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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第二章 日曜日
17/63

16 再び喫茶店(2)

 時計を見ると、時間は3時15分前。星野さんの弟さん、きっともうじき顔を出すよね。

 司くんはどうやらアルバイトの下準備が終わったみたい。ノートと辞書と参考書を閉じると、カウンターの上でトントンと立てて整えてから、ブックバンドでひとまとめにして、大きな鞄に放り込む。

 その様子を見て、莫さんが声をかける。


「タオ、コーヒーは?」

「ああ、頼むよ」


 莫さんは聞く前からもう用意していたみたいで、すぐにカップを出してきてコーヒーを注ぐ。


「サンキュ」


 ソーサーを莫さんから受け取ると、司くんは一口飲んでから、台の上に置く。


「バイトは何時からだい?」

「7時から」


 莫さんの質問にそう答えると、司くん、ちらりと腕時計に目を落とす。


「3時まえか……そろそろ星野さんの弟が戻ってくる頃かな? ここできょう会合があることは話してんの?」

「いや。そういうことは特に何も言ってない」


 莫さんは首を振る。


「2時間ほどしたら戻るっていう、京平からの伝言を伝えただけだよ」

「お京さん、どうしたのかな? なんかひどく慌ててたみたいだけど」

「電話の応対だと、誰かが怪我をしたとか、そんな感じだったね」

「カノンには関わりたくないとか言ってたんじゃなかったっけ?」

「どうだろうな。オーナーとは合わないと言っているが、同僚には結構頼りにされていたみたいだからね」

「もしお京さんがこのままカノンに行っちまって、戻ってこなかったらさ、俺がここ、手伝おうか」


 コーヒーを飲みながら、司くんが言った。


「ていっても平日の昼間は無理だけど、忙しいんだったら、土日だけでもさ。それか、夕方からとか」


 ちょうどレジに清算してもらいに来た人がいたので、莫さんは司くんには返事をせずにお客さんに応対して、それからテーブルを片付け、戻ってきてから言った。


「まあ、やめておけ」

「どうして?」

「家庭教師のバイトがあるんだろう?」

「曜日を変えてもらうよ。もし土日も夕方もってことだったら、家庭教の方は、それこそ代わりにやりたいってやつもいるしさ」

「家庭教師をやめてまでやるようなバイトでもないだろう。第一そんなに時給を出せないぞ」

「んなのわかってるよ。けどさ、全然知らないやつにも頼めないんだろ? 莫さんがいない時間に1人で店番ってことになればさ」

「ありがたい申し出だけど、やっぱり辞退しておこう」

「どうして?」


 司くんの質問に、莫さんはカップを洗いながら少し考えて、それからこう答えた。


「中にはクセのある客もいるからだよ。タオ、例えば仕事中に口説かれたらどうする?」

「いや別にキョーミねーからって断るし」

「断っても強引だったら? あるいはセクハラされたら?」

「セクハラって、ケツ触ってきたりだとか?」

「そうだね。あるいは直接……」


 何か言いかけた莫さんはそこであたしを見て、失礼、と言って言葉を濁した。司くんもあたしを見て、ヘンな話でごめんな、なんて言う。あたし、プルプルと首を振る。

 莫さんはゲイだから女の人とは多分付き合ったことなくて、司くんもお京さんに言わせれば勉強バカのオクテで、決まった交際相手ってこれまでいなかったみたいだから知らないのかもしれないけど、多分ガッコーなんかでの、クラスの女の子たちのおしゃべりを耳にすることがあれば、すごくびっくりするんじゃないかしら。先生のいない休み時間、ときとしてあたしたちの間では、トンデモな言葉が飛び交ってる。女の子って、自分のことを根掘り葉掘り聞かれたりとかはスゴク嫌だけど、下世話な言葉は結構知ってて、ぽんぽん使ってたりするのよ。特にうちは女子高だから、男子の視線を気にせずに済むのもあるしね。

 でも、そういうことって知らぬが花かな。そういうコたちだって、つきあってる相手の前では、そんなことおくびにも出さないしおらしい顔してんのかもしれないしね。う~ん、でもそのまんまかもしれないけど。どっちだろう。

 莫さんが、コーヒーのお代わりどうかな、って聞いてくる。あたし、お礼を言って、カップに注いでもらった。

 司くん、顔を上げて、莫さんに訊ねる。


「けどさ、んなセクハラしてくるようなやついるのか?」

「全くいないとは言えないね。良識的な人間が多数派だとは思うが、中には相手を見て態度を変えるようなやつもいる」

「理解できねえ……」


 莫さんの返事に、納得がいかないって顔で、司くんはつぶやく。


「女にセクハラする男っつーのも大概わかんねーけど、ゲイでそういうやつって、もっとわかんねーや」

「別にゲイでもストレートでも違いはないだろう。世の中いろいろな人間がいるわけだから」

「いやさ、男に女の気持ちはわかんねーじゃん。ていうか、変な話わかんねーよって環境の中で育つじゃん。だから、女の気持ちを考えてみようとか思わない男がいても、確かにそいつはアホだとは思うけど、アホで情けないやつだと思うけど、それでもどっかしょうがない部分があると思うんだよ。けど、同性が相手だと、もっとなんていうか、自分に置き換えて考えやすいような気がするんだけどな。それか、そういうやつってもしかして自分もセクハラされたいだとか?」

「いや、そういう人間は、そもそも自分に置き換えて考える必要がある相手だと思っていないからするんだと思うね。そいつ自身、他者との力関係だけに気をとられて生きているから、相手を自分よりも弱者とみなしたら、その時点で相手が呆れようが腹を立てようが全く気にならなくなる。相手が傷ついても自分は傷つかないわけだからね。会社で部下の女性にセクハラするような上司はそういうタイプだね。中には自分に対して相手がどう考えるかとか、そもそも回路の中にないような奴もいるにはいるが、そういう人間は社会人としてうまくやっていけない。そうじゃなくて、相手を値踏みするんだ。軽く見てもいい相手かどうかを見るのさ。それはセクシュアリティの問題とは無関係だと思うよ」

「ふーん」


 司くんは釈然としないといった顔。


「俺、なんとなくだけどゲイってもっと対等なんだと思ってた」

「それは一種の幻想だよ、タオ」


 苦笑気味に、莫さんは言う。


「もちろん対等な人間関係を望むゲイもいると思うが、それは対等な関係を望むヘテロ・セクシュアルの男女と何も変わらないと私は思うね」

「莫さんはセクハラされたことあんの?」

「さあ、どうだろうな」


 司くんの質問に、莫さんは笑って答えない。


「私のことはともかく、タオ、君は見るからに非力そうだからね」

「莫さんさ、家にダンベルとか置いてあるじゃん? 結構重いやつ。俺、筋肉つけたほうが男にモテるとかそういう理由で身体を鍛えるのかな、なんて単純に思ってたんだけど、裏にそういうオソロシイ状況ってあるわけ? 非力だと軽く見られるとかさ」

「どっちだと思う?」


 ちょっとぶしつけかもしれない司くんの質問に対して、莫さんはおもしろがっているような顔で、そう聞き返した。

 反対に、司くんは真剣な顔で考え込んだ。


「ダンベルで少々筋肉をつけてもどのみち脱がなきゃ相手にはいまいち見えないわけだし、モテるかどうかはあんまり関係ないかな。どっちかっていうと実用面での動機なわけか」

「誤解のないように言っておくが、そういうやつが多数派だと言っているわけじゃないよ。ただ、そういうやつは、自分の優位性が揺らぐような相手にはちょっかい出してこない。カノンのオーナーも京平の話を聞いた感じだと、どうやらそういうタイプらしいね。僕の印象では、腰の低い慇懃な人物だったんだが」


 2人の会話をききながらあたし、鍛えた身体って別に脱がなきゃ見えないってわけでもないんじゃないかなんて、至極どうでもいいことを考えてた。胸筋が強調されるような服って割とある。タンクトップとか、サイズ小さめのピチピチTシャツとか。けど莫さんはそういうのは着なさそう。スタンドカラーのコットンシャツでボトムはツータックで、どっちかっていうとストイックなファッションだと思う。フリーダムなお京さんと対極だよね。

 試しにあたし、フレディマーキュリーみたいなスタイルの莫さんを想像してみた。うわあ。見た目のゲイ度が十割増しぐらいになりそう。でもやらないんだろうな。


「けど、莫さんさ、俺だとだめなのに、なんでお京さんには店番頼めるの?」

「ふむ」


 司くんの言葉に対して莫さん、考えをまとめるように自分のあごを撫でて、


「京平はあれで客あしらいが結構うまいからね」

「けど、非力って点では、俺よりもっとかもよ?」

「それはどうだろう」


 莫さんは首をかしげる。うん。お京さんは男性にしては線が細いと思うけど、客観的に見て、司くんの方が華奢だよね。首とかが細くて手足が長い。全体的に体重が軽そう。そして、梓もそうだけど、顔が小さくて、とても綺麗な8頭身。


「うーん、俺も見た目ほど力がないってわけじゃないんだけどな。中型免許取るために鍛えたし、フツーに運動とかもしてると思うんだけど、なんでかな、ガタイがよくならないっていうの?」


 司くんの言葉に、莫さんは微笑んだ。


「タオの場合は、骨がまだ出来上がってないんだ。まだ、身長伸びてるだろう? 20歳過ぎても伸びるやつは伸びるから。身長がストップしたら、今度はちゃんと体格も出来上がってくる。気長に待てばいいんだ。適度な運動は続けながらね」


 ゆっくりと言い諭すような、優しい口調で莫さんはそう言った。口数が少ないっていうか、どちらかというとそっけない印象だったけど、そういうわけでもないみたい。打ち解ければ意外と話しやすい人かもしれないね。相手が司くんだからなのかもしれないけど。


「司くん、まだ身長伸びてる?」

「うん」


 あたしの質問に、司くんは頷いた。


「中学の時、俺、あんまり背が伸びなかったの。高校に入ってからそこそこ伸び始めて、まだ止まってない」

「うらやましいな。あたし、もう少し高くなるかと思ってたんだけど、もう止まっちゃったよ」


 あたし、小学校、中学校を通じて、クラスで一番ちびっちゃかった。高校1年の時はまだ少し伸びてたから、ひょっとしてクラスメートの平均身長ぐらいには追いつけるかと一時、期待したんだけど、はかない夢だったのよ。今だって全然ちびっこだし、万年中学生のまま。


「女の子の方が、平均すると、成長がストップする時期が早いっていうね」


 そう、莫さんは言った。


「でも、高い低いは個性だから、どのみち気にすることでもないと私は思うが」


 まあね。それは正論。自分の意志でコントロールできる体重と違って、身長はある意味不可抗力だもんね。でもそれ、雑踏で目立つぐらい背の高い人に言われても、もう1つすっきりしないもんよ。

 すっきりしないあたしに、司くんは追いうちをかけるように、無神経なことを言う。


「莫さんと鞠乃ちゃんが並ぶと、まるで大人と子供だよな。身長差、30cm以上ありそう」

「うん。だからあたし、背の高い男の人って好きじゃない」


 反抗的に、思わずそう答えてから、一応フォローする。


「あ、もちろん一緒に並んで歩くとか……おつきあいするとしたらの話だよ。単にタイプじゃないって意味だから……目線が合わないのって、圧迫感があって、なんか窮屈でしょ?」


 莫さんがあたしを見て笑った。無愛想に見えた第一印象よりずっと気さくな人だって、だんだんイメージが変わってきてたところだったけど、直接こっちを見て笑ったのって初めて。ちょっと戸惑って見返すあたしに、莫さんは言った。


「以前、京平が似たような意味のことを言ってたな。並んで歩くときに、目線が同じぐらいの相手っていうのが理想的なんだとか」

「うんうん。それってスゴクわかる」


 あたしが頷くと、莫さんは司くんに向かって、からかうような口調で言った。


「タオ、それ以上背が伸びるとヤバいんじゃないか?」

「何がだよ」

「鞠乃さんに相手にされなくなるぞ」


 言われて司くん、ちらりとこちらを見る。


「いや、今だって別に相手にされてないと思うし」

「そうなのかい?」

「ん……、きょう昼間、話の流れで、つい勢いで、俺とつきあってよって言っちまったの」

 

司くんの言葉に莫さん、ヒュウ、と口笛を吹く。


「で、玉砕したとこ」

「おやおや」

「ていうかさ、出会ったばっかでロクに知りもしないのにつきあってくれだなんて信じられないとか言われて、怒られちゃったよ」


 司くん、昼間の出来事を、さらりと莫さんに話してしまう。あたし、思わず顔を上げて、司くんを見た。あのときのあたしの言い方、きっと刺々しかったよね。あたしの言葉の棘、司くんにまだ刺さったままなのかな?

 でも、司くんはそんなあたしを見返して、にこりと笑う。


「でさ、後で思い返して、鞠乃ちゃんが言ったのってもっともだと思ってるとこ。1日や2日で相手のことわかったような気になるなんて、不遜だよな」


 そして司くん、こう言い加えた。


「もしかして俺、鞠乃ちゃんのこと、すげーとんでもねー誤解してるかもしれないしさ」

「そんなことないと思うけど」


 あたし、慌てて首を振りながら、お京さんの言ってた平島さんって人の話を思い出してた。司くんが思い直してくれたのって、あの人の言ってたことを、司くんが聞いたせいかな?


「あたし、あのとき言い過ぎたかもしれないね」

「いや、俺、今なんか妙に納得してんの。一朝一夕で相手のことが理解できるわけでもないし、まして、誰かの代わりになんて、簡単になれるもんじゃないよね」


 司くんは別に莫さんに片思いしてるわけじゃないだろうけど、それでも何か思い当るふしがあったのかもしれないね。

 多分、莫さんには今の話は見えてなかったと思う。でも、そういうときは、口をさしはさまない人みたい。黙ってグラスを乾燥機の中に並べてる。

 その莫さんに、司くんは思い出したように言った。


「でさ、手伝いの件だけど、考えすぎじゃねーか? ここ、バーでもなんでもなくって、ただの喫茶店だろ」

「客の半分以上がゲイだがね」


 莫さんは後ろの壁にもたれて足を組む。


「都心から少々離れた場所にあるコミュニティとして、そこそこ機能している場所だから、無くしてしまいたくはないんだが──やはり君には荷が勝ちすぎる気がする。それなりに場慣れしたやつじゃないと」

「あーあ、要するに俺、信用ないわけね」


 司くんの言葉に、莫さんは人の悪い笑みを浮かべて頷いた。


「まあ、そういうことだ」

「ちぇっ」

「まだ京平がカノンに行ってしまうと決まったわけじゃない。それに、そんなに長い時間バイトしてると、本分の勉強の方がおろそかになってしまうだろう」

「バイトも立派な社会勉強。家庭教師で年下の子供と話をしてても、こっちの勉強にはあんまりなんないわけ。確かに時給はいいんだけどさ」

「家庭教師って、中学生? 高校生?」


 ふと気になって、あたし聞いた。子供って司くんが言ったから、ひょっとして小学生ってこともあるかも。


「高校生だよ。S高の2年」

「あ、あたしと同じ学年。でもS高っていったらこのへんで1、2を争う進学校じゃない。頭いいんだー」

「うん。でも、ぼーっとした子だよ。鞠乃ちゃんの方が全然しっかりしてる」

「え? そうなの?」


 あたし、しっかりしてるとか、あんまり人からいわれたことがないから、びっくりして司くんを見返した。それにあたし、勉強はあんまり好きじゃなくて、成績だって今の学校で、中っくらいなんだよ。現国と古文だけは自信あるんだけど、数学がまるでわかんなくって、いつも泣いてる。


「あたし、全然しっかりしてないんだけど」

「でも、話してて楽しいっていうの? 鞠乃ちゃん、自分できちんと考えてるって感じがして、言ってることがこっちにちゃんと響いてくるよ。教えてる子は、なんていうのかさ、自分であんまり考えようとかしない子なんだ。こっちがカリキュラム組んでスケジュール決めて細かく指示してやれば、その通りにやるんだけど、ここがわからないとかここが苦手な部分だとかいうのも自分で把握しようとしないし、やる気があるんだかないんだかいまいちわかんなくってさ。それでも一応、教えている科目の成績は上がってるからって家の人にはいわれてて、なんか手ごたえが今ひとつだなとか思いつつ続けさせてもらってんだけど」

「ん、でも、勉強のこととなると、あたし、きっとその子よりもっとずっとダメダメだと思う」

「勉強のことだけじゃなくてさ。こっちはただの大学生だっていうのに、先生の言うことだからって、どんなことでも深く考えずに丸呑みしてしまうようなタイプ。気をつけなきゃ、ヘンに影響与えそうでなんか怖いよ」

「女の子?」

「うん、女の子」

「教えてるのは英語と数学?」


 司くんは頷いた。


「それと国語も」


 司くんはどっちかっていうと厳しいタイプの先生だね。生徒に対する要求水準が高い。自分で自分の苦手を把握するってなかなか難しいと思う。

 あと、先生って割とそういう職業だとも思う。その人そのものよりすごい人みたいに見られて尊敬されたり信頼されたり依存されたり。その子が妄信的なのってそういう先生効果のせいもあると思うの。あたしがしっかりしてるわけでは、別にないと思うよ。


 司くんとあたしがたわいもない話をしているうちに、続けて何人かのお客さんが入ってきて、莫さんは注文を取るためにカウンターを出る。修ちゃんの弟さんは、まだ現れない。ミーティングに参加する人たちが早めに来てるのかな? テーブル越しにさかんにおしゃべりが飛び交って、お店の中は、さっきからずいぶんざわざわとしはじめていた。

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