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Summer Echo  作者: イワオウギ
III
104/292

104.「家に着いた」

「家に着いた」


「私は玄関に靴を脱ぎ捨てながら、

 口早に、ただいまを言い、

 そのまま自分の部屋に駆けていった」


「息を切らせたまま、カバンを開け、

 中から、

 買ってきたばかりの、真新しい絵本を取り出す」


「色鉛筆を使った、優しいタッチの絵」


「表紙には、

 明け方の空に浮かぶ、薄っすらとした白い三日月と、

 下の方に、

 誰もいない砂浜と、そこに寄せる穏やかな暗い海が描かれていた。

 そして、

 その、浜辺近くの、

 暗い海の水面からは、

 小さな赤い魚が、1匹だけ顔を出しており、

 物寂しそうに、月を見上げていた」


「私は、赤い魚の下に書かれている彼女の名前を、

 しばらくの間、じぃっと見つめ、

 やがて、自分の呼吸と鼓動が少し落ち着いてきたのを見計らって、

 絵本のページを、

 静かに、ゆっくりと(めく)り始めた」



月夜(つきよ)(うみ)と 赤いお魚』


(とお)(とお)い、はるか(みなみ)常夏(とこなつ)(しま)

青い空と白い(くも)

きれいな(うみ)と、きれいなサンゴ。

色とりどりの魚たち。


その、あたたかい(うみ)(かた)すみで、

小さな赤い魚が、1ぴきだけで()らしていました。


赤い魚は、

もともとは、こことは(べつ)(うみ)で、

たくさんの仲間(なかま)たちといっしょに、()れで()らしていました。

()れの仲間(なかま)たちは、

みんな(おな)姿(すがた)で、(おな)じ色。

兄弟(きょうだい)のように、そっくりでした。


でも、

その赤い魚だけ、ちょっと(ちが)っていました。

目が大きかったのです。


目の大きな赤い魚は、

そのせいで、

()れの魚たちから、毎日(まいにち)のようにイジメられ、

毎日(まいにち)のようにナミダを(なが)していました。


そして、

ちょっと(まえ)に、ついにガマンできなくなり、

()れを()び出し、

1ぴきだけで、

この、あたたかい(うみ)へと()げてきたのでした。



ある()れた日、

赤い魚は、

太陽(たいよう)(ひかり)()しこむ、(あか)るい(うみ)(およ)いでいました。

海草(かいそう)()(さが)していたのです。

赤い魚は、

(あま)くておいしい、その海草(かいそう)()が大()きでした。


赤い魚が、(うみ)(そこ)(ひろ)がる海草(かいそう)の森の中を(およ)いで、

好物(こうぶつ)()をせっせと(さが)(まわ)っていると、

()こうの(ほう)から、

(からだ)の大きな魚たちがやって()ました。


「なんだコイツ。

 目が大きくて、ちょっとヘンだぞ」


「からかってやろう」


(からだ)の大きな魚たちは、

(からだ)の小さな赤い魚を、みんなで()(まわ)(はじ)めました。

赤い魚は、

海草(かいそう)の森の中を必死(ひっし)になって()げましたが、すぐに()いつかれてしまいます。


「そんなにあわてて()げなくてもいいじゃないか。

 オレたちと、ちょっと(あそ)ぼうぜ」


(からだ)の大きな魚が、そう()って、

()(まわ)っている赤い魚の()ビレに、

ガブリと、かみつきました。

赤い魚は、それを()りほどこうと、

とっさに、力いっぱい(からだ)をよじりました。

すると、

赤い魚の()ビレの一部(いちぶ)が、ちぎれてしまいました。


「しまった。つい()いちぎってしまった」


「どうする?。

 ほかの魚を(きず)つけたことが(うみ)(あるじ)さまにバレると、(おこ)られちゃうぞ」


()げよう」


「そうだ、()げよう」


「でも、

 コイツが(うみ)(あるじ)さまに()げ口したらバレちゃうぞ」


「どうする?」


「どうしよう?」


「みんなでシラを()れば、へっちゃらさ。

 やったのはオレたちじゃない・・・って、ウソをつけばいい。

 だれも見ていないし、バレっこないさ。

 ほら、()こう。

 さっさと(かえ)って、ダンスの練習(れんしゅう)をしよう」


「そうだった。早く(かえ)って練習(れんしゅう)しよう。

 今度(こんど)こそ、ダンス大会(たいかい)一番(いちばん)になって、

 それで、

 (うみ)(あるじ)さまに、()きな(ねが)いを(かな)えてもらうんだ」


()こう()こう」


(からだ)の大きな魚たちは、

そう()って、みんな(とお)くに()っていきました。


(うみ)の森の、大きな海草(かいそう)のカゲに(かく)れていた赤い魚は、

それを見(とど)けると姿(すがた)(あらわ)し、

(はな)れたところへと、すぐさま()げようとしました。

でも、うまく(およ)げません。

()ビレが()けてしまったため、上手(じょうず)(およ)げなくなってしまったのです。


赤い魚は、(うみ)(そこ)をズルズルはって、

大きな目からナミダを(なが)しつつ、()げていきました。



赤い魚は、それからは、

(うみ)(そこ)(すべ)るようにして、(およ)ぐようになりました。

()ビレで、

海底(かいてい)を、ポンポン・・・と器用(きよう)けとばして(・・・・・)

ちょっとずつ(まえ)(すす)むのです。

そして、昼間(ひるま)は、

ほかの魚たちに見つからないよう、岩場(いわば)のカゲにじっと(かく)れて、

(よる)になってから姿(すがた)(あらわ)し、

月の(ひかり)()しこむ、

(しず)かで(おだ)やかな(うみ)(そこ)を、

1ぴきで、

コソコソと(およ)(まわ)っていました。



ある(よる)のこと、

赤い魚が、好物(こうぶつ)海草(かいそう)()(さが)し、

海底(かいてい)(すな)を、

ポンポン・・・と、けとばして(およ)いでいると、

(まえ)(ほう)から、

(からだ)模様(もよう)がシマシマの魚がやって()ました。

そのシマシマの魚は、

赤い魚と同じく、

()ビレで海底(かいてい)(すな)をけとばして、(およ)いでいました。

赤い魚は、

またイジメられないか、心配(しんぱい)でしたが、

勇気(ゆうき)を出して、

そのまま、(ちか)づいてみることにしました。



赤い魚が、そばに()くと、

シマシマの魚は海底(かいてい)をけとばすのやめて、()まって()いました。


「オレも、上手(じょうず)(およ)げないんだ」


赤い魚も()まりました。

シマシマの魚の()ビレを見て、口を(ひら)きます。


「でも、

 あなたの()ビレはワタシと(ちが)って、どこも(きず)ついていないわ」


「うまく(うご)かせないんだ」


「まぁ、そうだったの。

 (うたが)ってしまって、ごめんなさい」


()たもの同士(どうし)、いっしょに()らそう」


「えぇ、よろこんで」


2ひきの魚は、

そうして、いっしょに()らすことになりました。



赤い魚は、(しあわ)せでした。

それまで、ずっと1ぴきだった自分(じぶん)に、

ようやく仲間(なかま)ができたのです。


「あそこにある海草(かいそう)()()べてみて。

 (あま)くて、おいしいのよ」


「ホントかい?。

 でも、(たか)いところにあるから()べられないよ」


「ワタシが()ってきてあげるわ」


赤い魚は、海草(かいそう)根元(ねもと)()き、

パタン・・・と(よこ)になって、

そこの、サラサラとした白い(すな)の上に()そべりました。

そして、()ビレをわずかに()ち上げると、

(つぎ)瞬間(しゅんかん)

海底(かいてい)(すな)を、力いっぱいビターンと(たた)き、

(たか)くジャンプしました。

そのまま、海草(かいそう)()のところまでグングンと上がっていき、

ひとつだけ、パクっと口でくわえて、

そうして、

シマシマの魚が()っている海底(かいてい)へと、ゆっくり下りていきました。


「こうやって()るの。

 ほら、これはあなたにあげるわ」


赤い魚は、

()ってきたばかりの海草(かいそう)()を、シマシマの魚の(まえ)()し出しました。


「ありがとう」


シマシマの魚は、

(れい)()って、その()()べました。


「どう?、おいしいでしょ?」


「・・・うん、おいしい」


「まだまだ、いっぱいあるの。

 ワタシが、()ってきてあげるわ」


赤い魚は、シマシマの魚のために、

くり(かえ)しくり(かえ)し、何度(なんど)何度(なんど)(たか)くジャンプし、

海草(かいそう)()を、たくさん()ってあげました。

そして、

(つか)れて(たか)くジャンプできなくなると、(すな)の上で(よこ)になったまま(すこ)し休み、

しばらくしてから、

また、()ビレで海底(かいてい)(すな)を力いっぱい(たた)き、

今度(こんど)自分(じぶん)()()るために、ジャンプしました。


赤い魚は、

その日、

好物(こうぶつ)海草(かいそう)()を、いつもの半分(はんぶん)しか()べられませんでした。

でも、いつもの何倍(なんばい)(しあわ)せでした。



いっしょに()らすようになって、10日が()ぎました。

いつものように、月()かりが()らす海底(かいてい)を、

2ひき(なら)んで、

ポンポン・・・と、けとばして(およ)いでいると、

イルカの()ビレのような、とがった(かたち)のサンカク(いわ)のところで、

シマシマの魚が(きゅう)()まって、()いました。


「ちょっと用事(ようじ)(おも)い出した。

 先に()っててよ」


赤い魚も、

すぐに()まって、()いました。


「また用事(ようじ)?」


「うん、また用事(ようじ)


「じゃあ、

 ワタシ、ここで()ってるわ」


「いや、先に()っててよ。

 すぐ()いつくから」


「・・・最近(さいきん)

 ワタシの見えないところで、よく(なに)かをしてるみたいだけど、

 いったい(なに)をしているの?」


(なに)・・・って、だから用事(ようじ)だよ。

 なんだって、いいじゃないか。

 すぐ()いつくからさ。先に()っててよ」


(すこ)しの(あいだ)、シマシマの魚の目をじぃっと見ていた赤い魚は、

やがて、口を(ひら)きました。


「わかったわ。

 この先にある、オレンジ色のサンゴの森で()ってるから」


そう()ってから、クルリと()きを()え、

()ビレで、ポンポン・・・と海底(かいてい)をけとばしつつ、

1ぴきで(およ)いでいきました。

そして、

()()わせ場所(ばしょ)の、オレンジ色のサンゴの森に到着(とうちゃく)すると、

たった(いま)自分(じぶん)(およ)いできた(ほう)()(なお)り、

(ちか)くのサンゴに()りかかりました。


シマシマの魚がいる、サンカク(いわ)は、

ここからでは見えません。

赤い魚は、(かお)を上に()けました。

サンゴの、

カクカクとした(えだ)のすき()の、はるか()こうの(ほう)に、

(しず)みかけの、半分(はんぶん)の月が、

ぼんやりと白く、(かがや)いていました。



しばらくすると、

(あた)りが(きゅう)に、フッ・・・と(くら)くなりました。

赤い魚は、(かお)を上げました。

空に月がありません。

もう、(しず)んでしまったのです。

夜空(よぞら)には、

(かぞ)えきれないほどの、たくさんの小さな(ほし)たちが、

宝石(ほうせき)のようにキラキラと、

そこら(じゅう)で、またたいています。


赤い魚は、

サンカク(いわ)(ほう)へ、目を()けました。

シマシマの魚は、まだ(あらわ)れません。


(もしかしたら(ほか)の魚たちに見つかってしまって、

 イジワルをされていて、

 それで、ここに()られないのかもしれない)


心配(しんぱい)になった赤い魚は、(もど)ってみることにしました。



(ほし)()かりの中、

サンカク(いわ)のところまで、ポンポンと(もど)ってきました。

しかし、

シマシマの魚は、いませんでした。

あわてて、(あた)りをキョロキョロと見(まわ)します。

ちょっと(はな)れたところに、シマシマの魚の姿(すがた)がありました。

海底(かいてい)砂地(すなち)の上で、

(なに)かを見上げたまま、口をせっせとパクパク(うご)かしています。

その、シマシマの魚の見ている先には、

赤い魚の()らない、もう1ぴきのシマシマの魚がいました。

ときどき()ビレを(うご)かし、その()でプカプカと()いています。

砂地(すなち)の上にいるシマシマの魚を見()ろし、

こっちも、口をパクパクと(うご)かしています。


(なに)かを(はな)しているようでした。

しかも、

2ひきとも(たの)しそうです。

赤い魚は、

シマシマの魚たちに気づかれないよう、岩場(いわば)のカゲからカゲに(かく)れて移動(いどう)し、

コッソリと(ちか)づいていきました。



「そしたらアイツ、なんて()ったと(おも)う?」


砂地(すなち)の上の、

赤い魚といっしょに()らしている(ほう)の、シマシマの魚の(こえ)()こえました。

海中(かいちゅう)にプカプカと()いている(ほう)の魚が、

すぐさま、()(かえ)します。


「なんて()ったの~?」


「ワタシが()ってきてあげるわ」


「え?。

 でも、デカい目のソイツ、うまく(およ)げないんでしょ~?」


「そう、(およ)げない」


「じゃあ、どうやって()ったの~?」


「それがもう、おかしくってさぁ。

 こうやって()そべって・・・、」


砂地(すなち)の上の、シマシマの魚は、

パタンと(たお)れて、(よこ)になり、


自分(じぶん)の、ぶかっこうな()ビレを海底(かいてい)(たた)きつけてさ、

 こんな(ふう)にジャンプしたんだ」


()って、

()ビレを海底(かいてい)に力いっぱい(たた)きつけ、(たか)くジャンプしました。


「なにそれ~。チョーうける~」


プカプカ()いている(ほう)の魚は、

自分(じぶん)の目の(まえ)まで上がってきたシマシマの魚を見て、(からだ)をくねらせ、

大いに(わら)いました。


「だろ?。

 で、そうしてアイツが()ってきた海草(かいそう)()だけど、

 どう見ても、おいしそうじゃなくてさ・・・」


「え~。でも、ソイツの好物(こうぶつ)なんでしょ~?。

 (あま)くておいしい・・・って」


「うん、そう()ってた。

 だから、仕方(しかた)なく()べてやったんだけどさ・・・、

 正直(しょうじき)(あじ)はイマイチだった。

 ガッカリしたよ」


「え~、ひど~い」


「それで(かお)を上げたらさ、

 アイツが、あのデカい目でオレを見つめて、

 どう?、おいしいでしょ?・・・って得意(とくい)そうに()うもんだから、

 つい、

 おいしい・・・って(こた)えちゃってさ。

 そしたらアイツ、

 なぜか(きゅう)に、はりきり出して、

 あの、おかしなジャンプを何度(なんど)もくり(かえ)して、

 山のように()ってきてさ。

 ぜんぶ()べるの、大変(たいへん)だったんだぜ」


そう()った、砂地(すなち)の上のシマシマの魚は、

海草(かいそう)()(つぎ)から(つぎ)へと()べるマネを、

おもしろおかしく、ひろうしました。

プカプカ()いている(ほう)の、シマシマの魚は、

それを見て、また(からだ)をくねらせ、

大いに(わら)いました。

そして、

(すこ)しして、その(わら)いが(おさ)まってくると、


「ねぇ」


と、(こえ)をかけました。

まだ、海草(かいそう)()()べるマネをしていたシマシマの魚は、

(うご)きを()めました。

()いている(ほう)の魚を見上げ、()(かえ)します。


「なに?」


「きのう()た子も、(おな)じこと()ってたと(おも)うけどさ~、

 そろそろ()れに(もど)ってきなよ~。

 先生も、

 アイツはどこに()ったんだ・・・って、カンカンになって(おこ)ってるよ~」


「・・・いや、

 オレ、まだ()ビレをうまく(うご)かせないからさ」


「・・・そうなの?」


「うん・・・」


「わかった。

 とにかく(もど)ってきたくなったら、いつでも(もど)っておいでよ~。

 みんな()ってるからさ~」


「・・・わかったよ」


「じゃあね~」


プカプカ()いてた(ほう)の、シマシマの魚は、

そう()って()をひるがえし、(およ)いで(かえ)っていきました。


岩場(いわば)のカゲに(かく)れていた赤い魚は、

その2ひきの会話(かいわ)()いていました。

ショックでした。



「さてと、そろそろアイツのところに()くか」


(のこ)されたシマシマの魚が、

そう()って、(からだ)()きを()えたときです。

岩場(いわば)のカゲから(かお)をのぞかせている、赤い魚の姿(すがた)が目に入りました。

赤い魚は、

ぼう(ぜん)とした様子(ようす)で、こちらを見ています。

シマシマの魚は、あわてて()いました。


「よ、よう。()てたのか」


「・・・」


「こ、これから(いそ)いで()かおうと(おも)ってたところなんだ。

 ほら、早く()こう」


それを()いた赤い魚は、

シマシマの魚の(ほう)へと、ゆっくり(ちか)づいていき、

そうして、

こわい(かお)になって(たず)ねました。


「・・・どういうこと?」


「え?、どういうこと・・・って?」


用事(ようじ)がある・・・って()って、ときどきいなくなってたけど、

 いっつも、こうやって、

 カゲでワタシのことバカにして、(わら)いものにしてたの?」


「い、いや、

 それは、その・・・」


「ワタシ、

 あなたのこと、ずっと(しん)じてたのに・・・。

 ひどい!」


赤い魚が、()め立てると、

シマシマの魚は、(きゅう)(おこ)(はじ)めました。


「なんだよ!。

 1ぴきだけで(さび)しそうに(およ)いでたから、

 ダンスをサボるついでに、いっしょにいてあげたのにさ!」


「”ついで”?。

 ワタシとは、(いま)までずっと”ついで”で()らしてたの?」


「そうさ!。

 ダンスのレッスンが(きび)しくて、

 それで、

 ()ビレが(うご)かなくなった・・・って、先生にウソついてサボってたら、

 ちょうど、お(まえ)姿(すがた)を見つけてさ。

 こりゃ、いいヒマつぶしになりそうだ・・・って(おも)って、

 それで、サボる”ついで”に、

 お(まえ)といっしょに()らしてみただけさ!。

 それだけさ!」


「ひどい!。

 ワタシのこと、()きでも(なん)でもなかったのね!。

 たんなるヒマつぶしだったのね!」


「あぁ、そうさ!。

 お(まえ)みたいに目がデカくて、ろくに(およ)げない魚なんか、

 だれが()きになるかよ!。

 じゃあな!」


シマシマの魚は、そう()(のこ)して、

自由(じゆう)(うご)()ビレを使(つか)い、(うみ)をスイスイ(およ)いで()っていきました。

赤い魚は、

シマシマの魚の、小さくなっていく(うし)姿(すがた)を、

こわい(かお)をしたままで、

ずうっと、にらみ(つづ)けていました。

(はら)が立って(はら)が立って、仕方(しかた)がありませんでした。



その、シマシマの魚が(うみ)()こうへ()え、

ちょっとしてからのことです。

赤い魚は、

ふと、(あた)りの(うみ)(しず)けさに気づきました。

(ちか)くには、だれもいませんでした。

魚の姿(すがた)も、

クラゲの姿(すがた)も、

ヤドカリの姿(すがた)も、見あたりません。

(ほし)()かりがかすかに()らす、どこまでも(ひろ)(うみ)(そこ)には、

自分(じぶん)しかいません。

(よる)(うみ)は、

しん・・・と、(しず)まり(かえ)っています。


赤い魚は、(きゅう)(さび)しくなりました。

そうして、(すこ)しすると、

心が(くる)しくなってきて、

どんどん、どんどん(くる)しくなってきて、

ガマンができなくなってきて、

ついには、

その大きな目から、ポロポロとナミダがあふれてきました。

(つぎ)から(つぎ)へと、

たくさんたくさん、あふれてきました。

()まりませんでした。


赤い魚は、その()

ひっそりとした海底(かいてい)の、うす(ぐら)砂地(すなち)の上で、

そのまま、

1ぴきで()(つづ)けました。

やがて、(あさ)になり、

日が(のぼ)って、(あた)りの(うみ)(あか)るくなっても、

()(つづ)けました。

夕方(ゆうがた)になり、日が(しず)み、

ふたたび(うみ)(くら)(よる)(おとず)れても、()(つづ)けました。

何日(なんにち)もの(あいだ)()(つづ)けました。

1ぴきで、()(つづ)けました。

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