第六十四話:王宮料理師の意地と、至高の研鑽
レシピを王宮へ渡してからしばらくすると、アルフレッド王から一通の親書が届いた。
「レシピ通りに作らせたが、何かが違う。母上も『カイトの味ではない』と嘆いておられる。ついては、王宮菓子司の若き天才、ボナールを弟子入りさせたい」
カイトは困り顔で手紙を見せる。
「……どうしましょうか、お爺様」
オズワルドは髭を撫で、愉快そうに笑った。
「受けるしかないだろう。陛下の『食べたい』という執念は、時に軍令よりも重いからな」
こうして、場所をグランヴィル侯爵邸の厨房に移し、異例の「弟子入り」が始まった。
やってきたボナールは、当初「学園の若造に教わるなど」という顔を隠さなかった。
しかし、カイトが計量器も使わず、温度や火加減を指先の感覚だけで見極め、完璧なプリンを焼き上げる姿を目にした瞬間、その表情は驚愕へと変わる。
「……火加減、卵の混ぜ方、微細な気泡の入り方。口当たりを左右する繊細さです。ボナールさん、あなたの技術は素晴らしいですが、このレシピには『魔法を操るような精密さ』が必要なのです」
その後、王太后の毎週の治療が終わるたび、厨房では熱い指導が繰り広げられた。出来上がった試作品は、王太后、オズワルド、マリー、そしてクラリスたちによって厳しく講評される。
「少し焼きすぎね。舌触りが粗いわ」とマリー。
「カイトのより、甘さが尖っているな」とオズワルド。
だが、ボナールは折れなかった。それどころか、プロの意地に火がついた。
カイトの助言を吸収し、寝食を忘れて研究を重ねたボナールは、三か月が経つ頃には、ついにカイトですら唸る域に到達する。
「……参りました。この滑らかさ、素材の香りの引き出し方……さすが本職です。あとはこれを自分のものにアレンジすれば、王宮のスイーツは誰もが切望するものになるでしょう」
カイトが心から称賛を贈ると、ボナールは膝をつき、大粒の涙を流した。
「……ありがとうございます! 私の職人人生で、これほど深く『味』と向き合ったことはありませんでした!」
その様子をサロンで見ていた王太后は、満足げに頷く。
「ふふ、これからは治療のたびにボナールを連れてくることにしましょう。陛下への『お土産』も確実ですし、何よりここで食べる楽しみが増えるわ」
「左様でございますね。ボナール殿が来てくだされば味の最終確認もできますし、カイト様の手も空きますので助かります……」
クラリスの隣で給仕をするルーヴも、こっそりと(カイトの負担が減ることに)安堵の表情を見せた。
こうして、王宮とグランヴィル家の「スイーツ・レベル」は、国中のどの貴族も追随できない高みへと到達した。
カイトは自分専用のティーカップを手に取り、ようやく少しだけ平穏な茶の時間を楽しめる兆しを感じ、静かな喜びを噛み締めるのだった。




