113.「・・・?、ここはいったい・・・」
「・・・?、
ここはいったい・・・」
目を覚ますと、
そこは、
見覚えのない、どこかの洞くつの中でした。
辺りはうす暗く、広々としています。
赤い魚は、
横になっていた体を起こそうとしましたが、すぐさま動きを止めました。
体の下に、
その自分の体よりも、ひと回り大きなコンブの葉が敷かれています。
(コンブの葉?。・・・どうして?)
横になったまま、ちょっとだけ考えてみましたが、
わかりません。
あきらめて、体を起こすことにしました。
あちこちキョロキョロと見回しつつ、辺りをポンポンと少しうろついたあと、
止まって、
顔を上へ向けました。
尾ビレで思い切りジャンプしても半分も届かないくらいの、ずっとずっと高いところに、
天井の、ゴツゴツとした岩肌が、
ところどころに、うっすらと見えています。
「おや、お目覚めかい?」
だれかの声が、後ろの方から聞こえました。
振り返って、そちらを見ると、
カニが1ぴき、
横向きのまま、トコトコと近づいてきていました。
ハサミの大きさが、
左右で、だいぶ違っています。
右のハサミは自分の体よりも大きいのですが、
左のハサミは、
カニの、その小さな口と同じくらいの大きさで、
とてもかわいらしいものでした。
「あぁ、だれかと思ったらカニさんでしたか。
おはようございます」
赤い魚は、頭をペコリと下げました。
カニは、
横歩きで近づきつつ、
かわいらしい方のハサミを上げて、あいさつを返しました。
そして、そのまま赤い魚の前までやって来てから、
横向きの体を回して、赤い魚の方に向き直し、
尋ねました。
「もう、だいじょうぶかい?」
赤い魚は、キョトンとしました。
「え?、だいじょうぶ・・・って?」
「あぁ、覚えてないのか・・・。
あんた、さっき外で倒れたんだよ」
「倒れた?」
「うん」
「ワタシが?」
「そう」
「えっと、・・・どうして?」
カニは、
小さい方のハサミで、目の後ろ辺りの甲羅をなでていましたが、
少ししてから、そのハサミを下ろし、
赤い魚を見て、
倒れた理由を答えました。
「たぶん、あがっちゃったんじゃないかなぁ・・・」
「え?、あがった?。
何で?」
「大勢に、一度に見られてさ」
「・・・大勢に」
「で、
倒れたあんたを、会場の隅っこに運んでさ、
そこで休ませておこう・・・って、大イカのダンナは言ったんだけど、
海の主さまが、
それならば、もう少し落ち着いた場所の方が良かろう・・・って、おっしゃってさ。
近くの岩のすき間にこっそりと捨てておいたコンブを、オレたちでまた引っ張り出しきて、
このハサミを使って・・・、」
カニは、
大きい方のハサミを赤い魚の前に差し出し、チョキチョキと動かしながら、
さらに続けました。
「こうして、ちょうどいい大きさにちぎってさ。
あんたを乗せて、ここまで運んできたってわけ」
「ということは、
もしかして、ここは・・・」
そう口にしつつ、
赤い魚は、あらためて辺りを見回します。
「そう、主さまの家。
オレも初めて入ったよ。
入り口も広いけどさ、中はもっと広いんだな。
ビックリしたよ。
・・・で、さっきの質問なんだけどさ、
どうなの?」
赤い魚は、
カニの方に向き直しました。
「え?。
どうなの、って?」と聞き返します。
カニは答えました。
「だいじょうぶか、ってこと」
「あ、
えーと、だいじょうぶです。
・・・たぶん」
「たぶん・・・か。
まぁ、それでもいいか」
そう言ったカニは、
小さい方のハサミで甲羅をポリポリかきながら、続けて尋ねました。
「えっと、
じゃあ、もう踊れるの?」
「踊れる?。・・・あ!、」
急に大声を上げた赤い魚は、
そのまま、
ものすごい勢いで、まくし立てました。
「ダンス!。
そうだ!、ダンス大会だった!。
ねぇ、まだやってるの?。
やってるよね?。
終わってないよね?。
ワタシ、
それに出て、どうしても踊らなきゃいけないの。
いっぱいいっぱい練習したの。
がんばったの。
ねぇ、どうなの?。
まだやってる?。
ねぇ、ねぇねぇね――」
「あー、あー、わかったよ。
わかったから、ちょっと離れて!。
離れてったら!」
カニは、
自分のすぐ目の前にせまってきていた赤い魚の顔を、
その大きなハサミで、どうにか押し返しました。
そして、
聞こえないように小さな声で、やれやれ・・・と、つぶやいてから、
赤い魚を見て言いました。
「安心しなよ。
ダンス大会は、まだ終わっていないよ。
休けい中なんだ、今は」
「あぁ、よかったぁ・・・」
赤い魚は、ほっとしました。
「で、踊れるの?・・・って聞こうと思ったけど、」
カニは、
赤い魚の、
すきを見て、またこちらにせまろうとウズウズしている姿を目にして、
さらに続けました。
「そんなの、聞くまでもないか・・・」
「はい!、聞くまでもないです!。
ワタシ、踊れます!」
赤い魚は、元気いっぱいに答えました。
小さな声で、
やれやれ・・・と、つぶやいたカニは言いました。
「じゃあ、いっしょに会場に戻ろうか。
・・・と思ったけど、
やっぱり、ちょっと待っててよ。
今から、あそこの――」
「イヤです!、
ワタシ、ちょっと待ちません!。
すぐに戻ります!。
出口は、あっち?。
それとも、こっち?」
赤い魚が、
尾ビレで小さくジャンプし、あっちとこっちにそれぞれ向きを変えて尋ねると、
カニは、
また、
やれやれ・・・と、小声でつぶやきました。
こっちの方にゆっくりと向き直り、
小さい方のハサミを自分の横に向け、口を開きました。
「違う違う、そっち。
まっすぐ行って、突当りを左。
あとは、そのまま目の前の坂を上っていけば出れ・・・、
行っちまいやがった。
せっかちなヤツだ・・・」
カニは、
赤い魚の、ポンポン跳ねる後ろ姿を見ながら、
小さい方のハサミで甲羅をポリポリかくと、
そのまま横を向いて、歩き出そうとしました。
「カニさーん!」
赤い魚の声が聞こえました。
足を止めたカニは、
やれやれ・・・と、小さくボヤいてから向き直しました。
赤い魚に尋ねます。
「なに?」
「運んでくれて、ありがとー!」
「・・・言い忘れてたけど、
上り坂は、
途中の曲がり角からは、まん中を進むんだぞー。
大きい石が少ないし、
段差のキツイ場所も、そんなに無いからー」
「はーい!」
赤い魚が角を曲がると、
大小さまざまな石が転がっている、幅の広い上り坂の向こうに、
洞くつの出口がありました。
外の景色は、
ここからでは、ほとんど見えません。
出口の中央に、
海の主の茶色い後ろ姿が、大きく高々とそびえ立っています。
赤い魚は、
カニに教わったとおり、道のまん中を進んでいきました。
坂を、ポンポンと上っていきます。
出口に着きました。
目の前にある、
海の主の、巨大な後ろ姿を見上げて、
それから、顔を左へ向け、
次に、右へ向けたとき、
海の主の、太い足の向こうに、
大イカが現れました。
「カニのヤツ、
赤い魚の様子を見てくるだけなのに遅いな・・・。
まさか、またサボってるんじゃないだろうな。
だいたい、何であんなところにコンブを捨てたんだ。
どこかに持ってけ、って言ったら、
普通、もっと遠くに持っていくだろ。
それを何であんな近いところに・・・」
「あ、大イカさん」
赤い魚が声をかけると、
大イカは、すぐに振り向きました。
「お、赤いお魚さん。
もう、だいじょうぶなのかい?」
「はい、だいじょうぶです」
赤い魚は、
そう答えつつ、
大イカの方に、ポンポンと泳いでいきます。
手前に横たわっている、主のたくましい足を、
1本、2本とくぐり抜け、
大イカの前まで来ると、
顔を上げて、あらためて言いました。
「ワタシ、踊れます」
大イカは、
少しの間、赤い魚を見たあと、
海の主を見上げ、
声を大きくして言いました。
「主さま、
先ほどの赤い魚、もうダンスを踊れるそうです。
この休けいを終わらせたあと、踊ってもらおうと思っていますが、
それで、よろしいでしょうか?」
海の主は大きな体をよじって、顔をこちらへ向けました。
ギョロっとした黒い目で、
自分の顔の下にいる大イカと、
さらに、その足元にいる小さな赤い魚をじぃっと見ています。
そして、
少ししてから、重々しい声を響かせ、
「よかろう。
では、
休けい後、踊ってもらうことにしよう。
赤きモノ、ダンスを頼むぞ」
と言って、
顔を、また正面に戻しました。
大イカは、赤い魚を見て、
「よし。
じゃあ、オレといっしょに会場に戻ろう」
と、声をかけ、
会場の方へ向き直しました。
そのまま、
10本の足を使って硬い岩盤を次々とつかんで、戻っていきます。
赤い魚は、
「はい!」
と元気よく返事をして、
大イカの後ろを、
ポンポンと、ついていきました。
海の主が持ち上げてくれた、立派な足の横を通り抜け、
洞くつの外に出ると、
辺りは、少し明るくなりました。
楽しそうにはしゃぐ、たくさんの声が、
あちこちから聞こえてきます。
大イカは、
足を1本、真上に高く伸ばし、
声を大きくして、海の生き物たちに言いました。
「せいしゅくに!。
休けいは、もう終わりだ。
せいしゅくに!、せいしゅくに!」
大イカは、その後も、
せいしゅくに!・・・と、大きな声で言い続け、
14回目を言い終えたところで、
辺りは、ようやく静かになりました。
大イカは、
会場の向こうに居並ぶ海の生き物たちをざっと見回すと、
それまで上げていた足を、そっと下ろしました。
顔を海の主の方へ向け、うなずきます。
そして、
また会場へと向き直し、みんなに告げました。
「ダンスの順番が変更になった。
次は、このモノに踊ってもらう」
そう言った大イカは、
体をひねって、後ろを振り返ります。
赤い魚に向かって、小さくうなずくと、
赤い魚も、
大イカの顔を見上げたまま、黙ってうなずき返します。
そうして、そのまま横を向き、
赤い魚が、大イカの後ろから出たときでした。
だれかの声が聞こえました。
「おい・・・、
アイツ、さっき倒れたヤツじゃないの?」
赤い魚は体をビクッとさせ、
その場に止まってしまいました。
「あぁ、アイツか。覚えてる覚えてる。
ダンス大会に来たくせに、ダンスをまったく踊らずに、
ワタシ、何をすれば・・・・とか言ってた魚だろ?」
「そうそう。
ろくに泳げないくせに、何を踊るつもりだったんだか」
赤い魚は、表情をこわばらせていきました。
少し遅れて、
ゆっくりと顔をうつむけていきます。
「ねぇねぇ、
あの目、何であんなに大きいわけ?」
「知らないよ。
何かの病気なんじゃないの?」
「わあ。
じゃあ、うつらないように気をつけないとねー」
心無い声は、どんどん増えていきました。
見るに見かねた大イカが、声を大きくして言いました。
「こら、お前たち!。せいしゅくに!。
せいしゅくに!」
足を10本とも動かし、何度も注意をくり返しますが、
しかし、
心無い声は、いっこうに収まりません。
「どうせ、また倒れるんだろ。
時間のムダだよ」
「あーあ、
せっかくのダンス大会なのに、シラけるよなぁ・・・」
「優勝なんか、どうやったってムリなんだから、
さっさと1ぴきで帰ればいいのに」
「ほんと、ほんとー」
赤い魚は、
やがて、ガクガクと震え出しました。
頭の中は、
もう、完全にまっ白でした。
体が左右にフラフラし始めます。
左へ傾き、
今度は右へ傾き、そのままもっと傾き、
そうして倒れそうになった、その瞬間!、
目の前の景色が、
丸ごとすべて、パッと消えて無くなりました。
辺りは、
急に、まっ暗になってしまいました。
・・・いや、
正確には、まっ暗ではありません。
はるか遠くで、
小さな星が、またたいてます。
たくさんたくさん、
そこら中で、またたいてます。
物音ひとつ聞こえません。
ひっそりとしています。
赤い魚は、
突然現れた美しい星空を、
ただ、ぼう然と見ています。
しかし、
少ししてから、ハッと気づきました。
あわてて右を向き、
次に左を向き、
それから、顔を上へ向けました。
視線の向こう、星空の中。
ヒカリの魚の、まっ白な姿がありました。
のっぺらぼうの顔を、
まっすぐこちらへ、心配そうに向けています。
下にいる赤い魚は、
そのヒカリの魚を、じっと見上げていましたが、
しばらくすると表情を少し緩めて、ほほ笑みました。
そのまま、口を開きます。
「ありがとう。
ワタシ、
きっと、もうだいじょうぶ」
ヒカリの魚は、すぐに顔を上げました。
左に、クルリ、クルリ・・・と勢いよく回り続けます。
そして、ちょっとしてから回るのをやめると、
まっ白い顔を、ふたたび赤い魚の方へ向けました。
口をパクパクと動かしてます。
赤い魚も、
少ししてから、口を徐々に開いていきました。
でも、途中で、
また、ゆっくりと閉じていきました。
2ひきの魚は、
上と下で、静かに向き合っています。
ヒカリの魚は、顔を赤い魚の方へ向けたまま、
尾ビレの先を横へ向けました。
ちょっとだけ間を置いてから、
その、横に向けたままの尾ビレを、
反対側へ、スッ・・・と動かします。
辺りを包んでいた星空が、
すべて、一瞬にして消え去りました。
ヒカリの魚の姿も、もうありません。
赤い魚の視線の先には、
今は、
きれいな海の、すき通った水と、
そのずっと向こうで広がる、どんよりとした灰色の雲り空しかありません。
いつもの海の、
いつもの光景です。
「おい、
さっきから上を向いたまま固まっているが、どうした?。
だれもいないじゃないか。
だいじょうぶか?」
大イカの声が聞こえました。
赤い魚は、
ほんの少しの間を置いてから、ゆっくりと振り返り、
答えました。
「はい、だいじょうぶです」
続けて、大イカのすぐ後ろへ目を向け、
「ありがとう、
ワタシ、だいじょうぶだから」
と言って、
コンブを持ってこちらに来ようとしていた、さっきのカニに、
優しくほほ笑みかけました。
大勢の、海の生き物たちの声は、
先ほどよりも、だいぶ収まってはいましたが、
しかし、
まだ、ザワザワとしていました。
小さな笑い声も、
ときどき、どこからか聞こえてきます。
大イカは、
赤い魚をまっすぐ見すえて、尋ねます。
「・・・踊れるのか?」
赤い魚も、
大イカの顔をまっすぐ見すえて、答えます。
「はい、踊れます」
大イカは、
そのまま、赤い魚を黙って見つめて、
少ししてから、
海の主の方へと向き直しました。
「主さま、
このモノ、踊れると言っていますが、どうしま・・・あの、主さま?、
上を見上げて、どうされたのです?。
だれもいないようですが・・・」
海の主は、
顔を上に向けたまま、答えました。
「珍しい客を見かけたので、ちょっとな・・・」
そして、
あらためて大イカの方へ目を向けると、
その重々しい声を響かせて、言いました。
「この赤きモノは、
もう、だいじょうぶであろう。
ダンスを見せてもらおう」




