大狼王子、血塗れ王子と対立する 2
【城下街】
エリニスの目付け監視役、流星国の準騎士ヴァルの二人でジョン王太子とエリニス一行を影から観察。もう間も無く、太陽が頭上まで登る。
「今のところ、街娘を侍らせて、エリニス王子のおだてに機嫌を良くしていますね」
「ああ。レストランに入るみたいだ」
エリニスから、目配せとさり気ない手振りで、一旦監視から離れて良いと伝えられた。
「サンドイッチか何か、手に持って食べられるものを買いに行こう。エリニスが、そのくらいなら離れても良いと」
「相変わらず、二人とも目敏いし、以心伝心ですね。俺にはエリニス王子からの合図は分かりませんでした」
ヴァルは肩を揺らし、少しムッとした。多分、自分に対してだ。ヴァルは僕と同じく、幼い頃からエリニスの背中を追い続けている。
「サッと買い出しに行こう」
ヴァルを促して、大通りと反対側へ進もうとした時、ストンと影が落下してきた。
「レクス、こんなところで何をしているの?」
セレーネ! 出会った日と同じ白いワンピースに、僕が贈った流星国の染物のショールを腰に巻いている。顔を見た途端、僕の体温は急上昇。それから、脳裏に「もしや別れを言いにきた?」という疑問が過った。
「セ、セレーネ。あ、あの……昨夜はお父上と話した後、ラスティニアン秘書の世話になったようだけど……」
「お父さんと一緒に、ハンナさんやラスさんに挨拶をしたのよ。まだお世話になるから。王様やお妃様は忙しいし、お父さんもまたすぐ出掛けるって行ってしまったわ。お父さん、私達の様子を確認に来てくれたの」
柔らかな笑顔のセレーネに顔を覗き込まれ、僕は一瞬見惚れてしまった。屈託の無い笑みはやっぱり可愛い……。
「レクス王子」
ヴァルに咎めるような声で囁かれ、慌てた。これか、僕がセレーネにデレデレだというのは。自分でもぼんやりしてしまったと自覚出来ている。
「お父さん、レクスにも挨拶する予定だったけど、あの後レクスはもう屋上にいなくて……。うんとお世話になっているのに、ごめんなさい。お父さんからお礼の手紙を預かってあるわ」
斜め掛けにしている鞄から、セレーネが手紙を取り出す。白い縦長の封筒。大陸中央辺りで使われているものだ。受け取って、中身を取り出す。便箋ではなく折りたたまれた半紙だった。
【娘に手を出す前に挨拶に来い。先に手を出したり、娘に相応しくない男の場合、頭蓋骨粉砕する】
……。
怖っ! お礼じゃなくて脅迫状じゃないか! 僕が開いた半紙を、ヴァルも覗き込んでいて「あー……」と何とも言えない声を出した。
「セレーネ、君のお父上は今どこに?」
「本殿? に行くと言っていたわ。北にあるそうなの。お父さん、いつも忙しいのよね」
少し呆れ気味な声だけど、セレーネの瞳には義父に対する親愛が滲んでいる。キラキラと輝くその色に、僕は羨望を感じた。この眼差しを自分に向けてくれたら誇らしい。
「そうか。僕は君のお父上に良い男だと認められたい。どういう者なら、お父上は気に入ってくれるかい?」
「ぶほっ。レクス王子、レクス王子。ちょっと」
その台詞は……とヴァルがゴニョゴニョ言ってきた。セレーネはうーん、と唸っている。
「煩いヴァル。これはとても大切な事だ。セレーネに求婚するなら、お父上に良い評価をもらわないとならない」
小声でヴァルに囁く。ヴァルはポカンと口を開いて固まってしまった。
「僕はエルリックとニールに指摘され自覚した。あとはひたすら励むだけだ」
ボーッとしながら、ヴァルはコクコクと首を縦に振る。その後、ニッと笑い僕を肘で小突いてきた。
「レクス、今何か言った? 煩くて……頭が割れそう。煩いわね! 今、レクスと話しているの! パピス! バルペンス! バングイス!」
突然、セレーネが憤慨というように怒り出した。怒り顔はあまり可愛くない。こういう顔を自分に向けられるのは嫌だ。セレーネを怒らせないようにしよう。
「セレーネ?」
「ご、ごめんなさい。それで、何の話だったかしら?」
セレーネは僕ではなく、ヴァルを見た。彼女はどう見ても怯えている。両手を握りしめ、後退りしそうな気配。ヴァルは不審そうな目をしている。
「あー……ヴァル、彼女は偉大な事に神様の遣いとか精霊とかから少し話しかけられるらしいんだ。エリニスみたいに」
目を丸めるヴァルとセレーネ。ヴァルは驚愕という様子で僕を見て、セレーネを見て、また僕を見た。その時、ウォンというフェンリスの吠えが聞こえてきた。上からだ。見上げると、建物の屋根の上にフェンリスの影。逆光で真っ黒に見える毛並みが、逆立つように揺れている。
「まあ……。レクス、私少し行ってくるわ! ……二人も?」
フェンリスを見上げて、セレーネが僕らを見る。彼女はいきなり僕達を小脇に抱えて、トンッと跳ねた。樽に乗り、樽を蹴り、次は建物のベランダに乗り、急上昇。
「う、嘘だろう⁈」
ヴァルが騒ぐ。そりゃあそうだ。僕も驚き。腕力があって、脚力もあるのも知っているけど、ここまで? 屋根に飛び乗ると、セレーネは僕達を下ろした。
「ウォン」
フェンリスが再度吠える。眼下のレストランを尻尾で示す。その後、遠くを見た。北の方向。フェンリスは僕を見つめ、くるりと背中を向けた。屋根に伏せて目を閉じる。
「争いには代償が伴う。人同士の争いには基本的に関与しない。今日は祝い分として教える、ですって」
セレーネが小首を傾げた。
「わお、フェンリス様と話せるとか聖女か? それで城に連れて来られたんですね! レクス王子、俺に教えてくれたって事は……むごっ。むむむ」
話が逸れる。僕はヴァルの口を掌で覆った。
「争い? セレーネ、フェンリス、どういう意味だ?」
「北に何かあるのかしら? 閉じててお話ししてくれないわ……」
嫌な予感がする。フェンリスが尻尾で示した先は、ジョン王子がいるレストランだった。証拠はないが、ここ数年。彼が訪国するたびに何かしらのトラブルが起こる。前回は麻薬売買。昨日の窃盗団も僕とエリニスは「怪しい」と睨んでいる。しかし、毎回証拠が無い。
行きましょう、とセレーネが再度僕とヴァルを抱えた。走り出して、屋根から屋根へと飛び移っていく。途中、フェンリスが吠えて、セレーネは僕をフェンリス目掛けて放り投げた。フェンリスの尻尾が僕の体を受け取り、背中に座らせた。
「レクス、もう成人だから背に乗せるのはこれが最後ですって。子狼は卒業。横並びになれば、背中を預けるそうよ」
振り向かずに告げると、セレーネは速度を上げた。
「無様な生き様見せたら、頭蓋骨粉砕する、だそうよ。大狼って荒々しいし、よく分からない掟が色々あるらしいのよね」
精悍な横顔に、ほんの少しの呆れを滲ませるセレーネ。フェンリスは嘲るように口元を歪ませ、小さく唸った。
「フェンリス、女性にそういう態度は良くない。セレーネは別に君を貶めてはいない。子狼は卒業か……僕は本当の意味で君と対等な友になれるということだな」
今までなら、フェンリスの尾で頭を撫でられるのだが、何故か僕は振り落とされた。
「レクス王子!」
ヴァルの叫びが空に吸い込まれる。慌ててフェンリスの毛を掴み、反動を利用して背中に戻った。
「フェンリス、今は鍛錬の時間では無い。あとでに……北の関所門は緊急時用なのに何だ?」
見張りの騎士三名に荷馬車と旅人風の服装の者が三、四、五人。
「セレーネ、危ないといけないから、あの建物の傍で待っていてくれ。ヴァルは僕と行くぞ」
「危ない? 私、負け知らずよ。お父さんと姉様以外には」
フェンリスが屋根から飛び降りて、再び僕を振り落とした。もう地面が近いので着地は楽勝。
「関与しないからか。送ってくれてありがとうフェンリス」
ウォン、とフェンリスが小さく吠えた。僕は会釈をして走り出した。去る気配はない。しかし、ついてくる様子もない。
「ヴァル! セレーネを頼む!」
返事が無い。振り返るとフェンリスが僕を見送るように座っていて、セレーネとヴァルは消えていた。ヴァルは素早いな。
叫びながら、裏路地に入る。上から見た時に巡回騎士を何人か見つけた。その中で一番手練れのビアー小隊長に声を掛けて、ついてきてもらおう。単独行動は許されない。
胸騒ぎがする。




