#52 進撃準備
捕虜救出のため、教会へ殴り込みを掛ける……
俺のその決定は熱狂を以て受け容れられた。
もちろん、眷属が揃う前の戦いを不安視する人も居たけれど、そんな慎重な人でさえ高揚を隠しきれない様子だった。
俺が居ればどうにかなるんじゃないかという楽観。あるいは、これまでずーっと絶望的な状況だったせいで、多少マシになっただけの現状にも浮かれきってしまっている様子だ。
……ビビってるよりはマシだと考える事にした。
向こうが指定した処刑の期日まで7日。まず俺達は、ギリギリ5日使って訓練と部隊編成を行うことにした。
アパート状にした管理者領域から少し離れた場所、そこから繋がる別の管理者領域内に体育館みたいな訓練場を作り、そこで超兵器の使用トレーニングに励んでいただいた。
気合いのこもったシャウトが飛び交う中、族長さんはアンヘルが人海戦術で運び出すステキガジェットを一族の戦士達に割り振っていく。
『200GHz細動剣。振動によってブレードに触れる物をほぼ抵抗無く破壊します』
『剣術に長けた者に使わせましょう。絶対にブレード部に触れないよう、訓練が要りますかな』
『単原子ワイヤー鞭。こちらは通常武器として使用する場合、習熟に長期間必要となりますゆえ、魔法での操作を推奨』
『重量は……ほぼゼロか。器用な魔法操作ができる奴は数人心当たりがございます』
『エネルギー偏向フィールド発生器。スイッチを入れますと一定領域にフィールドを発生させます。
レーザーをはじめとしたエネルギー兵器や魔法によって発生した炎などを逸らす効果が』
『個々人に携行させるのは無理がありますな。号令によって防御陣形を組む練習をすべきか』
『祝福的信仰インプラント。脳表面に取り付けることで常に祝福的な気分を維持し、士気が……』
『不要ぞ』
その光景を俺は『千里眼』画面で見ていた。
……なんで出ていかないかと言えば、俺の姿を見ると皆さんハッスルして訓練が流血沙汰になるからだ。
もちろんその間、俺もサボってたわけじゃない。
会議室にこもってアンヘルとエンドレス作戦会議だ。
ホログラム画面が部屋中鈴なりになっていて、そこには方舟の地図や内部構造の立体図、凸マークが動くありがち系作戦シミュレーション図なんかが表示されまくっている。
巨大なメイン画面に表示されているのは、方舟を三階層ぶちぬく教会本部のワイヤーフレームモデル。なんかこう、大作RPGの開発中画面ですって言われたら信じそうな。各階層の天井付近には赤いバッテンがたくさん付けられている。塞がれてしまった『天罰』レーザーの銃口や『千里眼』カメラをマークしたものだ。
「……すると、147年前の戦いではゲリラ戦を仕掛けたのか?」
「はい」
何故かどこからか伊達眼鏡を引っ張り出してきたアンヘルは、レーザーポインタで画面を指す。
今、アンヘルは族長さんと会話したり倉庫からトンデモアイテムを引っ張り出したりその他諸々をしながら、ここで俺との会話もしている。さすがは超超超高性能AI。こんなマネができるなら、たまに変なところでポンコツなのもどうにかしてくれ。
「当時も10着分の『驕らぬ者の翼』を解体したパッチで教会本部周辺の『天罰』の銃口が封じられており、遠距離からの『天罰』による攻撃は不可能でしたので聖都への侵入を試みました。
私が教会のネットワークに対するクラッキング……ええ、俗にハッキングと言いますが、電子攻撃を行い混乱を起こした隙を突き潜入は成功、さらに警備の要所に同時多発的に攻撃を仕掛け、『天罰』の銃口も解放しました。
……しかし敵方の魔導兵団が聖都全域をドーム状に覆う対エネルギー兵器防御を展開。これによって『天罰』は封じられ、さらに対ナノマシンチャフを用いた近接戦闘を挑まれ不利に。
最終的には教会本部に据え付けられた『ミストルテイン』の撃ち下ろしを受け、聖都の一区画と共に先代の神は蒸発致しました」
「うへぇ、見境無しかよ」
「はい。当時はまだ神無き時代が始まってすぐであり、教会の権威も今ほどに絶対視されておりませんでした。それ故に、市民を巻き込む攻撃は躊躇われる可能性が高いと判断し、ゲリラ戦を行ったのですが」
うーむ、当時の連中も外道だったというのは置いとくとして、今ならもう市民巻き添えの攻撃とか動物性プランクトン一匹分の躊躇もしないだろうな。
戦わずに俺ひとりでこっそり潜入し、捕虜を奪還して逃げる事ができれば最高だろう。それからじっくり9ヶ月待てば良い。
だが、おそらく現実的にそうはいかない。向こうは俺を誘い出すためのエサとして5人を捕まえたんだ。来なけりゃ来ないでいいとしても、ノコノコ出て行けば準備万端で俺を歓迎するはず。アクションゲームのボス部屋みたいに閉じ込められてムラマサみたいな奴がわさわさ出てきたらさすがに俺も死ぬ!
「とにかく、状況に応じてどこまでやるかのプランが要るな。作戦はリスクとリターンのバランスを取って、仮に撤退するとしても何か有意義な戦果を残せるといい……
もちろん犠牲者はなるべく出ないように。命は足し算引き算じゃないけれど、5人助けるために10人死ぬのは避けたい。こっち側だけじゃなく、聖都に住む市民も……って、我ながら無茶すぎるかな」
「犠牲者が出ないようにすることは極めて困難であると申し上げざるを得ませんが、正面衝突を避けるべきであることは確かです。予想される教会側戦力に対してこちらの戦力は大きく劣っています」
加えてもうひとつ問題なのが、こっちには白兵戦力が足りないって事だ。
サイバネ技術は実は神無き時代の教会が再興したもので、方舟を作った頃の地球ではナノマシンによる肉体そのものの強化がトレンドだったらしい(実際、俺のナノマシン強化はちゃんとサイバネ強化兵に匹敵するレベルなわけだし)。とにかく、そのせいなのかなんなのか、この管理者領域の設備にはサイバネ関連のあれこれが乏しく、逃亡生活続きでサイバネを大規模に扱える施設なんて持ちようがなかった祭司の一族にも碌なノウハウが無い。
対ナノマシンチャフをまき散らしながら突っ込んでくるサイバネ強化兵への対抗策が問題だ。まあ仮に今から肉体改造しまくったところで、練度でも負けているのは確実だからどの程度意味があるのかって話だけど……とにかくこっちは魔法を封じられたら終わりだ。
「チャフ対策だが、俺の権能で天気を変えるってのはどうだろ。あれは魔法じゃないからチャフに効くよな」
『有効であると推測。おそらく最も効果的なものは暴風雨となります。チャフを雨滴が吸着し飛散を防ぎます。
ただ、それでもサーバーとの通信はチャフにある程度吸い寄せられますので、完全に無効化はできません。こちらの行動が天候によって制限されるという問題もあります』
考慮に値する、かな。
ただどのみち室内には効果無いんだよな、それ……
「それと捕虜の居場所だけど、今度こそ魔法で探せないかな。一族が捕虜のパーソナルデータとか持ってれば……」
「おそらくは可能でしょうが、捕虜の居場所まで魔法が到達するかは不明です。例えば、対ナノマシンチャフで埋め尽くした廊下があれば、その先に探知は届きません」
「なるほどな。アテに出来るかは不明と……とは言え一応準備はしとこう」
最初の基地戦闘の時なんかは、捕虜の居場所が分からなくて(と言うか結局既に殺されていたわけだが)基地中探し回りながら会う奴会う奴ぶっ飛ばして回ることになり、最終的にはガンダムもどきとまで戦うことになった。教会本部でそんなことやったら相手のレベルが高すぎてさすがに死ぬだろう。
「なるべく戦わずに勝つってのが一番いいんだよな。アンヘル、お前の電子戦ってのはどれくらいやれる?」
もし向こうの連中がまともに行動できないまでの混乱を起こせれば、こっちとしては非常に楽なんだけどね。
「現在の教会本部は外部から完全に独立したネットワークを使用しており、また業務のコア部分はアナログ化されております。
加えて、平常時は無線通信で操作されている人型ロボットや魔人なども、既に有人での運用や有線接続操作に切り替えられているようです。
電子戦による打撃を与えることは難しいかと」
「そういう連中にどうにか繋ぐ事ってできないのか?」
「接続口を開くことができれば、あるいは」
これを突破口にできればいいんだが。
社会のシステム変えるレベルで対策をとってるって事は、裏返せばそれだけ致命的なんだ。
アナログ化した部分はどうしようもないとしても、他を混乱させられれば……
「賢様、少々よろしいでしょうか。此度の作戦において使用の可否をご判断頂きたい要素がございます」
俺が考え込んでると、やにわにアンヘルが切り出した。
「なんだ?」
「こちらへお越しください」
相変わらずアンヘルは一切の感情を排した無表情だったが、その顔を見て嫌な予感がしなかったと言えば嘘になる。