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大狼王子、血塗れ王子と対立する 3

 荷馬車と旅人は、北の関所門を通されていた。見張りの騎士の受け答えが不審なものだったので、僕は騎士団小隊長ビアーと、騎士パーズと共に荷馬車と旅人を追うことにした。


「レクス王子、抜き打ち視察とは相変わらず人が悪いですね。あいつらは、あとでゆっくりと尋問しておきます」


 ビアーが愉快そうに笑う。パーズは不安げ。二人とも僕が生まれる以前より、この地で働いてくれている。この世代の騎士達は、忠誠心が高くて、熱心に働いてくれるので、とても信頼出来る。


 北の関所門の見張りをしていた騎士は、賄賂を受け取り、怪しい者達と荷馬車を街の外へ出した。尋問は、優しいものではないかもしれない。この国の古くからの騎士は、忠誠心が高いが、裏切りには手厳しい。ビアーも普段は飄々としているけれど、怒らせると恐ろしい。


「レクス王子、フィズ様と同じで街中を観察するのは良いことですが……これはやり過ぎです。私達に任せてお戻り下さい」


「パーズ、俺がいる。賄賂を渡して違法に国から出た奴を見たくないか? 大手柄だ。待ってろ副隊長の椅子! レクス王子、しかとその目で見て、フィズ様に俺を推薦して下さいね!」


 馬で並走しながら、ビアーが叫ぶ。僕の馬よりも先へと進む。パーズも速度を上げた。僕も馬を蹴る。不審者達を逃す訳にはいかない。丘を登っていく荷馬車の速度はそんなに早くない。僕達に気がついていないのだろう。


「そこの荷馬車! 止まれ! さもなければ撃つ!」


 さもなければ、と言ったのにビアーは弓を放った。荷馬車を越えた矢が、大きな弧を描いて落下。荷馬車の動きが遅くなる。


「警告する! 手荒に逮捕されたくなければ取り調べに応じろ!」


 ビアーの叫びに、荷馬車は停止した。僕達の馬はみるみる荷馬車へ近づいていく。


「取り調べとはどういうことですか?」


 低い男の声。停止した荷馬車の荷台から、灰色の法衣の者が降りてきた。三人だ。それから操縦席の方から二人。フードを外した彼等に、軽く会釈をされた。厳つい中年。他の者はフードを被ったまま。彼は僕を見て、ほんの少し目を丸めた。僕の素性を知っているのかもしれない。


「すみません。抜き打ち調査です。定期的に行っていまして。へえ、僕が誰だか分かるのですね」


 僕は馬に乗ったまま、中年を見下ろす。彼からも、まだフードを被ったままの者からも、敵対心をヒシヒシと感じる。


「……。ええ。大変な有名人でございます。レクス王子様。お会いできて光栄ですが、調査は勘弁して下さい。こちらの荷は、ジョン王太子陛下の私物でございます。私ども運び屋は中身を見るなと言われております」


 一瞬、僕を知っているか答えるのを躊躇っていた。それに、刺々しい目付き。運び屋だというのは嘘だろう。


「運び屋? その顔、ドメキア城で見た事があります。その時は、騎士の腕章をしていたかと」


 ハッタリにどう反応するか……変化はない。当たりだな。違うなら多少は狼狽を見せる。騎士かはともかく、こいつはジョン王太子と繋がっている。


「騎士? まさか、私が? 天空城など、見た事もございません」


 中年の顔色はあまり変化がない。益々おかしい。肝が据わり過ぎだ。単に荷物を運ぶ者なら、もっと怯える。僕の前にビアーとパーズの馬が出ていった。ビアーに目配せされ、小さく頷く。


「パーズ、積荷をほんの少し確認してくれ」


「イエッサー、レクス王子」


 パーズが馬から飛び降り、荷馬車の荷台へと近寄る。ビアーは鞘から抜いた剣で全員を威嚇中。


「レクス王子様! 私達は手打ちにされたくありません!」


「運び屋は見なくてよろしい。運び屋()見てはならないからな。背を向けていなさい。私達は仕事だ。チラリと確認したらそれで終わり。国の関所を堂々と出た荷馬車に不審物があるとは思っていない」


 僕はなるべく爽やかに見えるだろう笑顔を浮かべた。


「パーズ、確かに彼等が誤解されたら困る。運び屋よ、口頭でも良い。依頼物は何だ?」


 中年はやはり冷静そのもの。内心、少しは焦っているだろうけれど、態度に出さな過ぎ。僕の提案に安堵する、不審がる。普通、そんな風にもっと何かしらの反応をする。


「……。紅茶と染物の衣服でございます。どちらも流星国の名産品です」


「見るなと言われているのに品物が何か分かるのか。僕の知るジョン王太子は、秘密主義。背に乗る責務が多く、周りに些細なことでも弱点を見せたくない。そういうお方なのに妙だな」


 僕は馬から降りた。中年に近寄る。笑顔を心掛ける。僕は若いので、睨んでも無駄。微笑んでいた方が、相手に威圧感を与えられる。思惑通り、彼は僅かに苛立ちを見せた。


「いえ、依頼物は紅茶と染物の衣服です。ただし、中身は見ていないので知りません。それに、ジョン王太子からだと言ってきた男が、王太子殿下の従者なのかも分かりません」


「ペラペラと良く回る口だ。しかし、我が国の関所で作成される輸出証明書を出せば済む話。まあ、無いのは分かっている。パーズ、やれ」


 パーズが僕の命令に従い、積荷の中を覗こうとした。瞬間、中年の拳が僕に伸びて来た。軽く避ける。


「逃げるぞ!」


 中年が叫ぶと、周りの者も次々と襲いかかってきた。これで正当防衛が成立。僕は腰に下げた鞘から剣を抜いた。中年を蹴り飛ばし、瞬時に喉へ剣先を突き付ける。


「は、速っ……」


 中年が呟いた時、僕は彼の胸元を掴み地面に押し倒した。そのままの勢いで剣を肩に突き刺す。悲鳴を無視して、立ち上がった。返り血を浴びたくないので、さっとどく。視界の端で、ビアーが三人をのしているのは確認済み。


 残るは一人。


「下がれ! この子を殺すぞ!」


 法衣の男が荷馬車の積荷の前で、五、六歳の女の子を後ろから羽交い締め。女の子は猿ぐつわをされている。体には縄。これは、予想外の積荷。卑劣過ぎる行為に、頭に血がのぼる。腰に付けてあるナイフを手にして、彼の腕目掛けて投げた。同時に地を蹴る。


「痛っ!」


 狙い通り、手の甲に命中。後はこの隙を突く。


「子供に何て真似をするんだ!」


 女の子の体を、法衣の男から引き剥がす。そのまま彼の腕を掴み、背負い投げで地面に叩きつけた。


「レクス、頭を下げて!」


 この声、セレーネ? 僕は素直に体を折った。セレーネの足が僕の頭上を掠める。同時に、彼女の足が中年の首にぶつかるのが見えた。


「レクスに何をするのよ! このオーガ!」


 一瞬、セレーネの白いワンピースと腰に巻いているショールが翻り、下着が見えてしまった。慌てて眼を目を逸らす。見たいけれど、決して見てはいけない。


「セ、セレーネ! しゅ、淑女が淫らな姿を見せるものではない!」


「へっ? い、いやあ! 貴方のせいよ!」


 悲鳴を上げると、セレーネはスカートの裾を押さえながら、地面に倒れる中年男に飛びかかった。馬乗りになり、腕を振り上げる。パァァン! という乾いた殴打の音が響き渡った。


「向こうの人達も捕まえたわよ! この人攫いのオーガ! 親切な国になんて事をするのよ!」


 オーガ? 先程も聞いた。オーガとは、古い言葉で怪物とか化物という意味だった筈。セレーネが中年男の胸倉を掴みグラグラと揺らした。彼は白目を向いて気絶している。


「レクス王子……」


 パーズが荷馬車の荷台を見えるように、出入り口の布を広げた。ビアーが「うわあ……」と呻く。


 荷台に、若い女性数人と女の子が数人。全員縄で縛られて猿ぐつわ。顔に痣がある者もいる。


 これがジョン王太子の命令なら、かなり厄介。ジョン王太子はトカゲの尻尾を切るだろう。彼の仕業だという証拠は無い。僕は彼女達を解放しながら、どうしたものかと思案した。

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