68.ヨミの綱
ヨミの綱
「香奈様、彼が言った通りにいたしましょう」
結界を内側から守り続けながら、バイスが香奈にそう促した。
「私からもお願いいたします、どうやら彼の説は正しいようです」
「ラクレス、あなた……」
香奈の目には、すでに腕と背中が結界の壁と同化しているラクレスの姿が映った。彼だけではない、結界を支えていた王たちは静かに瞳を閉じ、次々と壁の中に消えていった。
「なっぴが防ごうとしても、我ら虫人は融合し、原始生命体へと戻る。さあ、ゴラム、ドモン、用意はいいか」
「ああダゴス、宇宙一の綱を編んでやるか!」
「編む順を間違うなよ、ドモン」
そうダゴスに言われたドモンは、思わず笑った。撚り合せて徐々に丈夫な綱が出来上がっていく。外の「amato2」を結界のそばまで引き寄せるために丈夫なロープが出来上がっていった。その端をドモンが由美子に渡した。
「由美子、俺は知っていたんだ。お前が人間だったということを、叶うなら次は人間に生まれ変わってみたいな」
由美子の脳裏に、数々の危機を身を挺して救ってくれた彼の記憶が蘇った。
「その時は必ず見つけてみせるわ、ドモン。その時はもう離れないわ、絶対に……」
別れのキスは由美子からだった。
「それが『ヨミの綱』だ。ゴラゾム王が念波を練り込んだ、キャステリアとレムリアをつないだロープに匹敵する。頼むぞ由美子」
「お父様、お母様、行ってまいります……」
その言葉のあとの涙が由美子には止まらない。
「バシッ」
虫人おきまりのビンタはスカーレットからだった。
「なんと、情けない。フローラの王女たるものが……」
抱き寄せた由美子に、スカーレットが優しく言った。
「由美子、あなたは何度もこうして私の胸から旅立った。テンテンより一足早く人間界に送った時、王国を救うためにエビネ池に行かせた時、そしてなっぴを救うために再び人間界に戻した時も、私はあなたを片時も忘れることはなかった。実はパピイは私の精、スカーレットそして、フローラ国の精だったのよ。これからは一緒に暮らせると思っていたのに、とうとうあなたにこんなことをさせるなんて……」
気丈なスカーレットが涙声で語った。
「そうね、お母様。こう何度もだと、さすがに割に合わないわね」
「生身の人間ではヒドラに攻撃されればひとたまりもない。せめて、バトルスーツでもあれば」
タイスケがそう言った時、ドモンが青いスーツを一式差し出した。
「これならどうだ、由美子」
「それは、わしらがこの結界の中で新しく作ったものだ。結界の外でもしばらくは使えるはずだ」
ドモンが八本の足で由美子を包み、その青い服を着せた。
「さあ、行きなさい由美子。あなたが二つの星の未来を結びつけるのです。なっぴを助けて、そして生きるのです。私の娘、由美子、フローラルよ」
「もし、うまくいったら。いえ、もしうまくいかなかったとしても、私は永遠に二人の娘です」
「ミリリッ」
「いかん、結界が動き出した。早く行け由美子」
ダゴスが叫んだのと同時に、ヒドラの動きが一旦止まった。香奈がミーシャに告げた。
「さあ、由美子と共にあの『amato2』まで行きなさい。全速力で、私たちは後から追いつく、心配しないで」
「行くわよ、ミーシャ」
「オーケイ、由美子」
結界の壁の一部が裂けた、外気が容赦なく虫人を撫でる。その穴を防ぐ糸はもうない、ヨミ族のクモたちは「亜硫酸ガス」の進入を食い止めようと、次々と八本の足を目一杯広げ、その穴に体ごと貼り付いていった。
「よかった、あいつの言った通りだ。人間界で暴れただけはある、まだ俺たちは動けるようだな」
クモ族たちはそう言いつつも、やがて結界の壁の一部になっていった。