タナトスの憂鬱5
美術館を出ると、もう夕暮れだった。
頬の傷の手当をして、のんびり昼ごはんを食べて。
本館の美術館をゆっくり見て回ったら一日はあっという間だった。
色々あったけど、こんなにゆっくりまったり街中で過ごしたことあったかな。
俺とメラフィーヌの影が、夕日に赤く染まった街道に、長く伸びている。
「じゃあまた週末頃に来ますね、師匠!」
「うち、寄ってかないの?」
顔を見合わせる。
何故かお互いキョトンとした顔をしている。
「い、いいんですか……?」
「昨日も一昨日も普通に来てたのに、なんで今更遠慮するの……」
「明日からまたお仕事だからご迷惑かなって……」
「あぁ。まぁ、酔い潰されるのは勘弁だけど。まだ早い時間だし、別にいいよ」
「……っ寄っていきます!!!」
ぱあっと嬉しそうな顔になったメラフィーヌが、小走りに俺の横に並ぶ。
何がそんなに楽しいのか。
俺は半笑いで家のドアを開けた。
……我ながら気持ち悪いと思う。
変わらず雑然としたリビングは、窓からの赤い夕日に染まっている。
「そういえば、別に師匠として何も教えてないけど、大丈夫なの?」
「そ、そうですね!!では……また手合わせお願いできますか?」
そう言ってから、メラフィーヌは、あ、と声を上げた。
「でも……ほっぺたにお怪我してますし……」
「いや、暗部にいたらこれぐらい怪我のうちに入らないから」
「あ、そ、そうですよね……」
納得したのか、メラフィーヌは手をぐっと握りしめた。
「……っい、いきますよ!」
「どこからでもどうぞ」
連休中はお役御免になっていた外面の笑顔でニコッと笑ってみると、メラフィーヌはなんだかむむ、という顔になった。
戦闘モードだろうか。
「えい!」
やっぱり最初はへなちょこパンチだった。
パシッと受け取って流すと、今度は流れるような蹴りが飛んでくる。
サッと身を反らして避けると、避けた先の頭に向かって、酒の空き瓶を握った手が追いかけてきた。
いつの間に。
想像以上の迫力に苦笑いする。
しょうがないから床を蹴り、クルッと宙で一回りして避ける。
チラッと悔しそうなメラフィーヌの顔が見えて笑ってしまった。
何をそんなにムキになってるんだろう。
キッと俺を睨む顔が可愛い。
俺は無防備に手を広げて挑発した。
タンっと踏み込んで俺に向かってくるメラフィーヌ……と、メラフィーヌのバッグ。
おいおい、これ、高級品だろう。
そっと軌跡を変えて、無難に背後のソファーに着地させる。
それからまたメラフィーヌのへなちょこパンチを受け取って、鬼のような蹴りと、まさかの鋭利な羽ペンの攻撃を交わして………
パパッと手を拘束して、足払いをかけてバランスを崩させた。
俺も一緒にソファーに着地する。
今度は俺が下で、メラフィーヌが上。
それでも拘束した腕にぐっと力を入れて俺の足でメラフィーヌの足の自由を奪えば、もう身動きは取れないはずだ。
悔しそうなメラフィーヌが、また赤くなってぷるぷるしている。
「今日こそ俺の勝ちかな」
「ま、まだ分かりませんわ!!」
「へぇ。もうほっぺにチューぐらいじゃビックリしないけど」
「なっ……」
より真っ赤になったメラフィーヌが絶句している。
なんだこれ。
めちゃくちゃ可愛い。
「か、からかわないで下さい!!」
「からかってないよ」
「……っビックリ、ビックリさせればいいんですもんね!!」
今日はそんな戦いじゃなかったと思うけど。
ムキになって何か決意を新たにする、夕日に染まったメラフィーヌをじっと見つめた。
メラフィーヌは、そんな俺にちょっとビクッとしてから、恐る恐る顔を近づけてきた。
少し、震える吐息と一緒に、重なる唇。
パッと離れたメラフィーヌは、真っ赤に染まってあわあわしながら震える声で言った。
「び、びっくり、しました、よね!?」
「……………」
「し………しなかった、ですか?」
俺はその赤く染った頬に手を滑らせて、グッと引き寄せながら言った。
「そんなんじゃ全然足りない」
その後何か言いたげにしていたけど。
俺は何もかも飲み込むように、そのままメラフィーヌの唇を塞いだ。
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