月一つない闇夜に押さえつけられて。二
いずれこんな日がくることは予感していたのです。
私が妹に敗北したその日から。いや、予感はそれよりももっと前からでしょう。桐花ちゃんの霊力が私を上回っていることは、他でもないこの私が一番良くわかっていたのですから。
「はぁ……」
唇から息が漏れます。
重い足取りで屋敷の庭を渡って和風の離れへ。倉橋の家は陰陽師の家系です。母屋は当世風に洋館となりましたが、家や一族、御役目に関わる大切なことはこの離れで話されることになっていました。
「失礼いたします」
「遅い」
声をかけて襖を開ければ、すぐにそう声がかけられました。
「申し訳ありません」
大切な話であるならちゃんとその連絡をした上で、掃除を切り上げさせるよう指示を出してくだされば良いのに。そうも思いますが、反論の気力はありません。ただ謝罪の言葉を口にしました。
顔を伏せて部屋に入り、ゆっくりと面を上げます。
上座に座り、厳しい顔をこちらに向けるお父さま、その隣にはどこか私を蔑むような視線のお母さま。そして、薄らと美しい笑みを浮かべている桐花ちゃん。
「茉莉花」
「はい」
お父さまに私の名が呼ばれました。私が座ったのは部屋に入ってすぐのところ。廊下から伝わる冷気が背筋を冷やします。
「倉橋の御役目は桐花が継ぐ」
「はい」
倉橋家は陰陽師、安倍晴明の末裔が家門の一つ。御役目とは、この国の怪異を討ち、陰ながら人々の安寧を護るという使命のことです。
「良いな」
「……霊力を失った私より、桐花が継ぐべきだと思います」
お父さまの念押しにそう答えます。これは私の本心からの言葉。力なくして御役目など行えるはずもありません。
かつて、幼いころの私の世界は不思議で満ちていました。
てちてちと歩く手のひらの大きさほどの鬼たち、ゆらゆらと魚が空を泳ぎ、海栗がころころと地を転がり、兎はぺちゃぺちゃ喋っていたのです。
賑やかだった世界。しかし今の私には何も見えず、何も聞こえない。彼らは、どこへいってしまったのでしょうか。
「当然よ!」
「二十歳過ぎればただの人とは言うが……」
お母さまが憤慨したように叫び、お父さまが嘆息します。
「申し訳、ございませんでした」
これでもかつては倉木の神童なんて呼ばれていたのですけども。
『五で神童、十で天才、十五で秀才、二十歳過ぎればただの人』なんて言い回しがありますが、私は今十五、その才は言い回しの半分少々しか持たなかったのです。
例えばこれが学問や武術であれば、訓練によって才能を磨く、努力するということもできたでしょう。もちろん私も陰陽道の術の学習は怠りませんでしたし、霊力を高める修行は特に力を入れていました。
しかし、まるで底の抜けた器に水を注いでいるが如く。霊力を練っても、それはすぐに霧散してしまうのでした。
「倉橋子爵家も、桐花に継がせる」
「……っ……はい」
こちらの返事には少し時間を要しました。
覚悟は、していました。
ですが、倉橋の表の仕事を私が、御役目を桐花ちゃんが継ぐという未来もあったはずです。
そうあれば良い。せめて力なき私が桐花ちゃんの御役目を支えていければ。そのくらいには倉橋家の役に立てれば。そう願っていましたが、どうやらそれも叶わないようでした。
お父さまも、最初はその方向を検討してくれていたことは知っています。お母さまは反対のようでしたが。ただ、私自身の体調も決して良くない。先ほどもそうでしたが、立っていらないような眩暈や虚脱感に襲われることがあるのです。
これでは子爵家を継がせることもできないというのは、家長としては当然の判断でしょう。
お父さまは続けます。
「お前の許婚であった誠二君だが」
「……はいっ」
返事する声が掠れます。
「茉莉花との婚約を解消し、桐花の許婚とする」
誠二様は四条伯爵家のご次男で、倉橋の家に婿入りして下さるというお話でした。それ故に私と彼は幼い頃から許嫁の関係であったのですが……。
彼が婚約したのは倉橋茉莉花ではなく、次代の倉橋家を継ぐ者です。つまり、桐花ちゃんが家を継ぐのであれば、その婚約も挿げ替えられるのが当然なのです。
私は『はい』と肯定の言葉を口にしようとしました。ですが……。
「彼は……なんと……?」
「お見苦しいですよ!」
私が思わず発した問いかけに、お母さまが声をあげます。
そう、確かに見苦しい言葉でした。ですが私の視線は彷徨い、桐花ちゃんに。彼女は美しい笑みを変わらず浮かべたまま、私に謝罪の言葉を述べました。
「茉莉花お姉ちゃん、御免なさいね」
「いえ。桐花さんが……謝ることでは……ありません」
途切れ途切れに、なんとかそう言い切ることができました。
その後も、お父さまが色々と言葉を重ねましたが、それは私の頭に入ることはなく……。
その様子を見て、お父さまはため息を落としました。
「茉莉花、今日はもうよい。休むといい」
その言葉をなんとか聞き取った私は床に額をつけました。その途中、揺れる頭から落ちた雫が畳を濡らします。
「ありがとうございます……。お父さま」
私はそういって部屋を後にしました。
庭に下り、母屋に戻る途中で天を仰ぎ、息を整えます。
そこには月一つない闇夜が、私の頭上を押さえつけるように広がっていたのでした。
ξ˚⊿˚)ξ現実世界恋愛カテゴリ、日間4位ありがとうごさいます!
この作品の舞台は明治時代末の東京なので一応現実世界。ただし妖とかいるって感じです。よろしくお願いします。




