拠点「エヴァン村」
途中、蜜豆採取をしながら歩き続け、既に夕暮れ時……息は上がり足は重い……
多分、昨日自分が歩いた距離の五割増し位は歩いたと思う……もうダメだ……体力の無さを痛感した。
「レン兄って、本当に体力無かったんだね」
前を歩くアルティが苦笑しながら言う。
「見た目は立派な冒険者風なのになぁー。魔法使いの俺より体力無いってのは問題だね。レンヤ兄」
カルノスは揶揄う様に言ってくるが、反論のしようがない……
と言うか、もう休ませてほしい。
「もう少しですから頑張ってください。あと三十分もすれば村が見えてきますから」
レミィは優しく励ましてくれる。
「ふぅ~シンドイ……それにしても、少年二人はいいとして、レミィは女性なのに体力あるね。やっぱり鍛えてるの?」
「「「……」」」
ん? 何だろう?
「い、いえ……今は特別鍛えてるなんて事はないですね。私も森には薬草を取りによく入るのでそのせいかと……」
「そうなんだ……あれ、どうした? もしかして村が見えた⁉」
先を歩いていたアルティが立ち止まったのでそう思ったのだが、カルノスは何故か口元を抑えて顔を赤くしている。
「はぁ~…… うん、何となくそうだろうとは思ってたよ……まぁ仕方ないよね。こんな格好じゃ……」
そう言ってアルティは振り返りじとっとこちらを睨んでくる。
「何? 村じゃないの?」
何となく状況がおかしい気はするのだが……と少し困惑していたら、カルノスがいきなり笑い出した。
「ブハハハハ、やっぱりねっ……ハハッ、何となく……そうだと思った!」
そう言って、目に涙を浮かべながら笑っている。
「カル! 笑うなっ! ……レン兄に言っておく事があるんだけど……」
「何?」
「僕……これでも女の子なんだけど……」
そんな事を、顔を赤らめながら目の前の美少年が言ってくる……美少年が……
ああぁ……そう言う事か。理解した……よくある展開ですね……だから美少年に見えたのか……
「あ、うん……ごめん。そうだったのか……いや~少年にしてはキレイで可愛い顔してるなっとは思ったんだけど、その髪型に服装だったから……それに胸も見当たらなかったから美少年なんだと思ってた……ごめん」
そう頭を下げて謝る間も、カルノスは笑い続けていたし、レミィも顔を赤くして笑いを堪えていた。
「まぁ、動き易い格好が好きだから、男の子っぽい服装になるのは分かってるんだけどね。それにカルと一緒だと、僕の方が鍛えてるから余計に男の子っぽく見えるのかな」
その言葉にカルノスは笑うのを止め
「そっ、そんな事ないだろ! 俺の方が十分に男らしいじゃん!」
と猛抗議を始めた。
「そうかな~。身長も体格も殆ど変わらないよね? それにカルの方が細かい事をいつまでもグチグチ気にしてるし……明らかに僕より女々しいよね」
アルティはさっきまでのお返しとばかりに言い放った。それにレミィも同調する。
「それは当たってるわね」
「撤回しろー!」
カルノスは大きなリュックを背負ったままアルティに飛び掛かるが、簡単に躱されそのまま草むらに突っ込んだ。
アルティはそれを笑いながら見届け、そして自分へと走り寄ってきて、小声で
「僕の胸、見た目は全然だけど、触ると意外とあるんだよ。今度触ってみる?」
と悪戯っぽい笑みを浮かべ言ってきた。
おっとこれは、小悪魔の登場ですね。
犯罪者へと誘い社会的に抹殺する悪魔の囁きだ……と言い聞かせて丁重にお断りした。
アルティは少し不満そうな顔をしていたが、そのままカルノスの元に駆け寄り手を引いて助け起こし先を急ぐよっと歩き始めた。
すでに陽が大分傾いてきていて、暗くなる前に村に着くにはすこし急ぐ必要がある様だった。
自分も予想以上に疲労困憊している身体に鞭打って足を進める事にした。
そして太陽が山陰に隠れた頃、ようやくエヴァン村に到着した。
「着いたよ。ここが僕達の村、エヴァン村だよ」
「お疲れ様です」
アルティとレミィに言われ、ヘトヘトになりながらも顔を上げて村を見る。
そこには想像した以上の素晴らしい村があった。
自分達は村の北側に立ってい様だ。
その村の北側は今歩いてきた通り森が広がり、奥には湖と小川がある。その小川から道沿いに村に向けて水路が引かれ、そのまま村を囲む水路兼堀に流れ込んでいる。
その水路が南側の田畑と、東側の多分開墾中の土地に延びている。村を囲む堀の内側には腰ほどの高さの石垣があり、更にその上に生垣を作り防壁代わりにしている様だった。そして西側は山に向かって土地が高くなっておりそこにこの村で一番大きな石造りの教会の様な建物が見えた。
「森に囲まれた、水と木々の調和した村……。それに石造りの教会……まさにファンタジー世界に出てきそうな村の風景だ……」
そんな独り言を言いながら感動を噛み締めていた。
「さぁ、僕達の村を案内するよ」
「あ、俺はお祖父ちゃんに連絡して来るから先に行ってて」
「分かった。じゃ教会で」
そう言ってカルノスは先に一人走って行った。
村に入ってみると、森に囲まれてそんなに大きくは感じられない村なのに、予想以上に人で賑わっていた……さっきの開墾地もそうだが建築中の家がやたらと目に付く。
田舎への移住ブームなんだろうか?
そんな村の中を色々寄り道しながらアルティとレミィに案内され到着したのが、村の入り口から見えた石造りの教会だった。
近くで見ると教会の隣には巨木がそびえていて一層幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「おおぉー。近くで見ると凄いなこの教会は……」
「そう? 確かに古い教会ではあるけど」
「アルティ達は見慣れてるからだよ。この壁一面の彫刻とか、風雨や植物の侵食具合とか……いい味出してるよ……」
そんな事を言いながら教会に見惚れていた。
ヨーロッパ風の大理石やレンガ造りとは違い、砂岩を積み上げ彫刻を施したアジア的な雰囲気の漂う、煌びやかさは無くとも荘厳で歴史を感じさせる造り……イイね~。
「全体の造りは西洋の教会って感じだけど……外装はアンコールワット風に見えるのは壁のレリーフのせいかもしれないなぁ……」
そんな事を思い見渡していると、壁の彫刻の中に一つだけカエルの様な石像が飛び出していて、その口から大量の水が出ているのに気付いた。
噴水? と言うよりは排水口だろうか? そこから流れ出す大量の水はそのまま水路に繋がっている。どうやら先ほど通ってきた村のメインロード沿いにあった水路はココから始まっている様だった。
しかしこの水量は、教会の中に川でも流れているのかと思える量で中がどうなっているのか無茶苦茶興味を惹かれたのだが、
「レン兄、こっちだよ!」
「ちょっとこの中が気になるんだけど……」
そう言って教会の扉に向かう自分の腕をアルティががっしりと掴み
「明日から幾らでも見れるから! 今日はこっち!」
と強引に教会の隣のある建物の中に引っ張りこまれてしまったのだった。
その案内された建物の部屋には既にカルノスが居た。
「ちょっと遅い! どこ寄り道していたのさ⁉」
「いやぁ~レン兄が街並みをえらく気に入っちゃって……つい遅くなっちゃったんだよ」
「はぁ~⁉ そんなの明日にすればイイじゃん⁉ 俺が幾らでも案内してあげたのに! アルティだけずるいぞ!」
「これ! カルノス! 喧嘩は止めなさい。それに渡界者の方から見ればこの世界が物珍しいのは当たり前じゃろ。それを自分が一緒に回れなかったと言って駄々をこねるもんじゃないぞ」
「いやっ……別に駄々なんてこねてないし……ただちょっと遅すぎるんじゃないかと……」
カルノスは隣にいた初老の魔法使い風の男性に窘められ、顔を少し赤くしてそっぽを向いてしまった。
その姿を見て少し申し訳ない気持ちになった。
遅くなったのは自分が色々興味を引かれて、寄り道していたのが原因だったからな……後で謝っておこう。
そんなやり取りの後、まず挨拶してきたのが
「ようこそいらっしゃいました。渡界者様。私はレミィの祖母でこの教会で司祭をしておりますヨムグと申します」
と恭しく挨拶をしてきて、おもむろにこちらの手を握りしめてきた。
そして、この部屋に居並ぶ面々に向き直り
「ほれみ! 女神様の啓示は本当だったじゃろ! まだ耄碌してないよ!」
としきりに主張していた。
「……」
この人がレミィの御婆さんか。みんなも最初は信じていなかったみたいだし多分、ココに居るみんなにも啓示の事を信じてもらえず逆にボケ始めたのかと疑われていたんだろうな……お気の毒に。
そんな事を考えていたら、次に挨拶してきたのは禿げ上がった小太りの中年男性で
「いや~申し訳ない。つい司祭様の事を疑ってしまって……まさか本当に女神様の啓示があるなんて思いもしなくて。おっと失礼しました。私はこの村の村長でパルクと言います」
「それは仕方ない事じゃろ。最近のヨムグは物忘れがひどくなっておったからの」
そう相槌を打ってきたのは、先ほどカルノスを窘めていた初老の男性だ。
その言葉にヨムグ司祭がキッと睨みつける。
「私はゲンデル。しがない魔法使いで歴史学者でもあります。渡界者よ、ようこそこの世界へ」
そして最後の一人は白髭を蓄えずんぐり体形……見るからに『ドワーフ』そのものだ。
その姿に少し興奮していると
「儂はハイドワーフのギルじゃ。よろしくな。この村で鍛冶屋をやっておるから困った事があればいつでも相談に乗るぞ」
と挨拶された……
まさかハイドワーフとは。自分が得たこちらの世界の知識ではハイドワーフは自分たちの国を築きその外に殆ど出ないという事だったが……いきなり会えてしまった。
それで興味が湧き、ハイドワーフは人里でよく見かけるのか尋ねたところ
「ワシが変わり者でな。大昔に国を出て人間の中で鍛冶屋としてずっと暮らしとる」
との事……ハイドワーフやハイエルフ達の中で人里で暮らしている者は殆ど居ないという事だった。
やっぱり異世界に来たならドワーフやエルフには会ってみたい。その内のドワーフ、それもハイドワーフには会えた。次はエルフだよな……などと思考が脱線しかかっていたが、大事な事がまだだと気が付く
自分の自己紹介だ。
「自分は時の賢者様に呼ばれて来た結城連夜と言います。こちらでは渡界者という事になるのかな……よろしくお願いします」
その後は、取り敢えず賢者様から聞いた自分の目的と、それに関わるこの世界の問題を簡単に説明した。