異形の者.3
「外から見たら、完全なバカだぜ」
「心配しなくたって、どこから誰がどう見ても、あんたはバカだから」
ぶぶーっ、とそれを聞いたヤストラは、大げさに大量の唾を噴き出した。
「ちょっとやめてよ! あんたの汚いモノが、私の制服に掛かるじゃない」
「しーっ。ミーナちゃん、ヤストラくん、しーっ」
ぷっくりとした唇に人差し指を当て、静かにするようマキは二人に促す。
ヤストラとミーナとマキの三人は、制服のまま、木陰にじっと身を埋めている。
「ようやくココまで来たのに、見つかったら大変だよお」
「……あんた、結構ノリノリね」
マキはすっかり鼻息を荒くして、鬱蒼と茂る草木の陰から、注意深く前方の様子を窺っている。しきりに反対していた彼女であるが、現在ではヤストラとミーナと同じく、立派な野次馬と化していた。
「もしも、あの二人に見つかったら、言い出しっぺのヤストラが責任取りなさいよ」
「どうして俺がッ! 勝手に手紙を見たのはお前だろ、ミーナ!」
「しーっ! ヤストラくん、しーっ!」
数学と歴史の教科書の間に挟まっていた、“草守レイト”から狭霧キョウスケへと宛てた手紙。どうしてそんな場所にあったかと言うと、それをたまたま眼にした足立ミーナが、素早く眼を通した後で、慌てて手紙を戻したからである。
「やっぱり、“愛の告白”だぜ、きっと」
「バカなコト言わないでよ。たった一日会っただけで、考え過ぎよ」
「そりゃあ俺たちはな。だが、いいか忘れるなよミーナ。ヤツは、“前からキョウスケと会っていた”んだぞ。本人もそう言ってたし、その可能性は充分あるぜ」
それを聞き、ミーナの心臓が早鐘を打つ。
本日、霧ヶ島中学校へやって来た“草守レイト”は、もっと以前から島に居て、どうしてかは不明だがキョウスケと何度か会っていた。
もしもその話が真実だとしたら――
頭の中から何度追い出してみても、少女の不安は募るばかりだった。
「ホント、バカ」
その呟きは、誰の耳にも触れることなく虚空に消えた。
夕陽が山の向こうへ沈み、辺りはすっかり暗くなり始めた。
「……なにを話しているんだろう? ヤストラくん、聞こえる?」
「いや、全然ダメだ。しょーがねえ。バレるかもしれねえけど、もっと近付くか」
「私、帰るわ」
と、ミーナがすっと立ち上がる。
「お、おいおい! お前がそもそも言い出したことだろ。いきなり帰んのかよ」
「バカバカしくなったの。ほらマキ、帰るよ」
陽は落ち、次第に夜の様相を呈してきた。
ミーナは、神聖な社殿の前で話し込む男女にゆっくりと背を向けると、真っ赤な鳥居を目指して歩き出す。
その場に残されたマキとヤストラは互いに顔を見合わせると、肩をすくめてみせる。それから少しだけ名残惜しそうに、マキは「また明日」と告げ、次第に遠退くワガママ少女の後ろ姿を忙しく追っていった。
「おおい、霧が出てきたからなァー、帰りは気を付けるんだぞォ」
土が湿っているのだろう。
深緑色の苔がびっしりと茂った足元は、ミーナが一歩踏み出す度に、グンと大きく沈み込む。お気に入りのスニーカーは、すっかり黒く汚れていた。
「待ってミーナちゃん! そんなに急ぐと転んじゃうよお」
急いでる?
少女はそれを聞いて足を止めた。
「足元が泥だらけだよお」
どうして、こんなに胸がしめつけられるんだろう。
誰と会っていたって、そんなのは本人の勝手だ。それが“気に入らない相手”だからって、どうすることも出来ない。
でも私は――
私は、これまであなたとずっと一緒で――
だから――
「……コソコソ隠れて逃げ出して、ホント、バカみたい」
するとミーナはクルッと振り返る。
「ああッ、ムカツク。ほらあ、堂々と帰るよマキ! 第一、なんで私たちが、あいつらに対して遠慮しなくちゃ!」
「ミーナちゃん!」
突然の大声に驚いたミーナは、キョトンとしてマキを見上げる。
マキは、小刻みに震える手をようやく持ち上げ、なんとミーナを指差した――
「う、後ろ……“なんか”居る……」




