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パタンと閉まった扉の向こうからかすかに二人の口論の声が聞こえる。視線を扉から正面に戻したシエラはこちらを見ていたリディアと目が合う。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかしら」
「はい」
なんだろう、と思いながらも返事をする。
「ハルミオンって貴方の前だとどんな感じなの?」
「どんな、ですか」
曖昧な質問だ。リディアもそれはわかっていたようで、言葉を重ねた。
「そうね・・・、やっぱりいつも怖いかをしてるのかしら。むすぅーっていう」
真似をしているのかリディアが口を尖らして神妙な顔をするものだから、思わずシエラは吹き出す。
「ふっ・・・っ、いえ、怖くは、ないです」
「ほんとに?んー、じゃあ・・・、優しい?」
二人の様子から、一方的に怖がられている訳でもないようだとは踏んでいたが、優しいハルミオンを想像しようとして断念したリディアが、それはないわと訂正しようとしたとき、シエラはこくんと頷いた。
「え?本当に!?」
今度こそリディアは驚いて声を上げた。容姿と家柄でモテることにはモテるのだが、多くの女性が冷たいハルミオンの視線を前に引き下がっていくのを何度も見てきたリディアである。
また、レイモンドと出会った時以来の付き合いとはいえ、ハルミオンとは犬猿の仲だ。(大半はリディアの行動に起因しているが)それゆえ、ハルミオン=優しいの図式は、リディアの脳内には存在していない。先程の目の前で見せた笑みなどは相当特殊な出来事だ。
「はい・・・、ハルミオン様は優しいと思います」
そのレア級の笑みをシエラが何度も目撃していることをリディアは知らない。はにかみながら答えるシエラの方へとリディアは身を乗り出した。
「その話、詳しく聞かせてもらえるかしら」
「詳しくですか?」
「えぇ!!」
勢いに押されたリディアから、ありえないハルミオンの様子を聞いて、リディアは自分の耳を疑った。ハルミオンが自分から女性に話しかけ、本の紹介までしている姿など想像できない。自分の知っているハルミオンとは別人なのではないか。
リディアは思わず頭を抱えた。
「リディア様!?」
具合でも悪いのかと焦るシエラを制する。
一応、リディアも夫と共に長年ハルミオンを見てきたのだ。彼は出会った時から全く変わらない。良い意味でも、悪い意味でも。そんなはルミオンに変化が訪れたのだ。
ふっと、リディアは息を漏らした。
「・・・リディア様?」
心配そうなシエラの声に微笑む。
「大丈夫よ、なんでもないわ。・・・さぁ、お茶のお代わりでもいかがかしら?」
ハルミオンは優しい、シエラはそう思う。周りの人が気づいていないだけで、ほんとはとても優しい人。本の話をしている時、食事の間、朝仕事に行く前。王子の側近として働くハルミオンと接する時間は一日のうちほんの僅かだ。けれど、シエラのことを蔑ろにしたりしない。むしろ、気にかけてくれているのがわかる。
花園出身の自分を、大切にしてくれる。
・・・ハルミオンは、優しい。




