#53 お前を治す方法
アンヘルに付いていった先は、管理者領域内に作られたメディカルルーム。
滞在中の医務室としての役割を期待して用意して置いた場所だ。
まあ大抵の病気や怪我は俺の魔法で治せちゃうから、省スペースのために保健室レベルの面積に留めているのだが、機材はやばいくらい本格的だ。CTスキャンのような多目的医療機械だの、なんかサーバータワーみたいな謎機械だのが置かれている。
ベッドには女の子が拘束されていた。
細く、病的に白い体。はだけた検査衣から覗く胸元(俺は直視しないよう気をつけた)には、鋲付き革鎧のように装着されたいくつもの魔晶石。
移動中の俺達を襲撃した魔人だ。
その表情は、穏やかな笑顔という名の無表情。アンヘルの操るボディに似ていた。
「カジロ様、どうかなさいましたか?」
技師や医師と共に何か検査をしていたらしい榊さんが振り返る。ゴスロリワンピースの上から白衣という何かがおかしい格好だった。
ちなみに他の皆さんは俺を見るなり即座に平伏。えーと、全身消毒しなおさなきゃならないと思うんだけど。魔法でできるから別にいいのか?
「アンヘルに言われて見に来たんだけど……これ、どういう状態なんだ」
「世界こんにちは! 私は魔人712-03です。よろしくお願いします!」
「……喋ったあああああああ!?」
拘束されている魔人の女の子が、にこやかに語りかけてきたのである!
「意味の分からないことを時折喋るばかりで……」
「この行動は、彼女の意思ではございません。
インプラントコンピュータにインストールされたAIにより、命令が無い間も自律してある程度の行動をするようになっているようです」
アンヘルがベッドの隣に立って女の子を、自称712-03を見下ろした。
「通常であれば複数の魔晶石を起動することは不可能ですが、魔人は遺伝子操作によって認証機構を欺き、ひとりで複数の魔晶石を操作できます。
その代償として、複数の魔晶石から多重の精神的同調を受け、高負荷に晒された精神は崩壊します。その代わりにAIが体を動かし、魔法を行使しているのです」
「脳波計測器検査によりますと、本来の彼女の精神は、牡蠣とナマコが無限に増殖して宇宙を埋め尽くす悪夢的妄想を繰り返しています」
「なんでや」
検査技師がカルテを見ながら謎の診断結果を説明した。それは確かに精神崩壊している。
「じゃあ今話してるのは、この子じゃなくてAIの方って事なのか」
「はい! 魔人712-03です。何について調べますか?」
見た目以上に幼い印象のその声は合成音声めいていて、抑揚がちゃんとあるのに感情がこもっていない。
「魔晶石はぶっ壊したと思ったんだが」
「ゆで卵を冷ましても生卵に戻らないのと一緒です。それに、回路を焼き切られたとはいえ魔晶石自体は外されておりませんゆえ……」
そこでアンヘルはわざとらしく言葉を切った。
「ですが、それ故に使いようがあると言うこともできます」
「うすうすそんな気はしてたけどよ……つまりアンヘル。お前はこの子を使おうってんだな」
「はい。魔人が戦列に加われば、大きな戦術的優位を得られます」
俺はベッドを見下ろす。虚無の微笑みが返ってきた。
夢のクソ外道テクノロジーで作られた兵士。彼女を救うことすらできず、逆に手駒として使う……それは許される行為だろうか?
「既に私がAIをハッキングしてプログラムを書き換え、賢様をマスター登録しております。また、AIと通信を行い、このアンドロイド用ボディのように私が操作することも可能です」
「そして使える魔法はかなりのレベルと……そりゃそうだ。有用だよな」
アンヘルにしてみれば魔人は、言うなれば『魔法が使えるスペアボディ』だ。
これから俺達が挑むのは、かなり無茶な戦い。
ネコドロイドの手すら借りたい状況で、魔人なんていう超有用な戦力を捨て置く手はない。ないのは分かっているんだが……!
俺の頭の中を暴風雨のように様々な考えが駆け巡った。
生命に関する俺基準の倫理。戦いの意義。この子の意思をなるべく尊重する方法。無限に増殖して宇宙を埋め尽くす牡蠣とナマコ……
そして俺は、ベッドに拘束されている痩せた手に、自分の手を重ねた。
「……すまない。生きて帰れたら俺はお前を治療する方法を探す」
虚無の微笑みが返った。きっとこの子も、この体を動かしているAIも、俺が何を言っているか分からないだろう。
「本当はこんな空手形になりかねない言葉……嫌なんだ。
だけどまず戦いを終えないことには、君を治療することもできはしない。
……それまで君を、俺は勝手に協力させる。その責任は取るつもりだ」
届かない言葉でも、俺はありったけの誠意を込めて言った。聞こえていなくても構うものか。これは俺が俺自身を縛るための儀式だ。
「ようこそかしこまりました! 世界こんにちは!」
条件反射的に、魔人は返事をした。
「……では、装着している魔晶石の修復を。管理者領域の設備でしたら完全な修理が可能です」
「頼む、アンヘル。
えと、それで……君の名前は? 魔人としてのナンバーじゃなく、君自身の名前は」
「見つかりませんでした。条件を変えて再検索してください」
よく分からないことを魔人は言った。
……まさかこれが名前じゃないよな。
「おそらく教会の記録を調べなければ本名は判明しないものと推測」
「そうか……じゃあ、それが分かるまでは便宜的に何か呼び名が欲しいな。ナンバーで呼ぶのって人格否定してるみたいですげー嫌だし」
「五文字以内でランダムな名前を生成するプログラムでしたら私にインストールされておりますが」
「なんだその具体的かつ何の役にも立たなそうな機能」
放っておいたら『せぁ゛ょぬ』とか『ん゜をぅし』とか人類に発音不可能な名前を付けてしまいそうなアンヘルを取りあえず俺は横へ押しのけた。
「榊さん、なんかアイデアとかある?」
「……✝紅蓮の少女人形✝」
「よしなさいそういうのは」
「格好良いのに……」
人間の口から出る言葉に『✝』が見えた経験は初めてです。
その他の皆さんに聞けるような雰囲気でもなし。
なんかそれなりに様になる仮の名前……うーん、実は俺のネーミングセンスも榊さんと大差ないんだが、それを人に付けるのはちょっと憚られるぞ。考えないと。
「当ユニットの名称を変更致しますか?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
「かしこまりました。『チョットマッテクレ』登録完了です」
………………は?
「違う、そうじゃない。今から考えるから待っててくれ」
「名称は既に変更されております」
「いや、じゃなくて付けなおしたいんだけど」
「名称は既に変更されております」
魔人は、ほがらかに繰り返す。
……間違って同じ操作をやっちゃわないようにっていうセーフティロックだね。分かるよ。どういう機能を実装したかったかは分かるんだけどさぁ!!
「……アンヘル、これは?」
「やっつけ仕事で製作されたAIであると推測。搭載AIにはコミュニケーション能力を期待されていなかったようです」
魔人・チョットマッテクレ、爆誕。




