7>> ラヴィーリア
ラヴィーリアが前世の記憶を思い出したのはファルグとの婚約が決まった時だった。
この世界が乙女ゲーム【乙女心は何色の花? 愛は障害を乗り越えて〜✿】の世界だと分かったラヴィーリアは混乱して、そして困った。
自分があの乙女ゲームの悪役令嬢になってしまったのは理解したが、あの乙女ゲームには悪役令嬢が多いのだ。攻略対象者一人に必ず婚約者の悪役令嬢が居る。それぞれ一応性格は違うがやることは変わらず『ヒロインを虐める』ことだ。
自分がその役になったことにラヴィーリアは絶望した。悪役令嬢として最後に断罪されることに絶望する前に、『虐めなどという幼稚で他人に構い通さなきゃいけない面倒臭さ』に絶望したのだ。
ヒロインに構うくらいなら独身が良いと、前世を思い出したラヴィーリアは父親に婚約の取り止めをお願いしたが即却下された。婚約したばかりならなかったことにできると思ったが無理だったようだ。父にも面子があると言われたラヴィーリアはそうだなと思った。
そして考え方を変えた。婚約は続行するしかないのなら、ヒロインの出方を見ようと。
乙女ゲームの攻略対象者はメインキャラで6名居る。リメイク版も入れると11人だ。必ず誰か一人に絞って攻略しなけれな誰一人として落とせなかったあのゲーム通りの世界ならば、ヒロインは必ず誰か一人に絞るだろうとラヴィーリアは思った。そしてその選ばれた男がファルグでなければ、ラヴィーリアは悪役令嬢をやらなくていいのだから大人しくしていればいいのだ。
ラヴィーリアは今できるだけの回避行動を取って学園の始まりを待った。
もしヒロインがファルグを選ばなければ、ファルグは将来自分の夫になるのだから最低限の礼儀を持って接することも忘れずに。淑女としての微笑みを絶やさずにファルグとは婚約者として接した。
ラヴィーリアの最推しキャラは王子の側近の眼鏡キャラだったのだが、前世のラヴィーリアは推しを陰から見守りたいタイプであり推しに認識されること自体を忌避していたので、推しとのリアル恋愛なんて言語道断だった。だから今の立場はとてもラヴィーリアには理想だった。むしろファルグは前世のラヴィーリアの好みランキングでは最下位だったのだ。もしかしたらその所為で自分は“ラヴィーリア”の立場になったのかも知れないなとラヴィーリアは思った。
前世の自分は病気で死んだが、ラヴィーリアの様な気の強い口が達者な女性は憧れの存在だった。理想の女性で理想の立場て生まれ変わった今のラヴィーリアは、前世を思い出したからこそ、今の自分が大好きで大切だと思っていたのだった。
だがそんなラヴィーリアの幸せに影が忍び寄る。
ヒロインがファルグに的を絞ったのだ。
それだけならまだしも、誠実だと思っていたファルグが自分の婚約を放置してヒロインとの仲を深めることを選んだのだ。
ゲームの展開的に予期していたことだったが、ラヴィーリアからすればファルグへの信用がガタ落ちする理由に十分になった。……ゲームでもファルグはラヴィーリアを婚約者のままにしてヒロインとの好感度を上げて最後にラヴィーリアを断罪する。それなのにキャラ紹介では「正義感がある」と紹介されるのだから笑ってしまう。正義感が強いのなら不貞なんかするなよ、とラヴィーリアは思った。
ラヴィーリアは学園が始まり、ルムラが攻略相手にファルグを選んだと分かった瞬間に動き出していた。
動き出さずにはいられなかった。何故ならルムラの言動は確実に転生者のそれだったからだ。悪役令嬢の立場にあると自覚していたラヴィーリアは危機感を覚えて直ぐに行動を起こした。
ファルグの両親に自分の気持ちを伝え、父親にもしっかりと釘を刺しておく。ファルグ自身にもラヴィーリアの気持ちを伝え、ヒロイン相手にも敵意が無いことを全身で伝えておく。
さすがに口に出して伝えてしまうと他の人たちにラヴィーリアの方が今の婚約に不満あるのだと思われてしまうので、飽くまでも態度で示し、仲の良い人たちにはそれとなく「自分はファルグを男としては愛してはいない。これは政略結婚なのだ」と伝えていた。
貴族に生まれた娘として家の意向に従い、私情を挟んで家同士が結んだ契約にこちらから口を出す気は毛頭ない、と。
ヒロインもラヴィーリアが何もしないと直ぐに気付いた。
そしてルムラはあろうことが自作自演を始めたのだ。
ラヴィーリアがヘイトを貯めないなら『ファルグがラヴィーリアを嫌えば良い』と気づいたのだろう。そんなことには気付くのに、ラヴィーリアの“優しさ”には気付かなかった。
自分の幸せの為だけに行動するルムラにラヴィーリアは“自衛”をすることにした。
ルムラが最後のラインを超えるなら、わたくしも容赦はしない、と……
そして『罠』を一つだけ仕掛けた。
取り返しの効かない“最後”の罠を。
当然そんなことにルムラが気付くはずはなかった。ゲーム通りに動かないラヴィーリアに違和感を感じながらもルムラは自作自演を止めなかった。それどころか、ラヴィーリアが転生者かもしれないと気付いた途端にラヴィーリアに直接確認に来たのだ。
これにはラヴィーリアも呆れた。
悪役令嬢などヒロインの敵なのに、なぜ素直に本心を吐露してもらえると思うのか。
ラヴィーリアには理解できなかった。
『……え? 転生者、って、聞いて、分かりませんか?』
『えぇ、(今世では)初めて聞く言葉だわ。どういう意味なの?』
『え、えっと……、ラヴィーリア様は、前世……の記憶が無いですか?』
『前世、ですか? とても不思議なことをおっしゃるよね……?
ルムラ様は前世の記憶を持って居られるの?』(前世なんて日本でもまともな話題じゃないでしょ)
『え? あれ? あの……、ラヴィーリア様には、前世の記憶は無い……の、ですよね?』
『ねぇ、本当に。さっきから何の話ですの? 貴女が何を言っているのか分からないのだけれど?』(友人でもないお前に答える義理もないわ。なぜ親しくもない間柄でその話題が通ると思うのかしら)
自分の求める答えが貰えないと言うだけで、ヒロインはそれ以上疑うこともせずに、会話に不信感すら感じることもなく納得してしまった。
ヒロインは素直で優しい設定だったけれど、転生者としての記憶も持っている今のルムラはゲームの設定通りのルムラではない。それなのに素直過ぎるその言動にラヴィーリアは呆れる。
そしてあの感じならばやはり罠を仕掛けて正解だとも思った。
ルムラが幸せを求めるように、悪役令嬢だって憂いなく幸せな人生を生きたいのだ。
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自己中で思い込みが激しく自己愛の強い人間を説得することほど労力を消費するものはない。
ラヴィーリアは自分を貶め冤罪の上で断罪することを選んだルムラを許す気はなかった。
断罪されるか、仕返すか。
その2択でしかない。
ならそれすらもルムラに選ばせて上げようとラヴィーリアは最後の優しさで静観した。
自作自演でファルグに擦り寄るルムラをただ微笑んで見ていた。婚約者のラヴィーリアを睨んでくるファルグに微笑み返した。怖がるフリをするルムラを心配して見せた。
ルムラが自分の過ちに気付いて、正当法でファルグと自分の仲を公的に繋げられるように、ラヴィーリアは何一つ邪魔をせずに静かに見守っていた。
悪辣な手段で『何もしていないラヴィーリア』に冤罪を着せようと頑張っているルムラを、ラヴィーリアは広い心で見守りながら、最後の一歩で彼女が踏み止まるか踏み出すかを自分の中で賭けをした。
当然『踏み出す方』に全ベットだが。
冤罪を着せてくる奴に向ける優しさまではラヴィーリアは持ってはいなかった。
案の定、自ら階段から落ちたルムラは罠にハマって亡くなった。
飛んで火に入る夏の虫とは彼女のことだとラヴィーリアは思った。
元から魔術師に頼んでいた魔術式をこっそり心の中で展開して、落下中のルムラに最初で最後の言葉を投げた。
ファルグが知れば「もっと分かりやすく話してくれていればルムラはそんなことをしなかった」とでも言うかと思うが、それこそ何故、冤罪を着せられようとしていたラヴィーリアの方が優しく寄り添って会話をしてあげなければいけないのかとラヴィーリアは思う。
今までの時間を、『自分とファルグの関係に筋を通す為にラヴィーリアと向き合い会話をする』為に使うのではなく、『ゲームの通りにラヴィーリアを断罪する為に罪を捏造しようと動いていた』ルムラに、優しく歩み寄ってやる義理はラヴィーリアには無いのだ。
ルムラが亡くなり平穏が訪れると思っていたラヴィーリアにはまだ問題が残っていた。
ヒロインに攻略されてしまったファルグがラヴィーリアを逆恨みしだしたのだ。
正確には逆恨みでもなんでもないのだが、ファルグはラヴィーリアが一番不快に思っていた『嫉妬心』を理由にラヴィーリアを非難して騒いだ。愛されてもいない癖に。
これにはラヴィーリアも心の底から愛想が尽きた。
ルムラが居なくなればファルグも目を覚まして本来の誠実な彼に戻り己の立場を見直して、婚約者であるラヴィーリアとちゃんと向き合ってくれると思っていたのだ。しかしファルグはゲームの強制力とでも言うかのようにラヴィーリアを憎んだ。これではもうラヴィーリアにはどうすることもできない。
婚約は解消されたが、ファルグはラヴィーリアに復讐しそうな程に憎しみを抱いていた。
ラヴィーリアはファルグのことは別にどうとも思っては居なかったが、ファルグの両親には義理の娘になることもあって親切にされていたので情があった。ファルグが二人のたった一人の子供だということも理解していた。若気の至りで女に惑わされておかしくなってしまった男でも、ご両親にとっては大切な一人息子。そんな子供が野放しにはできない状態になっている。行き先は牢か修道院か。
ラヴィーリアは大らかな心で提案した。
大切なご子息を閉じ込めて将来を絶ってしまうくらいなら、記憶を消して一から始めてみませんか?
と。生涯牢に閉じ込めてしまうなら、修道院へ入れてしまうなら、新たな記憶を植え付けて、息子として側に置いておけばいいのでは? と。
ファルグの母親は泣きながらラヴィーリアに感謝した。
当然父テムリゴは難色を示したが、最後の決定はテムリゴが下した。一人息子がもう止めることもできずに殺人事件をしでかす前に、テムリゴはラヴィーリアの提案を受け入れてファルグの記憶を消した。
ラヴィーリアは優しい顔で微笑んだ。
「ルムラが全ての元凶ですから。被害者でもあるファルグ様には、ルムラなど忘れて幸せになってもらいたいですわ」
そんなラヴィーリアの言葉にファルグの両親は感謝し、義理とはいえ息子の嫁に来てくれるラヴィーリアを必ず大切にしようと心に誓った。
婚約者は変わったが、嫁ぎ先は変わらず立場も悪くなることなくヒロイン退場でゲームが終わったラヴィーリアはほっと胸を撫で下ろした。
「やっぱり平和が一番ね」
ファルグとの縁が切れた瞬間に嫁ぎ先がなくなり将来のことが少し不安になっていたが、前世の記憶がある所為か『まぁ独身でもお兄様はお優しいから家を追い出されることはないし、魔術師と共同で新しい魔術式でも作ってそれを売ればお金にも困らなそうだし……どうにかなるでしょ』と考えていたラヴィーリアは、嫁ぎ先が変わらず候爵家となって実のところ大分安心していた。魔術師を養う約束は守れそうだ。
新しい婚約者には魔術師のことは『大変役に立つ変態魔術師』だと既に紹介していて誤解が無いようにしてある。一応ステングはゲームの攻略対象者だが、ゲームでも彼の心を掴むのは大変だったのに、フラグもイベントもない現実でステングの心を掴むのはまともな女じゃ無理だろうなとラヴィーリアは思っている。現にステングはラヴィーリアに敬意は示すものの異性として見てくることは皆無であり、その態度は新しい婚約者にも伝わっているようだった。誤解される心配もなさそうでラヴィーリアは安心した。
2歳年下の新しい婚約者はラヴィーリアに子供扱いされないように頑張っているところが可愛らしく、ラヴィーリアはそんな彼を微笑ましいと思いながら“姉”のようにならないように気を付けつつ仲を深めていた。
婚姻は彼が学園を卒業した後になるのでそれまでは少しラヴィーリアに自由な時間ができる。
「釣りでもしてみようかしら」
待つのは得意だから。
なんて呟き、ラヴィーリアは微笑んだ。
今後また変な女が出て来ても、きっとラヴィーリアは微笑みながら優しく相手を見守るだろう。
勝手に相手が罠に掛かるのを待ちながら。
[完]
※一度しかやり返していないラヴィーリアはとても優しい心の広い人なのです!!(輝∀輝)。*゜+ ←曇りなき瞳




