魔性の焔 8
カイは男達数人と腕慣らしに身体を動かした。
「まぁ、松明やら石やら集めて置いたほうが無難だろうなぁ」
「槍や剣は駄目ですかい」
「バレちまうだろ」
一人がそうか、と少し焦った顔をした。
「動きたい時に動けるように、身体は壊さない程度に動かした方がいい。一日に数回に分けて短い間で型の見直し程度でもいい。長い時間かけるより疲れない」
日が頭上に昇ったころ、娘の一人が出来上がった衣を持ってきた。
「おお。悪いな。じゃぁ俺はここから離れる」
行ってしまうんですかと数人が慌てた顔をする。
「直ぐ近くの社で身を潜めてるよ。そうだな、事の二日前にでも知らせに来てくれればいい」
「何をおっしゃるんです。食べるもんも無いでしょうに!」
「あるよ。ある。鳥でも兎でも食ってるよ」
「そ、そうは言いますが」
「俺の事はその日まで忘れろ。俺は元々お前らの村の人間じゃない。いいか、分かるな?」
睨みを利かせて男達を見た。すると男達も気を引き締めたのか、目付きが初めて会った頃よりは頼もしく映る。
「じゃぁな。無理して身体壊すなよ」
カイは村を離れる。ふと、視線を感じたが確認せずに、社とは反対の方角へ歩いていく。途中、林の中に足を踏み入れ、しばらくは道沿いに沿って歩いた。背後から人の気配は無い。一本丈夫そうな木に登り、太い枝に腰掛ける。ただ静寂だけが広がって、久しぶりに気の緩んだ息を吐き出した。
夕刻になり、カイは社の近くに身を移した。サエの隠れ家の様子も確認し、隠していた剣の重さをもう一度確認する。この隠れ家は中々いい位置にある。社とも程よく距離があり、少し身体を動かしても社に人が居ても、気づかれにくいだろう。
隠れ家から社の距離や死角、日が暮れてから周囲の暗さや、月明かりの入り具合をを何度も確認しては、人が主に足を踏み入れそうな位置に、何度も立ったりと、目に入る全てを忘れないように意識を集中させる。
夜なら息を潜めていれば、山狩りでもない限り身を隠すことが出来る。後は早朝、明るい時間帯にもう一度同じ確認をした後、五日ほどかけて獣道を探せばいい。
木の上に登り腰掛けてから、大剣をもう一度持ってみる。暗い中ではその剣の良さは確認できないが、重さを慣らすには十分だった。自分にはしがらみがない所為か、命への執着が薄いようにも思う。そうでなければ、暴れたいという理由だけで化物退治など買って出ない。どんな化物だろうかと思うだけで、腹の奥が小さく疼くような感覚が湧き上がる。
知らず知らず、カイの口元が歪んでいく。自分の村から離れてから、それほど強い得物には出会わなかった。化物と言われるほどだ、自分よりも強いだろうと思うと、今からでも大剣を振り回して暴れたくなった。
(俺は、負けるか?死ぬか?)
死んでも、負けても、どちらでもいい。腹に溜まり、頭にかかった鬱が晴れるなら。思う存分暴れてやろう。
下のほうで物音がする。獣かと思って目を凝らせば、どうやら人影のようだ。
「おー……さすがキノギ様」
カイと同じくらいの歳の男だろうか、声が微かに聞こえる。
「しかし、どうします?村に戻るのも」
「準備が要る。邪魔をするな」
もう一人の声は鋭いが物静かな声だが、女が声を故意に低くして話しているようにも聞き取れた。
「今からですか?無理なさってはいけませんよ」
一瞬だけ静かになるが、また男が話し出す。
「それにこれだけ暗いのです、手違いを起こせば失敗しますよ」
また静かになる。
「俺は仕事よりキノギ様のが大切ですからね、邪魔をするなと言われたら邪魔をしますよ」
変な二人組みだ。とカイは静かに呆れる。
「聞いていますか?キノギ様。もう夜です、夜。暗いです。明日にしましょう。明日の朝なら明るいですし。仕事も滞りなく進めます。キノギさまー」
「喧しい」
静かになった。
「ヤト。あの村の方角、空気が変わった。たった半日でああも浄化されたのだ。仕事の方はまず、問題ない」
「では何に問題が」
「亡者共が喧しい。今宵、静かに眠るためには準備を要する。かと言って村に戻れば、我々は否応無く、事の騒動に引きずり込まれるぞ」
「……まぁ。キノギ様、処女ですからね」
直ぐに男のくぐもった呻き声が聞こえる。腹を殴られたのだろうか。
「まれびともここに居る事だ。亡者共はそちらにまとわり着くから問題ないが、喧しいのは問題なのだ」
「か、かしこまりました……。なんとも哀れなまれびとですが。我々の安息のために犠牲になって貰いましょう」
「……あと九日ほどだったか?」
「風の噂では」
二人の会話を聞いていると、所々不穏な色を見せている。あの村、風の噂とは、少なからずカイと同じ、他所者なのだろう。二人は社のほうに歩いていった。しばらくすると、小さな明かりが社近くで揺らめき出す。
カイは木の幹に寄り掛かり、剣に衣を巻いて抱える。なぜだろうか、急に眠気が襲い目を閉じればすぐ眠りの淵に落ちていった。




