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揺れていた馬車の動きが止まる。どうやら、目的の場所に到着したようだ。
今日はとうとう王太子妃の対面の日であった。ハルミオン曰く、王太子妃がいるなら、その隣には王太子レイモンドもいる可能性が高いとのことであり、二人乗りの馬車にハルミオンと向かい合わせに座ったシエラは緊張の色を浮かべ俯いていた。
結局ドレスの新調はしていないが、エリーが腕を振るって選んだ菫色のドレスはシエラの繊細な顔立ちに良く似合っている。
外から扉が開き、先に降りたハルミオンに続こうと腰を上げたシエラの動きが止まった。
どこに門があるのかわからないほど長くて大きな壁に囲まれた巨大なお城。門をくぐってしばらくの所で止まった馬車の目の前には、政務が行われている正面に位置した建物ではないようだが、それでも一般貴族のそれよりも大きい屋敷が存在していた。
入口の扉まで続く道の端々には色とりどりの花が咲いている。目の前の建物の後方にも、塔の様な物が幾つか見える。
以前暮らしていた花園も、現在暮らしている屋敷も十分な規模だとは思っていたが、初めて近くで見るお城は桁外れで、シエラはこれほど巨大で華やかな場所を知らなかった。
「...すごい」
鳶色の瞳をこぼれ落ちそうな程見開いて惚けているシエラの口から感嘆の声が漏れる。
しばらく目の前の光景に魅入っていたシエラだが、先に降りたハルミオンが手を差し出しているのに気付き、慌ててその手を借りて馬車から降りる。
「ありがとうございます。公しゃ…っ」
公爵様、と言いかけたシエラの口はハルミオンの手によって阻まれた。唇に伝わる感触にシエラの頬は赤く染まるが、それに気付いた様子もなく、ハルミオンの指が離れる。自分だけが意識しているようで悔しく思ったシエラだが、ハルミオンの耳が微かに赤くなっているのに気づく。
「名前で、という約束ではなかったか?...…シエラ」
王太子妃と会うに当たって、お互い敬称で呼ぶのは不自然だろうという話になっていたのだった。
「すみません。分かりました」
そう謝罪して歩きだそうとするシエラだが、ハルミオンはなかなか動こうとしない。不思議に思ったシエラだが、一つの答えにたどり着いた。
「ありがとうございました。...ハルミオン様」
それを聞いたハルミオンは満足気に頷いた後、シエラを伴って従兄弟夫婦の元へと急いだ。




