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秘境倶楽部、出動!!.2



 キョウスケたちは幽玄の世界に居る。




 むせ返るような濃い霧。前へと踏み出す一歩が身体に重くのしかかる。

 まるで空気中に漂う一滴一滴が肉眼で見えるようだ。



 昼間に見せた、互いに冗談を言い合うような騒がしさは、そこにはない。“指定の時刻”が迫るにつれ、コトの重大さが次第に彼らの恐怖心を煽っていた。





         状況は“最悪”だ――





 彼らはただ黙々と、視界の悪い密林地帯を横断している。

「……シッカシ奇妙だゼ。オジョーと来た時ハ、あれだけ邪魔だったクソヤローどもガ、今はウソミテーに静かだゼ。一体どうなってヤガル?」


 草守レイトの〈式神〉――ノークは、腑に落ちないといった様子で、振り向いてキョウスケに意見を求める。


「えっ?」

 先頭を歩くキョウスケが不思議そうに顔を上げる。

「……チッ。イインダ、イインダ、ゼンゼン気にしなくてイイゼ。これは完全にオレっちのヒトリゴトだからナ。オレの言葉はいつだっテ、この真っ暗な闇に消えてなくなるのサ……アア、相棒が恋しいゼ。いちいち“ツッコミを入れてくれるオジョー”ガ、オレはァ――」


「うるっさい」

 ノークの芝居染みた大げさなフリを、ミーナが即座に遮った。


 ミーナは、イラついている。少女に限らず、先ほどからキョウスケたちは、この草守レイトの〈式神〉が、眼の前をちょこちょこと動き回る様子をとても鬱陶しく感じていた。


「ヨー、オレ好みのネーチャンヨー、ウチのオジョーよりツッコミがキツイゼ! クゥ、シビレルー!! もしもネーチャンがフツーのニンゲンじゃなかったラ、一緒に組んだかもシレネーナ」

「ちょっと黙ってくれる? 私たち、あんたと違って“自分の足”で歩いてるの」

「やめとけミーナ。ソイツに付き合ってると、余計に疲れるぜ」


 そう言って、ヤストラはミーナを追い越して、黙々と歩みを進めるキョウスケに続く。彼らは、絶えず周囲をうるさく飛び回る、この“小人”に手を焼いていた。

「もう、ホントうるッさいッ! ちょっとマキッ、“虫除けスプレー”ちょうだい! はやくッ!!」

「キカネー。キクワケネーヨ、のんびりネーチャン! ケケケッ」

 なにも言わず、すっと虫除けスプレーを差し出したところを見ると、マキも相当にイラついているようだ。





「……イイのデスカ、キョウスケ様」

 キョウスケの〈式神〉――スクナは、無視して歩を進める主人と、虫除けスプレーをあちこちに噴射するミーナの姿を交互に見やる。


 場の雰囲気をメチャクチャにするノークを、スクナもよく思っていない。

 こらしめてやろうかと、彼女は本気で考え始めている。



「ケケケッ。それよりもネーチャン、ちゃんとパパとママに言ってきたかヨー。“ジョーシキジン”のオレっちは、その辺がシンパイだゼ。もしも言ってネーのナラ、すぐに帰んナ」

「は? 友達が怪物にさらわれて、だから今から助けに行くって? そんなこと、娘に聞かされて信じる親がどこの世界に居るのよ」

「――チッチ。イケてるネーチャン、マダ分かってネーナ。オレっちの道は“シュラの道”ヨ。ええとソノ昔……偉い誰かが言っタ――『アクシデントはいつもトツゼンに』ダ。パパとママにサヨナラも言えないゼ」


 と、キョウスケが振り向く。


 そこには戸惑いの表情が窺える

 キョウスケは、まだ迷っていた。


「そんな……まさか帰れって……今になって言わないでよ! イヤよ、キョウスケッ!! ここまで来て帰るなんて、私、絶対にイヤだからッ」

「オーオー。そっちのガキンチョが言えないようだからオレっちが“ダイベン”してやるゼ。『式盤(しきばん)』が言ったなんてウソ。このハナタレのガキンチョ、サビシーから呼んだだけダー。だってネーチャン、なにがデキル? “モリアゲ役”はイラネーゼ」



 それを聞いて、艶やかなミーナの顔から血の気が引いた。


「本当なの、キョウスケ」



 キョウスケは、うつむいている。


 ミーナとマキが、彼の言葉を待っている。

 しかし、彼の唇は重石を乗せられたように、固く閉じられたままだ――


「イ……イイカゲンにナサァイッ!!!! “アナタ”、さっきから本当にウルサイデス! キョウスケ様が申されたことは全て真実デス、それはこのスクナが保証イタシマスッ! だからアアッ、どうかミーナ様、惑わされないでくださイ。『式盤』に導かれたキョウスケ様ガ、皆様の家を訪問されたことは紛れもない事実なのデス」


「それと言っちゃ悪いガ、フツーのニンゲンは“アシデマトイ”」


「足手纏いはアナタデスッ!!!! アアッ――やはりスクナ、もう我慢出来ませヌッ! キョウスケ様、この憎らしい〈使い魔〉をイジめることヲ、どうかオ許しくださイ!」

「オイオイオイッ。今のオレはマルゴシダッ! そんなの許せるワケネーダロッ」




「見ろよ」




 その声の主はヤストラだ。

 離れたところで彼は、静かに“前方”を指差した。


 人影か。

 いや、白い霧に薄っすらと浮かび上がる影法師は、まるで少年のように小さい。



 あれは石塔だ。あの苔むした石塔だ。

「あれって……」

「着いたみたいだな。キョウスケ、早く行こうぜ。レイトが待ってる」


 そう言って、彼は力強く歩き始める。

 しかし、ほどなくして歩みが止まる。



 ヤストラは背中越しに呟いた。


「やい、そこの()っちゃいヤツ。さっきから偉そうに言ってるが、テメーにこそ、なにが出来る? レイトが居ないとなにも出来ない、よく喋る“カブトムシ”じゃねえか」



 カブトムシ……


 確かに……そう見えなくもない。大きさもちょうどいい。



「ほら行くぞ」


 ノークは憮然として立ち尽くしている。クスクスと、あどけない少女の笑い声が漏れた。



 四枚の羽を必死に動かし、空中に留まる“奇妙なカブトムシ”をじっくり観察しようと、キョウスケやマキやスクナが、代わる代わる“彼”の顔を覗き込む。


 “話すカブトムシ”――おそらくは、ずっと言われ続けるであろうアダ名を付けたヤストラを、彼はすっかり嫌いになった。





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