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宴の支度.2



 かしましい声が、その部屋を明るく彩っている。



 なんとも言えない生臭い匂いが漂っていた。

 窓を空けてはいるが、風は入って来ない。



「やっぱり誰かを想う“愛情”が、料理を美味しくするコツなんです」

「ハイハイ分かった。あんたは、こっちのテーブルに来なくていいの。

 ――マキ、それが終わったら、向こうの彼女を手伝ってちょうだい」


「あーッ、ゼンゼン愛情が足りてませんよ、ミーナ先輩!

 よそ見しながら、さっき重ねました! 

 あれはゼッタイにダメですよね、(さざなみ)さん!」



 本日の霧ヶ島中学校の授業は、通常の時間割とは異なる。

 一年・二年・三年生の女子を集め、『人生の先輩』を招き、

 学校の家庭科室にて島の郷土料理の実習だ。


「ですよね、ですよね漣さん!」


 臨時講師として招かれた(さざなみ)さんは、

 自分の孫ほども歳の離れた大山ヒカリにニコニコ顔で応えていた。

 この特別授業が始まってから、ものの数分……。

 それまで面識のなかったふたりは、今やすっかり意気投合している。



 漁師の主婦歴三十年の漣さんは、割ぽう着姿が板に付いていた。



「ああッ、うるさい。これじゃあ、草守レイトの〈式神〉の方がマシよ」

「ダメだよお、ミーナちゃん。それは私たちの秘密でしょ」



 しまった、というように、ミーナは滑らせてしまった口を慌てて塞ぐ。

 マキとミーナは、まるで示し合わせたように

 それぞれの作業をやがて再開させた。



「……なんか怪しい。もしかして、なんか隠してます……?」


 大山ヒカリの勘は、今日も冴えているようだ。



「バカ。そんなのあるワケないでしょ。

 ほらマキ、“草守レイト”を手伝ってあげて。あの子、運動神経は

 ありそうなのに、手先はかーーなり不器用みたいだから。

 珍しく今日は、あの食い意地の張ったアサギが休みだし、こっちは私に

 任せて、あんたはあの子のフォロー」



 するとマキは、軍隊式の敬礼で了承の意を示し、

 「アイアイサァー」とくだけて言った。この場の絶対的な指揮権は、

 どうやらミーナにあるらしい。


 学校指定の制服に衣装替えをした有能な部下マキは、

 料理の得意な上官ミーナが三枚に下ろしたシマダイ(小)を

 とても不慣れな手付きで樽に漬ける美少女レイトの元へと向かう。



(……オジョー。シオ降っテ、葉っぱ巻くだけのカンタンな作業だゼ)

「黙ってて!」

(センセイのテホン見てみろヨ。キレイダー。オジョーと違うッテ)

「何度もうるさい! 手元が狂う、勝手に表に出てこないでッ!」



 草守レイトは、とても苛立っているようだ。



 銀の少女がやっている簡単な作業とは、ミーナが捌いた小ぶりの

 シマダイに大量の塩を降り、風味付けに青シソの葉を(わら)で巻き、

 それを隙間なく小壺の底に敷き重ねる――

 とても簡単だ。小さな子供にも可能な、オテツダイの範囲。


 ちなみに、この後の行程に関しては、人間の場合は特にない。

 陽の当たらない場所へ移動させて、残りの仕事は微生物に任せる。

 霧ヶ島の郷土料理――『島寿司(しまずし)』に、長期間発酵させた

 シマダイはゼッタイ不可欠だ。


 発酵させたシマダイは、ピカピカに照り輝く酢飯の上に

 錦糸タマゴと一緒に散りばめる。それから刻んだショウガを

 まぶすのもよし、砂糖醤油で煮詰めたカンピョウを乗せるもよし。

 発酵したシマダイの独特の匂いを消すために

 サンショウの実を使うのもアリだ。『島寿司』は家によって

 様々なアレンジが可能である。



「あの……レ、レイトちゃん? 隣に居てもいいかな?」



 草守レイトは、何度やってみても要領を得ないようだ。

 額に薄っすらと汗を浮かべながら、美しい少女は袖を捲り上げ、

 まるで白魚のような細い手を塩だらけにして悪戦苦闘している。

 やはりと言うべきか、彼女の周囲は大量の塩が撒かれ、

 またテーブルのあちこちに水が飛び跳ね、お世辞にも綺麗な仕事とは

 呼べない。


「ああ麻河さん! 簡単そうに見えて、これも意外と難しいのね。でも順調よ。最初の頃と比べて格段にスピードアップしてるから!」

(そうカ? 動きハ鈍っているように見えるゼ。オジョーが勝手ニ苛立ッテ)

「うるさいッ!」



 突然の少女の大声で、ビクビクっと身体を震わせたマキを見て、

 大山ヒカリは離れたところで驚いたように眼を丸くさせていた。



「……あの転校生さん、マキ先輩と仲悪いんですか?」

「そう? いいコンビよ、あのふたり。外から見ていれば分かるもの」

「えッ!」


 ぎこちないように見えた当初の雰囲気は、

 徐々に和やかなものとなっていた。草守レイトとマキは、

 ずっと昔から知っている仲のように、今や自然に溶け込んでいる。



「あ、本当だ。でも、ミーナ先輩がそんなこと言うなんて……。

 マキ先輩の最高の相棒は、ミーナ先輩じゃないですかッ! 

 やっぱり休みの日に、ふたりの仲が急接近するような、私の知らない

 “大事件”があったんですねッ!」


「別に。あんたが心をときめかせるような“大冒険”なんて

 あるワケないでしょ。――ふう。私はこれで終わり。これも向こうに

 持って行くから、そこ退いてちょうだい」



 慣れた手付きで包丁を洗い、てきぱきと身の周りを片づけてから

 捌いたシマダイを乗せた木のまな板を持って、

 ミーナは彼女たちの元へと向かう。

 すると開口一番に、もたつく草守レイトにミーナが毒づく。

 しかし銀の少女も負けてはいない。




「……私、分かっちゃった。あんなにマキ先輩とウマが合う理由。

 あの“転校生さん”と“ミーナ先輩”は」



 彼女たちが本日処理したばかりのシマダイは『島寿司』には使えない。

 これは“来年”の『夏至祭』の下準備なのだ。

 いつの頃からか、霧ヶ島の中学生は『夏至祭』で振る舞う『島寿司』を

 作るのが伝統となっていた。


 おそらくそれは、卒業と同時に島を去る者が居るからであろう。

 郷土を忘れないで欲しい島民の願いと、

 これから旅立つ若者の感謝の念が、

 この儀式には込められている。



「あの人たち、ソックリなんだ」



 しかし、この素晴らしい伝統も失われる。



 霧ヶ島中学校は、今年で廃校になることが既に決まっている。

 遠くない将来、彼らは例外なくこの島を離れて本土へ渡ることになる。




「――ちょっと草守レイト。そんな単純作業にどんだけ時間を掛けるつもり?

 いつまでもベタベタ触っていたら鮮度が落ちるじゃない。

 どれ、貸して。残りは私が全部やる」


「いいえ結構です! これは私の仕事です! どうぞお気遣いなく!」

(イジ張ってないデ、イケてるネーチャンに任せろヨ、オジョー。アイツ、プロだゼ)

「あんたは黙らっしゃいッ! あっ……こほん。

 そ、そろそろ慣れてきた頃かしら? シマダイ一匹、今は二十秒も

 掛からないわ。さあ、これまでの遅れを取り戻さないと!」


「はい、レイトちゃん。一枚完成したよ」

「……ウソ。もうなの? 麻河さん、早い……」

「ほら、私も一枚。こんなのは五秒よ、五秒。草守レイトって、

 見かけによらず不器用なのね――ハイ、その話の間に一枚。

 こんな感じで、パッパとやっちゃいなさいよ。

 あんた、ちゃんと自炊出来てんの?」



 家庭科室は、とても賑やかだ。




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