとばし、会場(かいじょう)(じゅう)をあっちこっち(うご)(まわ)ります。

(わら)(ごえ)が、ドッと()きました。


「なーに、あれ?。

 まるでフナムシじゃない」


「あのデカ目、()んだんじゃなかったのか」


「だっさ。ちゃんとしたダンスを(おど)れよ」


()こえてくる(こえ)(おお)くは、そうした赤い魚への悪口(わるくち)でしたが、

でも、ときどき、

赤い魚の、そのダンスを(よろこ)(こえ)()じっていました。


「おもしれー。

 魚でも、こんなに自由(じゆう)海底(かいてい)(うご)けるんだな。

 ()らなかったよ」


「どうやったら、

 あんなふうに、(はや)正確(せいかく)海底(かいてい)をけとばせるんだろう。

 うまいなぁ。ほれぼれする」


「また(はじ)めて見るダンスだ。

 (にい)ちゃん、

 あの赤いお魚さん、やっぱりすごいね」



赤い魚は、

笑顔(えがお)のまま、(あた)りをちょこまかと(うご)(まわ)ります。

右、左、右、左・・・と、すばやくジグザグに(うご)いていき、

(つぎ)は、

会場(かいじょう)(はし)から(はし)へと、一直線(いっちょくせん)に、

岩盤(がんばん)の上を(すべ)るようにして、かっ()んでいきます。

会場(かいじょう)(はし)のちょっと手前(てまえ)まで()ると、(からだ)()きをクルッと()え、

(つぎ)目指(めざ)すべき(はし)(ほう)を見すえると同時(どうじ)に、まず1(かい)めのけとばし(・・・・)(きゅう)ブレーキをかけ、

(つづ)く2(かい)めのけとばし(・・・・)で、

また、かっ()んでいきます。

そうやって、(ひろ)会場(かいじょう)を、

タテヨコ(なな)めに、びゅーん、びゅーん、びゅーん・・・と、

何度(なんど)何度(なんど)往復(おうふく)します。


赤い魚への悪口(わるくち)は、まだ(つづ)いていました。

でも、その悪口(わるくち)は、

赤い魚が会場(かいじょう)をかっ()ぶたびに、だんだんと(すく)なくなっていきました。


「あの子、

 うまく(およ)げないわりには、意外(いがい)とやるじゃない」


「ヘンテコなダンスだけどさ、

 見てるとおもしろいし、そんなに(わる)くないかも」


(たの)しそうだなぁ。

 オレたちも、あとでマネしてみようぜ」


そうした(こえ)が、

()わりに、

ちょっとずつ、ちょっとずつ()えていったのです。


しばらくの(あいだ)(あた)りをかっ()んでいた赤い魚は、

会場(かいじょう)中央(ちゅうおう)()しかかったところで(うし)ろを()き、

けとばし(・・・・)のブレーキをかけて()まりました。

そのまま、パタン・・・と(よこ)(たお)れて、

(からだ)片面(かためん)海底(かいてい)()()て、右や左へ勝手(かって)(うご)かないようにして、

その()でクルクルと、(いきお)いよく(まわ)(はじ)めます。


「いいぞー」

だれかが歓声(かんせい)を上げました。

すると、すぐさま会場(かいじょう)(べつ)のところから、

また、歓声(かんせい)が上がりました。

(はや)(はや)ーい」


観客(かんきゃく)たちの歓声(かんせい)が、

会場(かいじょう)のあちこちから、続々(ぞくぞく)と上がります。

「すげー」


「あんなの見たこと()いわ」


「あのクルクルスピン、最高(さいこう)にイケてるぜ」


「だったら、

 クルクルスピンじゃなくて、もっとイケてる名前(なまえ)()けなさいよ。

 アンタって、ほんとセンス()いんだから」


「ムッ。

 じゃあ、センスあるお(まえ)(かんが)えたイケてる名前(なまえ)(おし)えろよ」


「フナムシスピン」


「お(まえ)のセンス、絶望的(ぜつぼうてき)じゃねぇか」


(わら)(ごえ)()きました。

でも、それは、

(いま)までの、イヤな(わら)(ごえ)ではありませんでした。

(たの)しくて(うれ)しい、(あたた)かな(わら)(ごえ)でした。

赤い魚は、

そのクルクルスピンを、会場(かいじょう)の色々な場所(ばしょ)でひろうしました。


あっちに()ってクルクル。

こっちに()ってクルクル。


(うみ)の生き(もの)たちは、

赤い魚が自分(じぶん)たちの(ちか)くに()ると、(こえ)を上げて歓迎(かんげい)しました。

「おー、()()た」


()ってたぞー。早く見せてくれ」


赤い魚は、

観客(かんきゃく)たちのために、せっせとクルクル(まわ)ります。

いっしょうけんめい、心をこめて(まわ)ります。

笑顔(えがお)でした。

もう、無理(むり)して(わら)必要(ひつよう)はありません。

赤い魚は、

(いま)は、自然(しぜん)(わら)っていました。



(まわ)るスピードが、だんだんと()ちてきました。

そろそろ限界(げんかい)です。

クルクルをちょっと早めに()り上げた赤い魚は、

(からだ)()こすと(うみ)(あるじ)(ほう)()(なお)し、

そちらへ、ポンポンと(およ)いでいきます。


(あるじ)のまん(まえ)()くと、

赤い魚は、

()ビレを(おも)いっきり岩盤(がんばん)(たた)きつけ、ジャンプしました。

(あるじ)の目の(たか)さの、半分(はんぶん)のところにも(とど)きません。

そのまま、きれいにクルクルと下りていきます。


海底(かいてい)に、フワリと着地(ちゃくち)した赤い魚は、

(すこ)しの(あいだ)

その()(よこ)になったまま、じっとしていました。

しかし、

やがて、(からだ)をちょっとだけ()こすと、

(なな)めになった体勢(たいせい)のまま、

(あるじ)(ほう)へと、(しず)かに()(なお)しました。


(あたま)をペコリと下げ、

それから、観客(かんきゃく)たちの(ほう)()(かえ)り、

そちらにも、(あたま)をペコリと下げます。


(たの)しかったわー」


(つぎ)のダンス大会(たいかい)(たの)むぞー」


「そうそう。

 あのイケてるフナムシスピン、

 また(わたし)たちに、ひろうしてちょうだいよ」


「その(まえ)に、

 まずはお(まえ)は、イケてる名前(なまえ)をオレたちにひろうしろ」


「えー、すごくイケてる名前(なまえ)じゃない」


「そう(おも)ってるのは、この(ひろ)(うみ)の中でお(まえ)だけ」


「えー」


赤い魚は、

そうした観客(かんきゃく)たちの(こえ)()き、(わら)いをこらえながら、

ゆっくりポンポンと海底(かいてい)をけとばし、

自分(じぶん)(もと)いた(ほう)へ、(なな)めになった体勢(たいせい)のまま(かえ)っていきました。



観客(かんきゃく)たちの(あいだ)をそのまま(とお)()けて、

その(おく)にある大岩(おおいわ)のところにたどり()いた赤い魚は、

会場(かいじょう)(ほう)()(かえ)ってから、大岩(おおいわ)()りかかりました。

()こうの(ほう)では、

大イカが、

足を1本、まっすぐ(たか)く上げています。

もうすぐ、

また、(はじ)まりの合図(あいず)()こえてくるはずです。


「あの・・・」

ふいに、

赤い魚の目の(まえ)に見()らぬ魚が(およ)いできて、(こえ)をかけました。


「え?。

 あ、はい、(なん)でしょう」


「その・・・」


「はい」


「オレ、さっきアンタの悪口(わるくち)()ってたんだ。

 たくさん()った。

 それで(あやま)りに()たんだ。

 ごめんよ」

その魚は、そう()って(あたま)を下げました。


赤い魚は、

一瞬(いっしゅん)、ちょっと(おどろ)いた表情(ひょうじょう)をしましたが、

すぐに、(やさ)しくほほ()んで、

言葉(ことば)(かえ)しました。

「ワタシ、

 ちっとも気にしてないから、だいじょうぶよ。

 でも、

 わざわざ(あやま)りに()てくれて、ありがとね」


「アンタのダンス、()かったよ。

 (つぎ)のダンス大会(たいかい)も、また出ろよな。

 オレ、きっと見に()くからさ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ