第六十三話:国王の来襲と、禁断の王宮レシピ
「母上ばかり、ずるいではないか」
その声と共に、グランヴィル侯爵邸の門をくぐったのは、変装すら投げ出した現国王アルフレッドその人であった。王太后の劇的な回復と、毎週持ち帰られる「謎の黄金菓子」の噂に、ついに一国の主としての我慢が限界を迎えたらしい。
「陛下!? なぜこちらに……。事前のご連絡もなしに、警護はどうされているのですか!」
仰天して膝をつくオズワルドを余所に、アルフレッド王はキラキラとした目でカイトを凝視した。
「カイトと言ったな。母上から聞いているぞ。……して、今日のお菓子は何だ? 私もここで食べていってよいだろうか?」
カイトは内心で激しく頭を抱えた。王太后だけでも手一杯なのに、現役の国王まで居座られては、もはやここが「第二の王宮」になってしまう。
「陛下、畏れながら……。ここはあくまで治療の場であり、王宮のような設備もございません。毎週お越しになるのは、国政に障るかと……」
「案ずるな。書類は馬車に持ち込んでいる。それより、その『ぷりん』というのを早く私の前へ」
カイトの必死の拒否権(模索)は、国王の食欲という名の国家権力の前に、無惨に散った。差し出されたプリンを一口食べたアルフレッド王は、雷に打たれたような衝撃を受け、スプーンを止めた。
「……何だこれは。王宮の菓子職人たちは今まで何をしていたのだ。カイト……私も来週から母上と共にここへ来て良いだろうか?」
「お断りします(即答)」
「なっ、国王である私に……!? だが、食べたいのだ!」
このままでは「国王の毎週訪問」がなし崩しに決定してしまう。危機感を抱いたカイトは、即座に一つの条件を提示した。
「陛下、条件があります。このお菓子のレシピを王宮の菓子司にのみ提供いたします。その代わり、陛下は王宮でそれをお召し上がりください」
「なに、レシピをくれるというのか!?」
「ただし。このお菓子は『王族』および『グランヴィル侯爵家に連なる者』のみが食せる禁断の菓子として、法的に認定していただきます。勝手に広めたり、他の貴族に供したりするのは厳禁です」
カイトの狙いは、レシピを王宮に隔離することで、自分の元へ押し寄せる「おねだり客」を物理的にシャットアウトすることだった。
「よかろう! グランヴィル家は母上の恩人だ。この菓子を王家とグランヴィル家だけの『特権』とすることに異論はない!」
数日後、王都の貴族たちの間で、ある「伝説」が囁かれるようになった。
『グランヴィル家には、王族しか口にできない、天界の味がする黄金の菓子があるらしい……』
『王太后様や陛下が、わざわざ治療と称して通い詰めるほどの逸品だとか』
レシピを王宮に渡したことで王宮でも食べられるようになったものの、その希少価値は跳ね上がり、クラリスの元には「一度でいいから、そのお菓子を拝見させてほしい」という他令嬢からの嘆願書が山のように届いた。
「カイト……静かになるどころか、余計に注目を浴びていますわよ?」
「おかしいですね。レシピを渡せば、俺のところには誰も来ないはずだったのですが……」
天井裏ではランバが、プリンを頬張りながら呟く。
「旦さん、そら無理やわ。希少価値を上げたら、余計に欲しがるのが人間やさかい」




