第十三話 奴に弾丸を撃ち込め
第十三話 奴に弾丸を撃ち込め
星一朗は気がつくとたった一人、
夏の終わりの風が吹き抜ける雑木林の中、
手荷物全て剥がされレザージャケットに黒色の長袖のTシャツ、
サイドポケットが複数ある丈夫な合成生地のカーゴ・パンツを着せられ
寝っ転がされていた。
はっとなり飛び起き、ほとんど本能的に周囲を見渡し状況把握に努める。
視界はある程度開けているが、山間部にいるらしいことは判った。
気の早い木々の葉は少しだけだが秋へ変化している。
普段の星一朗ならば、秋の訪れを詩的に表現することを厭わないのだが、
今の星一朗にはそんな余裕は微塵も無かった。
雑木林の奥、木々が切れている方を見やると
近くに吊り橋らしきモノが見える。
敢えて吊り橋の反対側へしばらく歩みを進めると断崖絶壁が姿を現した。
落ちたら人生ゲームオーバー、
どうやら吊り橋を渡って先に進むしか道は無いらしい。
星一朗はレザージャケットをまさぐり何か持っていないか確認する。
「……こいつは、プラスチック製のナイフか!?
なんだ……見た目だけかよ。」
レザージャケットの内側に
柔らかいプラスチック製のナイフが装着されてあった。
最初本物かと警戒したが、
実際に触れて手に持った感じからすぐに察知できた。
刃もよく見れば物を切り裂けるようにはなっておらず、
銀色のメッキ処理が施されているだけである。
さらに星一朗は全身をまさぐる。腰部に固い物があった。
「どう見てもハンドガンだよなこれ、予備のマガジンもあるか。
造りこそ本物っぽいが……?」
腰のベルトの所にハンドガンが装着されてあった。
重量感もあり、オートマチック式で形状は欧州製の名銃に
非常に良く似たものだったが、スライド部分の意匠に特徴があり、
星一朗はこのデザインを模型店やインターネットのサイトで見た事があった。
口径とマガジンから9mmパラベラム弾使用だと星一朗は判断、
ゲームで得た重火器の知識が役に立った瞬間である。
弾数15発、予備のマガジンが一本ジャケットの内ポケットに入っていた。
星一朗は安全装置を解除し、近場の木を標的に両手でハンドガンを構えた。
移動標的はともかく固定標的ならば今の俺でも当たるはず、
と星一朗は狙いを定め引き金を引いた。
― パシュッ! パシュッ! ―
本物のように火花を飛ばし派手な発射音は出なかったが、
弾は正常に発射され標的に定めた木に命中した。
星一朗の推定通り、本物に近い機構のモデルガンだったようである。
発射された弾は9mmパラベラム弾などではなく、
これまた本物の形状に近いゴム弾だったが。
「……俺の格好、装備一式、そしてこの如何にもな舞台背景。
まるで【バイオハザード4】の村みたいだぜ。
ってことは俺は【レオン・S・ケネディ】ってわけかい。
……ふ、泣けるぜ。」
【バイオハザード4】の主人公、合衆国・大統領のエージェントである
【レオン・S・ケネディ】の口癖を真似てみたはいいが、
自身の置かれている今の状況を理解することは無論できなかった。
記憶を辿って思い出せる事は、
竜二と恵玲奈と一緒に日向と名乗る男について行った事、
そして田園都市の駅で本条家の迎えの車に乗ったところまでであった。
「恵玲奈ーっ! 竜二さーんっ!」
二人の名前を叫ぶも返答は無くただ空しく反響するのみ。
これ以上この場にいても埒が明かないと踏んだ星一朗は、
吊り橋を渡ることにした。
吊り橋から眼下を見下ろすと川が流れていた。
地面との距離は目測40メートル弱、高所恐怖症でない自分に安堵した。
この時、星一朗の脳裏にゲーム内で起こった出来事がフラッシュバックしていた。
【バイオハザード4】のゲーム序盤、
吊り橋を渡り少し進むと一軒の民家がある。
主人公レオンはそこに入り、
村人から任務で探しているとある人物の情報を得ようとしたが、
村人は最早人間では無く【ガナード】と呼ばれる寄生体なっており、
人の心を失ったそれは本能のまま襲いかかるのである。
「吊り橋を渡ってみれば、
案の定、ログハウスっぽい民家が一軒か。」
吊り橋を渡って100メートル程度歩くと、
そこにはログハウスが一軒だけあった。
資材置き場なのか、それとも誰かの住まいだったのか。
「……おいおいマジかよ、
俺の予想通りならあそこには寄生体のオッサンがいるんだが。」
星一朗もレオンと状況は似たようなものだった。
取り敢えずはぐれてしまった恵玲奈と竜二を探す必要がある。
今は何より情報が欲しいところ。
十中八九、民家に行けば何かしらのトラブルと
前に進める情報が得られるだろうと踏んだ星一朗は、
改めてハンドガンを構え突入することにしたのだった。
周囲を警戒しながらログハウスへ足早に近づき中の様子を探る。
人の気配、と言うよりは生活の匂いが全く感じられなかった。
ふと空を見上げれば二羽のカラスが連れ立って飛んでいくが見える。
ふぅっと深く息を吸って、
星一朗は物音立てないよう静かにドアノブに手を掛け、
勢い良くドアを開け放ちセオリー通りに従った。
「両手を挙げろ!
いいか、抵抗してみろ脳天に風穴開けてやんぞっー?」
ログハウスへ入るとそこは火がついている暖炉が奥に見え、
テーブルと椅子が二つあるだけだった。
人の姿は無くゲームと違う光景にほっと胸をなで下ろしたものの、
何か情報は無いかと家捜しをすることにした。
家財道具はテーブルと椅子以外一切なく、
暖炉も辛うじて残っていた少量の薪が燃えているだけで、
火が消えてしまうのも時間の問題だった。
星一朗は壁や床に至るまで必至になって何かを探した。
ここに何も無くても引き返すことが出来ない以上、
前に進む以外に道はないのだが。
暖炉の天井、星一朗は火が弱まっている事を確認し手を伸ばして探った。
ぱちっと火が弾け星一朗の腕に降りかかる。
多少熱さを感じたが幸いに長袖のジャケットが功を奏した。
他に探していない場所と言えばもうこの暖炉だけである。
また死角として考えれば、
暖炉の中に何かを隠すという選択肢が無いわけではない。
「……火中の栗ってやつか。」
偶然の結果か、それともゲームで鍛えられた星一朗の注意力の高さのお陰か、
そこには温度で燃えないよう耐熱コーティングされた
1枚の写真が貼り付けてあった。
突っ込んだ左手はススで真っ黒になってしまったが、
どこか水を見つけて洗い流せば良いだけのこと。
写真には、どこかで見た事がある古い洋館が写っていた。
夕暮れ時に撮影されたようで、洋館の全体像を把握する事は出来なかったが、
陰鬱とした雰囲気とかつて星一朗が
ゲーム内で体験した映像を脳内でリンクさせるには充分だった。
星一朗は写真を懐のポケットへしまい込みログハウスを後にした。
とにかく洋館だ、星一朗はハンドガンの引き金に指を添える。
「ははは、はぁ……どこの洋館の写真だよったく。」
************
鬱蒼とした雑木林の獣道を道なりに駆け足で通り抜け、
星一朗は少しだけ開けた場所へ出た。
市民体育館1個分あるかないかと言った程度の広さだが、
今までの狭い獣道から考えれば十分な広さだった。
目をこらしてみると広場のさらに奥、
先程手に入れた写真に写っていた洋館が見える。
だがそう簡単にここを通してくれはしないだろう。
星一朗は【バイオハザード】のプレイ経験と、
ゲーム的思考パターンからそう判断していた。
この事態に置いてもゲームから考えを外さない星一朗を
今は褒めるべきなのか、
それとも呆れるべきなのか判断に迷うところである。
「……(おいでなすったか)」
星一朗の言よりも前に、
彼の眼前には人間らしき存在だったはずの生物が
2体ゆっくりと近づいてきていた。
体躯は星一朗よりも二回りほど大きいが動きは早くなく、
インドア派である星一朗でも
冷静に対処すればスルーすることが出来る様子だった。
だが、何を血迷ったか星一朗はハンドガンの安全装置を外し警戒を強める。
彼が戦う意思を固めたのには理由が二つある。
一つは、手持ちの武器で敵と思われる存在を倒せるのか、
そしてもう一つは、目の前にいるソレの正体を確かめる為である。
星一朗の分析と知識が正しければ、
目の前のソレは【ゾンビ】で間違いないだろう。
ゾンビは元来ヴードゥー教由来の言葉で、社会的制裁を受けた者を指す。
昨今はゾンビそのものについて解釈が様々変化しており、
所謂”リビング・デッド”としての認識が一般化したのは
映画の影響が強いだろう。
【バイオハザード】の場合、
”ゾンビ・パウダー”の役割を果たしているのは
【Tyrant・Virus】である。
ウイルス感染者は知能低下と新陳代謝が異常に促進される。
その影響で飢餓感に襲われ、肉体も腐食が進み、
それを補う為に食欲が異常に強くなるという。
目の前にいるそれはもちろん本物ではないだろうが、
異様にリアルでグロテスクな造形だった。
「一体ずつ処理していくしかないか、レオンの真似事でもやれって?」
そう言い放つと星一朗は一番近くまで来ていたゾンビの頭部に狙いを済ませ、
ハンドガンの引き金をテンポ良く三度引いたのだった。
二発は虚空へ飛翔し、一発は何とか命中。
ゾンビはそのまま前のめりで倒れ伏した。
移動標的に対して照準を絞り、的確に命中させるのは予想以上に難しい、
星一朗は額に汗を滲ませながら実感していた。
残る1体へは、先程よりもなるべく接近し
至近距離から頭部を狙って引き金を引いた。
星一朗は倒したゾンビへ近づき恐る恐る調査を始めた。
弾が命中した箇所から赤黒の謎の液体が飛び散り、
ゴム弾とは思えない威力だ。
材質や製造方法は不明だが、明らかに人間が作った物体だった。
そしてさらに傷口から中を覗く。
「……マジかよ。」
以前、達也とアーケード筐体で
ガンシューティングゲームをやったことはあった。
だがあれはあくまでもゲーム、弾は無制限で体力の消費も微々たるもの、
ひたすらにクリアを目指し画面の誘導に沿っていればよかった。
プレイヤーの負担と言えば、
せいぜい目まぐるしく変化する画面への目の対応くらい。
だが、今自分が迎えている状況は間違いなく現実。
星一朗は残弾数を確認する。
15発から試し撃ちで2発、先程4発、残り9発。
やや心許ない弾数ではあるが、他に代わりの武器が無いわけじゃない。
と言っても攻撃力皆無の近接戦闘用ナイフ一本と、
己の肉体による不慣れな体術(ケンカ技)くらいのものだった。
そんな事を思案している間に、
別のゾンビが視認できる範囲で3体星一朗に近づいてきていた。
戦う必要がないと判断した星一朗は
広場から遠くに見える洋館を目指し走り出した。
「へへッじゃあなお前ら!
逃げの一手で決まりだぜっ!」
*********
鬱蒼とした雑木林に囲まれた中にぽつんとその洋館は姿を現した。
それはまさに【バイオハザード1】や
【バイオハザード0】に登場するスペンサー私邸に良く似たデザインだった。
ゲームではこの洋館にシリーズを代表するキャラクター達が一同に会する。
ちなみに【バイオハザード2】の主人公であるレオンは
この洋館に来たことはないが。
星一朗はハンドガンからマガジンを取り出し
予備のマガジンへ入れ替えるとハンドガンのスライドを滑らす。
洋館に辿り着く前に一度どうしても避けて通れない戦闘があったようで、
そこで残り9発を使い切った模様である。
「あのクソったれゾンビ共め……。
偶然、俺の放ったローリングソバットが当たらなければ
どうなっていたことか。」
「お兄ちゃんっ!?」
「へ? お、お前はっ!?」
突然背後から聞き慣れた、
だがここに来て一番聞きたかった声の一つが聞こえる。
星一朗は反射的に声のする方へ振り返るとそこには、
姿格好こそ記憶の中と異なっているが紛う事なき妹・恵玲奈の姿があった。
彼女は兄を見るやいなや、
顔をほころばせ無邪気に駆け寄り抱きついてくる。
普段ならば恵玲奈の鉄拳が直後に星一朗の画面目がけて飛ぶところだが、
これは不可抗力なのだろう。
彼女はファーのついた白っぽい厚手のコートに青いタートルネック、
丈夫な生地で作られた黒色のパンツに
膝近くまであるレザーブーツを身に付けていた。
どう見ても姿格好は【バイオハザード6】仕様の
【シェリー・バーキン】であった。
兄の目から見ても似合っている衣装だったが、
なんだこのコスプレ、と星一朗は青筋を立てるのであった。
「え、恵玲奈だよなっ!?
なんだってこんな格好で……似合っているけど。」
「そっちこそ、まるで超イケメンエージェントのレオン様じゃん。
服装だけだけど。」
「うるせぇ、レオンと俺を一緒にすんじゃねぇ……しくしく。」
「鬱陶しいなぁもう。」
女々しく顔を覆いながら嘘泣きをする星一朗、
恵玲奈の表情が本気で面倒くさそうだった。
「それはそうと、
まさかお前まで俺と同じような状態になっていたなんてな。
俺は気がついたらこの格好で林のど真ん中に転がされてた。
そっちは?」
「私も似たようなもんよ、
遠くからこの洋館が見えたから取り敢えず来た感じ。」
「竜二さんは……いないんだな。」
「うん、ここまでで私は見てないよ。
でも良かった、お兄ちゃんと会えて。
このまま一人だったらどうなるかって本気で怖かったんだよ。」
「ま、まあな、俺もお前に会えてよかったよ。
だが再会を喜ぶのは後にしよう、
まず情報の整理と今後の行動を決めようぜ。
お前も気づいているだろうが、
今の事態【バイオハザード】を踏襲した展開になっている。」
「うん、それは私も気づいてた。
途中、寄生体っぽいのがいくつか出てきたけど
このスタンバトン?ってただのプラスチック製の棒だけど、
これでぶん殴って逃げてきちゃった。」
「それで正解だ。
ん? お前のその腰のデカブツはなんだ?」
「これ?
道中の小屋で大型拳銃が転がってたから失敬してきたの。」
「……これってあの大型拳銃にそっくりだな、
オートマチック式で装填弾数は7発か。
弾はやっぱりゴム弾なのか、すげぇマグナム弾仕様のゴム弾だ。」
「シリーズをプレイしていた助かったよ、
まさかこんな事態になるなんて。」
「恵玲奈が唯一まともに全シリーズやってるゲームだもんな、
バイオハザードは。」
二人は互いの装備確認とこれまでに得た情報を纏めることにした。
武器類を確認したところハンドガン一丁、ナイフのようなもの一本、
マグナム一丁、スタンバトンのようなもの一本。
弾はハンドガン15発、マグナム弾7発のみである事がわかった。
結論として戦闘はなるべく避けていくことで合意。
そして装備を入れ替えマグナムを星一朗が、
ハンドガンを恵玲奈が装備することになった。
あくまでもゲーム内での話だが、
星一朗は威力の高い射撃武器が好きだった為、
近接向きのハンドガンを恵玲奈に譲る形となった。
「んで情報の整理だが、俺はこの写真を見つけてここに来た。
もしゲームを踏襲しているなら
この洋館に全ての答えがあると見て間違いないだろう。」
「私が知っている情報は一つだけ。
コートのポケットにメモが入ってて内容はこれ。」
そう言うと恵玲奈はポケットから1枚のメモ切れを取り出した。
メモには走り書きで”滅菌作戦 20:00”と、
後は生物学的危害を意味するマークが印刷されてあった。
メモの滅菌作戦、それはゲーム中ではミサイルを使用し
都市一つを消滅させる最終手段の事だが、
状況的に考えれば、午後8時までに目標ポイントまで辿り着けねば
ゲームオーバーというところだろうか。
「こいつはゲーム、それもとびきりの体感ゲームだ。」
「うん、そんな感じ。」
「いいぜ、乗ってやろうじゃねぇかゲーマーとして血が滾るってもんだ。
何故俺達がここにいてこのゲームに巻き込まれているのかは
まだわかんねぇが、
前に進んでいれば自ずと答えは見えてくるだろうさ。」
「そうだね、竜二さんとも合流したいところだけど今はそうしよう。
それに私、一度シェリーのコスプレしたかったんだー、
機能的だけど可愛いよねこれ。ある意味ラッキーってやつ?」
「……女ってヤツぁ……泣けるぜ……。」
続く!
ゲームソフトの選定は作者個人の独断とプレイ経験で決定しています。
一部偏ってしまう事もありますが、何卒ご了承ください。




