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BECAUSE YOU ALWAYS STAND BY ME  作者: 古蔦瑠璃
第二章 日曜日
16/63

15 再び喫茶店(1)

 水曜日に来た喫茶店に、あたしたちは戻ってきていた。帰りはあたし、お京さんの運転する車に乗せてもらって、司くんはバイクで。タンデムでなければバイクでも高速に乗れるとかで、帰りの方がずっと早かった。高速は景色が変わらないから、ドライブって意味だとつまんないけどね。車はマツダのセダンタイプ。3ナンバーではないけど車体は結構大きくて安定してる。お京さん自身は車を持っていないから、横浜までお墓参りにいくために莫さんの車を借りてきそう。

 星野さんの家族に突き返されたっていう花束は、お店で水を張ったバケツに突っ込んだ。あとで莫さんが持って帰って自宅に生けるそう。


 帰ってきたはいいけどお京さん、お店を手伝う気ははなっからないらしくて、カウンター席に座ったまま、あーあ、なんてため息をついてる。


「もう、最悪。カノンのオーナーだけには知られたくなかったのにさ、あたしがこっち、帰ってきてるってこと」


 お京さん、携帯を持つのは半年ぶりなんだって。インドに行くときに、アパートやら何やらと一緒に、携帯も処分してしまってたんだって。

 携帯どころか電話もロクに使わない生活が続いた後で、しかも機種もメーカーも変えたから、新しいのの使い勝手がよくわからなくて、戸惑ってるところなんだって。

 新しい番号もアドレスもまだ数えるほどの相手にしか教えてない。(その数えるほどの相手の1人になぜかあたしも入ってるんだけど) だから星野さんの弟さんは、お京さんと連絡が取りたくても連絡先がわからなくて、共通の知人として聞いていた連絡先をあちこち当たって電話したらしい。

 そして、カットハウス『カノン』のオーナーがここを教えてくれたといって、莫さんのところに連絡が来た。

 いったんお店に顔を出した弟さん、2時間ほど遅れるといったお京さんの伝言を聞いて、どこかで時間をつぶしてからまた来ますと言って、出て行ってしまったそう。

 あたしたちは莫さんからそのいきさつを聞いたところだった。


「カノンから連絡がありそうで、憂鬱だわ。お店に戻ってこいとかいってさ」

「ああ、それなんだが、さっき問い合わせの電話があったよ。京平が戻ってきてるなら、連絡がほしいそうだ」


 莫さんは、ほら、と言って、連絡先を書いた紙をお京さんの前に置く。


「京平の予想通り復職の話だとは思うが、受ける気がないなら自分できちんと断れよ」

「やなこった!」


 即座にお京さんはそう答える。メモは受け取る気がないみたい。


「だいたい莫、電話してきても中継ぎはしないでってこの前念を押したはずでしょ?」

「悪かったね」


 そう、莫さんは肩を竦めて、


「この店の手伝いを京平に頼んだことは話したんだが、向こうもベテランが2人辞めたばかりで困っているらしい。こっちには代わりに若いのを寄こすから、京平は譲ってくれないかと言われたよ」

「譲れとかいってねえ、あたしは物じゃないんですからね!」


 ふんっ、と、鼻息も荒く、お京さんはそう答える。


「そもそも若いのを寄こすって、どこからどーやって調達する気でいるのよ」

「さあ。だが、こちらとしてはそこまで言われてどうでも京平でなければならない理由はないわけだからね」

「オーナーに言ってやんなさいよ。あたしは美容師としても超一流だけど、そんじょそこらのやつらにはおよびもつかないぐらいおいしいコーヒーを淹れるんだからって」

「そうなのかい?」


 莫さんはおかしそうにそう言った。


「その辺は全く期待してなかったんだがな」

「そぉね、実はあたし、サイフォンは使ったことないんだけど」

「ドリップ式より簡単だよ。器具の手入れさえ怠らなければ」

「そーなの? やってみようかな」


 立ち上がりかけたお京さんを、莫さんは手で制して、


「それよりもまず、カノンのオーナーにコールバックしろよ。ここで働く以上、どのみち向こうからかかってきたら逃げようがないんだぞ」

「失礼ねっ。別に逃げてるわけじゃないわよ。あいつと話してるとムカムカしてくるだけ。声聞くだけで虫唾が走るの」


 お京さん、ぷんぷんしながら携帯を取り出しかけて、思い直した様子で莫さんに尋ねる。


「ねえ、お店の電話貸してくれる? 新しい携帯の番号あいつに知られたくないから。非通知で掛けるのもなんだかだしさ」

「ああ、どうぞ」


 お京さんは、莫さんが差し出したコードレスの電話を受け取ると、ちらりとメモに目を落として、別に番号変わってないじゃない、とかつぶやきながら電話をかける。

 あたしは莫さんにブルマン(コーヒー初心者にはクセがなくって飲みやすいって言われた)を淹れてもらって、おっかなびっくり飲んでるところ。

 横浜で飲茶もしくはステーキの予定だったんだけど、休日の混んでるお店で順番を待ってたら、2時間で莫さんのところに戻れるかわからないっていうんで、最初にお京さんが言っていたイタリアンのお店で、『本日のランチ』を3人で取った。司くんは飲茶に未練があったらしく、今度また梓ねーちゃんも誘ってみんなで中華食べに来よう、とか言ってたけど。


 借りていた服を返したらあたしは帰るつもりだったんだけど、お京さんに引きとめられたの。

 1人にしないで。できたら修ちゃんの弟に一緒に会って。お願いっ!て言いながら、お京さん両手を合わせてあたしを拝んできた。どうして? 司くんだって、莫さんだっているじゃない、ってそのときは内心思ったけど、こうしてお店でコーヒー飲みながら莫さんの話を聞いていたら、お京さんがあたしを引きとめたわけがわかった。

 あのね、きょうはここ、4時から貸し切りになるんだって。

 莫さんとお京さんの共通のお友達の1人が主催する、ゲイのためのミーティングがここであるの。わりかしマジメな集まりで、月に1度ぐらいのペースで定例会を開いてるんだって。

 定例会っていっても、もちろん飛び入り参加だってできるんだけど、星野さんの弟さんはごく平均的なストレートの男性で、そんなところにいきなり混ざったってしかたがない。だからお店の奥のプライベートスペースで会うか、どこか他の場所に行ってお話しするしかないわけ。

 一対一は気詰まりだから嫌だ。でも、司くん1人についてきてもらうのだと、新しい恋人だって誤解されそうでそれもまた気が進まないんだって。

 さしもの司くんも、誤解されてもいーじゃんとは言わなかった。逆に、俺からも頼むよ、なんて言われちゃった。パートナーと死別したばかりなのに、そういう風に簡単に新しい相手とつきあってる軽い人間だ、みたいに星野さんの家族に思われたくないってお京さんの気持ち、すごくわかるし、だからあたしも断れなかった。これからあたしと司くんの2人で、星野さんの弟さんとお京さんの会見に立ち会う予定なの。


 司くんはカウンターの一番隅っこの席に座って、さっきから参考書と首っ引きでノートに何か書き込んでる。夜に家庭教師のアルバイトがあるんだって。その下準備がまだ終わってなかったとかで、真剣な表情でテキストをめくってる。

 お店はそこそこ混んでいて、7つあるテーブル席のうち、5つが埋まってる。莫さんはコーヒー淹れたりチョコレートパフェこさえたりと、結構忙しそうだけど、せかせかしない人なのね。決して慌てず、けど手際よく注文されたものを作っていく。カウンターの向こうはすっきりと整頓されて、広々としてる。ごちゃごちゃした自分ちのキッチンと対照的だなぁ、なんて思いながら、あたし、ぼーっと眺めてた。

 お店の中は、適度にざわついてるけど、甲高いお京さんの声はよく響く。


「藤永と申しますが。……えっ? あんたカオリちゃんね? ……あたしの帰国? ええ、ちょうど一週間前よ。ご無沙汰してますじゃないわよ。あんたまだそこ辞めてなかったの? もっと条件のいいところ、探せばごまんとあるはずよ。なんていったって、あんたまだ若いんだから。オーナーいる?……ええっ! なんですって?!」


 あたしと司くんが同時に振り向くぐらい大きな声で、お京さん、叫んだ。


「それって今?……病院は? もう行ったの?……ダメよ。すぐ救急車呼ばなきゃ。……人が変わってんじゃないのよ。もともとあいつはああいう性格なの。でもダメよ。病院には連れて行かなきゃダメ。……もう。わかったわよ。あたしが何とかする。これから行くから待ってて!」


 お京さんはそういうと、ばんっ!と両手をついて椅子を立つ。そのまま手を伸ばして、ガチャン!と音を立てて、電話機をカウンターの内側のもとあった場所に戻した。


「莫、あたしこれからカノンに出かけてくるわ。悪いけど、守ちゃんが来たら伝えてくれない? 急用ができて戻って来れないからきょうはもう帰るようにって」


 それからお京さんは、あたしと司くんの方に振り返って言った。


「鞠乃ちゃん、引き止めて悪かったわ。送っていけないけどごめんなさいね」


 事情はわからないけど、すぐにもお店を飛び出していきそうなお京さんに、あたし、急いでお礼を言った。


「いいえ。それよりもきょうはありがとうございました」

「また遊びに来てね、鞠乃ちゃん。タオ、あたしの代わりに鞠乃ちゃんを送っていってね」

「なんかあったの?」


 顔を上げて聞き返した司くんに、お京さんは早口で返した。


「あとで説明する。それと莫、車もう一度貸してくれない?」

「あせってぶつけるなよ」


 言いながら莫さんは、お京さんにキーを投げて寄こす。

 お京さんはぱしっとキーを受け取ると、あとで説明するから、とそれだけ繰り返して、急ぎ足でお店を出ていってしまった。

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