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パティスリー『コレット』

甘いものが苦手な軍人と甘いもの大好きな女の子がふわっとなんとなく仲良くなるお話です。

 甘いものと紅茶が好きな人に悪い人間はいない。それがコレットの母の信条であり、その母亡き今ではコレット自身の信条となった言葉である。

 重いオーブンの扉を開けたとたん厨房を包むのはバターがたっぷりと入ったマドレーヌの香りだ。大成功を予感させるには申し分ない香りは何度経験しても自然と口の端が上がってしまう。

 けれど朝のコレットには悠長に芳醇な匂いを堪能している暇などないのが現実である。

 見事なきつね色に焼きあがったマドレーヌをすぐに型から外してケーキクーラーの上で冷ます。その間にもきちんと冷ましておいたタルトの土台にカスタードクリームを隙間なく詰めていく作業にとりかからなければいけない。季節の果物をたくさんのせたフルーツタルトはコレットが母から受け継いだ小さなパティスリーの看板商品で、これ目当てに開店後すぐに来てくれる客も多い。

 もちろんマドレーヌとタルトと、あとは貴重な氷を使った保冷庫で寝かせてあるクリームを絞り込んだシフォンケーキが完成すれば今日の分のお菓子は完璧だ。

 そうしてショーケースの中にすべてのお菓子が並ぶころには、時計の針は開店の十分前を示していた。厨房側からイートインのスペースに出て、それを一望してからコレットは深々と頷く。

 朝コレットの手によってぴかぴかに磨かれた硝子の入れ物に並ぶお菓子はどれもそれぞれが主役だということを十分に自覚しているのだ。果物の宝石に彩られ、きらめくシロップのドレスに身を包んだ令嬢たちは客の目にどれだけ魅力的に映ることだろう。

 出来栄えに満足してもう一度ショーケースの裏にまわり、今日の予約分のお菓子がきちんと用意されていることをしっかりと確認すれば、最後は備え付けの小さな鏡で身だしなみを整えれば完璧である。

 はちみつ色の髪の毛に、いちばんうまくできたときのカラメルの瞳。母がそう言ってかわいがってくれた自分のことはそれなりに気に入っているが、同時に毎朝思い出してはまだかすかに胸を痛めている。別れからもう二年が経つが、されど二年なのだ。

 髪の毛の色は母譲りなのだが、記憶の中の母がまっすぐな髪質だったのに対してコレットのそれはくるくるふわふわと広がってなかなか落ち着かない。毎朝ピンでひっつめるのには苦労させられるのだが、瞳の色とくせっ毛は顔を知らない父親とそっくりであるらしいので、嫌いにはなれないのが憎いところだ。

 ピンをしっかりと刺しなおして、青と白のチェック柄の三角巾も結びなおす。真っ白なエプロンに染みひとつないのを確認すれば、もうコレットのすべきことはひとつだけだ。

 表の大通りへと続く扉を開けて、外側にかかる木のプレートをひっくり返せばそこには開店の文字が躍る。

 人通りの多くなってきた午前十時、爽やかな風を胸いっぱいに吸い込んで、コレットは満を持して口を開く。


「いらっしゃいませ!パティスリー『コレット』、ただいま開店です!」


 雲ひとつない青空にふさわしい明るい少女の宣言が、高らかに響いた。

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