98.嘘
嘘
「地球に最初現れたヒドラは未成熟なヒドラだった。ナナがサクヤに教えてもらった事は、全てそのヒドラに伝わりヒドラはシャングリラへとその姿を変えた。ナナが伝えたのは『虫人たちはシュラから守るべきもの』ということだけではなかった」
スサノヒドラは、なっぴにそう語った。そして浄化をもう一度試みた。
「ひゅう、不意打ちなんて、卑怯よ!」
スサノヒドラの打ちおろす刀を紙一重で避け、なっぴのバック転回が決まった。休戦中とはいえ、なっぴに隙はなかった。
「まだ確かめておきたい事はある、でも早く由美子をこいつから取り戻さなくっちゃ!」
「なっぴ、もう少しでアマトにシンクロ出来る、っていうか私にはっきりとアマトから念波が届いている……、一体それは誰から?」
「オーケイ、テンテン。それをこれから確かめるわ」
もちろん、この二人の会話はスサノヒドラには聞こえない。なっぴはこう聞いてみた。
「ねえサクヤとナナはリカーナたちに会えたのかしら?」
「いや、サクヤには見つけられなかった。サクヤはすでにこの星の生命体を感知する機能が壊れかけていた。インセクトロイドのAIも異界につながる、次元のひずみの強大な磁場には耐えられなかった……」
「ナナは?」
押し黙るスサノヒドラに、彼女の自信に満ちた言葉が投げかけられた。
「ナナは、知っていたのに違いないわ。虫人がいる場所も、そしてそこにはすでにヨミ族と呼ばれる虫人がいたこともね」
「……何故そう思う、マンジュリカーナ」
「ナナは、サクヤを失いたくなかった。だからナナの感じた虫人たちの場所をサクヤにはあえて教えなかった。けれどサクヤはそれで諦めるどころか、この星中を探し続けた、そしてサクヤはついに……。
「なぜ、おまえにそれがわかる。いったいそれは誰の記憶なのだ……」
「記憶……、解らない、誰のものなのか……」
なっぴにはしかし、その後の二人の姿が鮮明に映し出された。その場所はオーストラリアに間違いない。
「コホン、コホン」
地球に来てサクヤはよく咳き込むようになっていた。亜硫酸ガスには耐性のない呼吸器官が次第に炎症を起こし始めていた。それでもサクヤは地上の隅々まで動き、シュラから救うべき虫人を探した。だがもちろん虫人は異界の結界の中だ、サクヤに戻ったAIとはいえ見つかろうはずもなかった。あてもない放浪の旅は続いた。
「すでにルノチウムも残り少なくなってきている……、このままサクヤが虫人の事を忘れてしまえばいい。そうなればサクヤとともに私はこの星で生きていこう」
何度サクヤに言いかけた事だろう、しかし必死なサクヤにそれを言えない日が続いた。
「サクヤ、虫人は誰一人生き残っていないのじゃあ無いの?」
たまらずナナはそう言ってサクヤを止めようとした。緑の髪も抜け始め、カサカサになった皮膚、美しかったサクヤの面影はもうすでに無い。
「まだ探していないところがある」
サクヤは目前の海原を指して微笑んだ。その先にあるのは海底王国「アガルタ」だった。
「正気なの、あの塩水に潜るつもり。この宇宙船の燃料があとどれだけ持つかわからないのに……」
ナナが言った通り、海中を進む宇宙船の「ルノチウム」は長くは持たなかった。停止した宇宙船を離れ、サクヤは海中に飛び出した。しかし回りの塩水は容赦なくサクヤを侵し、サクヤの体が次第に溶け始めた。