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魔性の焔  作者: あけぷぅ
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魔性の焔 7

 カイが不機嫌そうにしているのは見て取れたが、あちらからこちらからと質問攻めにあっていると誰を詰っていいのか分からなくなっているようだ。そんな様子を見て、サエは心の奥でほっと溜息をつく。今の心残りといえば、カノエをここに呼べなかったことだ。

「ああ、サエ。駄目よ、そんな荒く縫ったら」

「ええ?でもいつもこのくらいよ?」

「人にあげるのだから、もっと細かく縫わなきゃ」

 汚くなければいいかと思っていたが、周りはそうは思っていないらしい。数人がカイと談笑し、会話が苦手な娘は話しを聞きながら手を動かしている。村の娘全員が集まった訳ではないが、やはり心なしか娘達も明るい顔を見せている。

「……サエはいいねぇ」

「何よ、急に」

 横でサエの代わりに衣を縫い始めた娘が、嬉しそうに呟いた。

「ううん。……有難う」

 家の中で篭っていても、機織をしていても、ここの娘達は気が暗くなるのを知っている。外へ出る勇気も無いものだから、いつしか娘達で集まることもなくなっていた。カイをきっかけに、集まる理由を作って無理やり呼びまわったが、どうやら悪くは無かったようだ。

 カイには悪いが、楽しそうに話している友人達を見ると、サエも嬉しくて頬が緩んだ。


カイさんと外で男が呼ぶのを聞くと、娘達は一瞬口を閉ざす。サエが代わりに戸を開けると、村の若い男達が何人か顔を出した。カイは苦笑いを零し、カイでいいと気さくに言う。

「……お前ら、出てこれたんか」

 一人が驚き混じりに呟いた。

「村の中だもの、いいじゃない」

 サエが言うと、男達も笑い声を零し始めた。

「そうだよな。何をしてたんだい?」

「衣を仕立てていたの、ついでにお話し聞こうと思って。皆は?」

「昨日、教えてもらった体術を、教えてもらおうかと思ったんだが」

「たいじゅつ?」

 娘達の顔が暗いものへと変わっていく。

「何、しようとしてるの?」

「相撲だよ相撲。鍛えなおせば少しは湿気た顔もなくなるだろ」

 サエはカイを見た。

「そんな無責任なこと、簡単に言わないで」

「サエ。俺たちもこのままじゃ嫌なんだ」

男達が背後で頷いた。

「……そうは言ったって、あと十日もないのよ?カノエだって外に出られないし、村長の事だもの、逆らったら殺されるのよ」

 その言葉で、誰もが暗い顔をして項垂れた。サエだって、この村の息苦しさを変えたい。でもどう変えればいいのか分からないままだ。

 カイが大きな溜息をつく。この中で、カイだけが堂々としていて不遜の態度を崩さない。

「ちびは機織していれば殺されずにすむだろう」

「ちびじゃない!それに、外の人間が分かったように言わないでよ!」

 カイは面倒臭そうに眉を寄せる。

「あのなぁ。村の人間同士が助け合わなかったら、いずれ村はなくなるし、お前らがそれでいいなら俺は口は出さないが。そうでもないだろう?」

「なんで貴方が」

「サエ」

他の娘に裾を引っ張られた。カイは気にせず口を開く。

「確かに俺は他所者だが世話になったくらいの恩は返せるし、暇が潰せるなら化物退治の手伝いもしてやる」

 それには他の者達も驚く声を上げる。

「だが、お前らが命を賭けないと言うなら俺は出て行く。男共には昨日言った。だが、ちび。お前の言い方は諦めているとしか思えない。愚図の言葉だ」

 得も言えない恥ずかしさに、顔が熱くなった。

「あんたになんか分かってたまるか!!」

 近くにあった反物を放り投げて、サエは小屋から飛び出した。カイは投げられた物は受け止めたが、気まずい空気には頭をかいた。

「女共は別として、男共は考えておいてくれ。長居もできねぇから、早目がいいが」

「いや、そう言って貰えただけでも有難い。サエのことは悪く思わないでくれ」

娘が一人立ち上がって、カイから反物を預かった。

「サエのお姉(おねえ)は、ある意味婚約者と一緒に殺されたんだ」

「贄は生娘を一人、と決まっていてね。五年かな、そのときサエのお姉が選ばれたんだけど」

 娘は言い難そうに顔を横に逸らせる。

「お姉は生娘じゃなかったんだ。だから、化物の不興を買って、殺されて、河に流された。婚約者だった男も、皆の前で村長に殺された」

「はぁ?」

カイの口からは信じられないという声が零れる。そして直ぐ、誰もが感じ取れるほどの怒りを身体全体に漂わせていた。

「……どこまで狂ってんだ?」

「……俺らにはもう」

 誰もが言葉を詰まらせた。ふっとカイが大きく溜息をつく。すると空気も先ほどよりは軽い感じに戻ってくる。

「それなら、悪かった。ああ、不愉快だな……」

「も、申し訳ない……」

「いいよ。仕方がないことだ」

 恐怖は時に自由を奪う。けれどカイは恐怖が時に、不自由を壊すことも知っている。

「けど、俺の村だったらお前ら全員殴ってる、村長ふくめて」

 この村は不愉快だ。規律にばかり縛られて、笑う顔が見当たらない。ほんの小さな自由すら霞んでいるように見える。

「……貴方は強いからそう言えるのよ」

 娘の一人がそう言って顔を逸らした。

「強くなりたきゃ、怠るな。俺から見たらお前らもちびと同じだ」

 カイが男達の群がりを割って、外へ出て行く。けれど、一人二人、後を追う男達が見える。娘達は、彼に責め苦を言われても、サエほど腹立たしいとは思わなかった。確かに、村人全員が諦めかけている。けれど、皆がこうして集まっただけでも、安心感は残っていた。

 カイを追いかけなかった男達は、どうしようかと迷っていたようだ。

「私たち、強くなれるかしら」

 ぽつりと、一人が呟いた。

「つよく、なりたい。また皆で、集まって、いろんな話しをしたい」

「……あ、あたし。港まで行って、魚釣って、皆で食べたい」

「わたし、好きな人と祝言を挙げたい。沢山子供作って、皆で騒ぎながら過ごしたい」

 娘達が静かに涙を流し始めた。

「も、う……悲しいことが無くなってほしい。もう、誰も、泣かないで、笑って」

 一人、二人と、意を決したかのように、顔を上げる男達がいた。

「俺らも、同じだ。昔みたいに、戻れるなら、戻せるなら」

 一人、二人、と小屋から離れていく。気がつけば、小屋には泣きはらした娘達しか残っていなかった。

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