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第十二話 外れクジは泣けるぜ

第十二話 外れクジは泣けるぜ


 音楽番組はいつの間にか終わり、

ラジオからは時事を伝えるニュースが流れていた。

暦上ではすでに秋、それにまつわる催し物について

ニュースは淡々と地域のエピソードを交えながらしみじみと伝えていた。


「季節のイベント情報は、

 季節感ゼロのこの喫茶店にゃあ無関係な話ですかね、

 ねぇ、竜二さん。」

「甘いよ星一朗君、

 これでもちゃんとメニューに季節感を出しているんだよ?

 ふふん、どうだい、ちゃんと喫茶店を運営しているだろう?」

「へーそうなんですか? 私も知りませんでした。

 あ、よく見ればメニュー表にマロンケーキがある。」


 【箱庭】のカウンター席は、

事実上、常連客専用(約4名用)と言っても過言ではない。

訪れる客達はその空気を読んでか読まないでか、

初めての客以外はカウンター席を外しテーブル席へ座る事が多いからだ。

別にカウンター席に座ったところで、誰がどうと言うわけではないのだが、居心地がどこか悪いのかもしれない、と

オーナーである竜二はぼんやり考えていた。


 そんな色々と思惑が交錯するカウンター席へ

初めて訪れたと思われる客が一人腰を降ろした。

周囲を軽く見た後、空いていたカウンター席へ一直線。

位置的には恵玲奈の隣である。

その客は、細めのフレームの眼鏡を掛け、

サラサラの白色の短髪が印象的なグレーのスーツに

薄い青と白のストライプのシャツを着た男だった。

竜二は一瞬、星一朗と恵玲奈を見た後、

こほんと咳払いをして男の前に冷水入りのコップを置いた。


「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

「……あ、えーと……そうだな、何か甘い飲み物を。

 氷は沢山入れてください。

 あと、ナポリタンを。」

「は、はぁ。

 しばらくお待ちください、

 ナポリタンは少しお時間を頂きますが宜しいですか?

 先に飲み物からお出しすることも出来ますが。」

「時間は構いません。

 飲み物はナポリタンと同時にお願いします。」

「あ、竜二さん俺もナポリタン追加っ。」

「はいはい。」


 スーツの男はそう言って注文すると、

いつの間にかずれていた眼鏡を右手でクイっと上げて調整する。

訝しげに星一朗は妹を盾にスーツの男を観察していた。

雰囲気で行けば理系で良いところの大学出のサラリーマンだろうか、

しかしこの時間に来ると言うことは営業職なのだろうか。

こほんと星一朗は呟くと目の前の冷水を口に含んだ。

その様子を見ていた恵玲奈は星一朗だけに聞こえる程度の声のトーンで、

耳打ちするように話しかけた。


「……(どうしたの、急に黙り込んで。)」

「……(俺の直感が囁いた、あの野郎、

    身のこなしといい不貞ぶてしい表情と良い、

    ただものじゃないぜ。)」

「……(はいはい。

    で、本当のところは?)」

「……(あの野郎、ここを目指して一直線で来たよな。

    常連客の俺等がオーナーとだべっているのに。)」

「……(だから?

    別に変に思うところなんてないじゃん。)」

「……(俺の勘だがよ、俺達の誰かに用があって来たんじゃないのか?

    ただ何かを飲みに来たんだったら普通、

    空いているテーブル席のほうへ行くと思うぜ?

    わざわざお前の隣の席に座る必要はねぇよ。

    こういう場合、親しげに話している連中の所に

    ドカドカ入っていくやつなんてそうそういねえ。

    居るとしたらトンでもなく図太い神経の持ち主と

    相場は決まっている。)」

「……(じゃあ神経図太いんじゃないの?

    ってか考えすぎ。)」


 二人のやり取りをチラチラ見ていた竜二は、

はははと苦笑を浮かべるしかなかった。

竜二はスーツの男の注文に沿い、パスタを茹でる為の深鍋に水を投入、

沸騰させた後は二人前のパスタを放り込む。

次にフライパンを用意しトマトピューレ、ベーコン、

タマネギ、ピーマン等の具材を適当な大きさに切り、

パスタの茹で時間にあわせて具材を炒める。

パスタが茹で上がった後は具材と混ぜ合わせ塩・胡椒を使い味を調整する。

飲み物については、冷たくて甘い季節感ばっちりのモノを用意した。

ちょっとだけ毒々しい緑色が印象的で、

シュワシュワっと炭酸が入っているようである。

夏には一度飲みたくなる例のアレである。


「こちらがナポリタンです、

 熱いのでお気をつけてお召し上がりください。

 あとこちらがドリンクです。」

「丁度こんな感じの甘く炭酸の効いた

 冷たい飲み物を飲みたかったんですよ。

 流石は喫茶店の厨房を仕切っているだけありますね。」

「は、はぁ……あ、領収書はここに置いておきますんで。」

「……ほぅこれが、メロンソーダというやつですか。

 何やら身体に悪そうな色が逆に魅力的ですね。」


 メロンソーダが珍しいのだろうか、

現代日本人として疑わしい単語を発している。

メロンソーダは現代日本であれば、

コンビ二は勿論のこと自動販売機や

こういった茶店でも置いてある一般的なものである。

白髪の男はナポリタンを食べながら、間にメロンソーダを飲んでいた。

竜二は星一朗の前にもナポリタンを置く。

星一朗は待っていましたとばかりにフォークを握りしめ、

パスタを巻き上げると一口。

トマトピューレたっぷり、具材も程よく炒められ

塩加減も薄味で星一朗の好みだった。


「うむ、流石竜二さん。

 美味いのはコーヒーだけじゃないっすわ。」

「ははは、褒めても何も出ないよ。」

「ちぇ……それにしても残暑厳しいですねー、

 エアコン稼働率はマッハですが、電気代もマッハなのでは?」

「うちは営業中の喫茶店だよお客様第一さ。

 確かに電気代はマッハだけどさ、熱中症とかになるよりはいいよ。

 節約が叫ばれる世の中だけど、命とは引き替えに出来ないからねぇ。」

「言っておくけどお兄ちゃん。

 うちの電気代も凄いことになってるんだからね、少しは協力してよ。」

「まじで?

 そんな話、一度も聞いたことがないぞ。」

「言っても無駄だからお母さんも言わないだけ。

 ゲーム禁止とかエアコンは昼間限定とかしても

 言うこと聞かないでしょ。」

「うむ、それは俺に死ねと言っているようなものだ。

 答えは断固拒否。」

「だから言わないの。

 でも私がこっそり部屋の温度設定をいじっているのは知ってた?」

「…な……んだとっ!?」


 星一朗は心当たりがあった。

自室でエアコン全開にしゲームに勤しんでいるとき、

ふと部屋の温度に疑問を持った事を。

室温を見てもほとんど変化がなかった為、

ゲームのセイで熱くなっていたのだろうと解釈していたが、

まさか実温度をこっそりと上げられていたとは。


「18度とか、何考えてんのよ。

 25度~26度にしてるので、勝手に設定変えないでよね。」

「そりゃこっちの台詞だっ!

 道理で妙に汗をかいているわけだぜ……

 ゲームプレイ中の集中状態の俺は危ないな。」


 そんないつものやり取りをしていると、案の定と言うべきか、

恵玲奈の隣に座っていたスーツの男が急にアクションを起した。

スーツの男の前に置かれてあったナポリタンとメロンソーダは空になっている。

何故このタイミングでアクションを起そうとしたのか、

皆目見当がつかないが、彼にとっては最良のタイミングだったのだろう。

食事を終えたことも無関係ではないだろう。


「不躾で申し訳ありませんが、

 黒瀬星一朗さんと黒瀬恵玲奈さんで間違いありませんね。」

「なんなんだアンタ。

 見知らぬアンタにそれについて答える義理はねーぜ。」

「……確かにその通りですが、

 その行動で貴方が星一朗さんであると証明してくれましたね。」

「……ぐぬぬ。」

「申し遅れました。

 私は本条エイジ(ほんじょう)氏の使いの者で、

 様をお迎えに上がりました、

 日向ひゅうが がいと申します。」


 丁寧にぺこりと頭を下げ、挨拶をするスーツの男。

星一朗は咄嗟に恵玲奈と席を交換していた。

何か妹にしてみろ、と一撃を食らわせてやるという意気込みだったようだが、

こう丁寧にされては星一朗も丁寧に返すしかないところである。


「ったく何かアンタに乗せられちまった。

 ああ俺はアンタの言うとおり黒瀬星一朗だ。

 んで、こっちのが妹の恵玲奈。」

「有り難う御座います、人違いにならなくて済みました。

 事前に聞いていたお話の通りでしたので、

 確信めいたものはありましたが。」


 本条と言えば現在実家帰省中のセシルの苗字である。

父親の名前は知らない星一朗であったが、

話の流れから大体の予想はついていた。

先日の素人映画企画の件もあり、

セシルには悪いがとんでもない性質持ちで財力のある父親像が、

星一朗の中ではちらついていた。

会ったこともない人間に対して勝手なイメージを作り上げ

断定しているところは失礼だと思っているのだが、

あながち間違ってない気がしていた。


「いきなり本題をついて悪いが、

 お迎えってーのはどういうことだ?」


 キラリと日向の眼鏡が光った。


「日向さんだっけ?

 あんたの言葉の端々から読み取ると、

 どうやら俺達をどこか別の場所に、本条さん……

 ああ、えーとセシルさんの親父さんの意志で

 連れて行かれるみたいなんだが。」

「お察しの通りです。

 個人的には少々強引だとは思っているんですが、

 これも仕事みたいなものでしてね。

 今から大人しく私についてきてくれませんか?」


 そう言い放った瞬間、星一朗は日向の本気度を知った。

この男、体面上は柔和だが、

手段を選ばない系のちょっと危ないやつだと星一朗は判断した。

目は座っているし、口調は穏やかだが怒気をはらんでいる気がする。

星一朗一人ならば拒否って全力で

この場から逃げ出す事も出来たかもしれないが、

今は彼の大事な妹が背中にいる。


「おっけーおっけー。

 理由は後でばっちり教えてくれるんだろうな。

 丁度やることがなくて暇していたんだ、いいぜ着いていってやるよ。」

「おお、これはお話が早い。

 どうやら私が思っている以上に星一朗さんは聡明のようだ。」


 男に褒められても嬉しくねーよ、と

星一朗は憮然とした表情で携帯を手にとっていた。


「ちょっと親に連絡させてくれないか?

 いきなり俺達が居なくなっちまうのはマズイ。」

「ええ、それは構いませんよ。

 数日空けると言っておいてください、

 状況次第でどうなるかここでは判断できませんので。」

「お兄ちゃん、私の分もお願いね。」


 今までずっと黙っていた恵玲奈も事の流れを察していたようで、

兄の服の袖をぎゅっと握りしめるだけであった。

言い知れぬ不安、得体の知れない男の挑発めいた発言。

恵玲奈にしてみれば恐怖以外の感情はなかった。

人見知りをする性格ではないのだが、

得体の知れない物に対する耐性はなく、

むしろ兄が平然と対応している姿にちょっとだけ尊敬してしまっていた。


「竜二さん、わりぃがしばらく行ってくるわ。

 あっちでゲームとか出来るといいんだけどなぁ。」

「何言っているんだい、僕も行くに決まっているじゃないか。」


「は?」


 一呼吸置いて間の抜けた声を挙げる星一朗。


「正しくは、行かざるを得ない、なんだけどね……。

 ほら僕って一応、セシルの叔父だし、エイジさんは俺の義兄さんだし。 

 そういうことだよね、日向君。」

「はい、その通りです竜二様。

 エイジ様のお名前を出せば察し頂けると思っていましたので、

 敢えて申し上げませんでした。」

「ほらね、黙っていても強制連行とかされそうだから、

 大人しく自分の足で行くよ。」

「……外れクジひいちまったなこりゃ……泣けるぜ。」


 急遽決まった目的不明の今夏最後の旅行は、

こうやって様々な要因をはらみ始まった。

星一朗と恵玲奈は一旦家に戻り、簡単な身支度をして家を後にした。

その間、竜二も店を閉め、

しばらくお休みしますと書いた張り紙をドアに貼り付けた。

ちなみに【箱庭】開店して以来初めての長期休暇(予定)である。

セシルの父親の思惑と一体……星一朗はそのことを気にしながら、

日向のあとについていく。

今日は三夏祭を翌々日に控えた木曜日、

週末はどんな賑わいになるのだろうと他人事のように思いながら。


 日向の話によると、取り敢えず駅に向かうとのことだったので、

日向を先頭に星一朗達は一列に並んで歩を進めていた。

本条の実家と言えばそれなりの長時間移動になる。

以前、セシルもいっていたようにこの街から北にある田園都市にあり、

公共交通機関を利用しても最低二時間は移動に掛ると言っていた。


「揃って通りを歩くことになるたぁーなぁ……、

 ってか俺竜二さんが外歩いているのを見たの初めてかもしれん。」

「お兄ちゃん、私もそう思う。」

「君達ね、僕をなんだと思っているんだい?」

「い、いやぁ……ほら竜二さん趣味人ですし、

 世捨て人的な感じかなーっなんて。」


 呆れてコメカミをピクピクさせながら抗議の声を挙げる竜二であった。


「星一朗君。

 いくら僕が趣味人だからと言っても

 買い物をしたり銀行に行ったりするんだからね。」

「そりゃそうですよね、あははは。

 それはそうとこの縦に並んで歩いてると

 ドラゴンクエストの移動シーンみたいですよね、竜二さん。」

「お兄ちゃん……どこまでゲーム脳なの……。」

「うっせ。

 いいかどんな状況でもその状況を楽しむ、

 これはゲーマーとして必要な資質だぜ?

 ある意味、今の状況はイレギュラーなんだから、

 滅多にない状況ってわけだ。

 こいつを楽しまなくていつ楽しむというのだ!」

「妙に元気になってる……ってか私はゲーマーじゃないって。」

「星一朗君らしいっちゃらしいよね。

 この場合もうちょっと真剣になってもらいたいけど。」


 今まで星一朗の近くから離れようとしなかった恵玲奈だったが、

兄の様子を見て少し安心したらしく歩を緩め

最後尾の竜二の近くにやってきていた。

助けて竜二さん、兄がいつも通りにおかしいの!と小声で言いながら。

星一朗達の話が楽しそうに聞こえたのか、

前を行く日向も話しに加わってきた。


「ははは、星一朗さんと言うより皆さんは、

 本当にゲームがお好きなのですね。

 私も子どもの頃随分とプレイしましたよ。

 特にパズルゲームが好きで、

 それこそ何時間も続けてプレイしていましたね。」

「ほう、パズルゲーマーか。

 天性の閃きと頭の回転で突破していくタイプとみた。

 落ちモノ系のパズルゲームなんかは理詰めで連鎖を考えられるだろう?」

「いえいえ、天性の閃きなんてありませんよ。

 ただ諦めが悪いです。

 落ちモノと言えば【テトリス】は好きですよ、

 今でもたまに携帯電話で遊んでいますし。」

「ごめんなさい日向さん、

 うちの兄ゲームの事となるとうるさいでしょ……。」


 恵玲奈のチャチャ入れにほっとけという視線を向ける。


「ははは。

 星一朗さんに一つ伺いたいことがあるんですが、宜しいですか?」

「なんだね、俺で判ることなら。」

「体力に自信はあります?」

「そいつは聞いちゃ野暮ってもんだぜ、日向さん。

 ゲーマーの俺が体力に自信なんてあるわけねぇ。

 あるとすりゃゲームに対する愛だけだな。」

「流石、星一朗さんですね、噂通りです。」


 今度は男に褒められても嫌じゃないらしく、

誇らしげに胸を張る星一朗であった。


「あたぼうよ、俺を誰だと思ってやがる。

 超インドア派の星一朗様だぜ?」

「ただのゲームバカじゃないの?」

「……しくしく……竜二さん、恵玲奈ちゃんが手厳しいです……。」

「ははは、ノーコメントで。」


続く!

ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。

一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。

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