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タナトスの憂鬱4

「ってぇ………」


目を開いたらテーブルの上に突っ伏して寝ていた。

首が痛い。

そりゃそうだ、こんな格好で寝ていたんだ。

ぼんやりする頭をなんとか持ち上げてあたりを見回す。


酔い潰れたはずなのに、妙にテーブルの上が綺麗だ。

そして片付いたテーブルの上には、二日酔いの丸薬と、水。


あぁ、そうか。

多分これ、メラフィーヌが…………



不意におかしな光景が頭を過ぎる。

丸薬、水、メラフィーヌ。


「…………………は!?」


一人で叫んでガタリと立ち上がった。

頭に手をやり髪の毛をぐしゃりと握りしめる。


いや。

待て待て待て。

嘘だろう。


俺か?

俺がやったのか??


朧げだが間違いない。

大体俺は酔い潰れたとしても記憶が飛んだことなどないんだから。

まじまじと水と丸薬を見る。


やってしまった。

メラフィーヌは、その辺の気安い女とは違う。

いいとこの、それも物凄くいいとこの、成人したての箱入り娘のお嬢様だ。

領土が砂漠化でほとんど消えてなくなった、申し訳ない程度の地位しかない斜陽貴族の俺がふざけて手を出していい相手じゃない。

そんなお嬢様に、俺は、酔っていたとはいえ、なんていうことを………


不意に、トントン、とドアを叩かれビクッと飛び跳ねる。

びっくりした。

と、とにかく、落ち着こう。

まずは来客をやり過ごして………


ガチャリとドアを開けてフリーズした。

そこにはニコリと笑ったメラフィーヌがいた。


「おはようございます、師匠」


「お、おはよう………」


「お加減はいかがですか?」


「っあぁ、うん、大丈夫………」


「あれ?」


メラフィーヌが家の中を覗き込んで首を傾げる。


「お薬、飲まなかったんですか?」


そうして不思議そうに俺の顔を見上げ、ハッとした顔をした。


「……っまさか、お、覚えてっ……!?」


不覚にも、赤い顔をした俺をみて気付いたんだろう。

メラフィーヌも見る見るうちに真っ赤になっていく。


うそだ、待て、どうしようこれ。

朝からの酷い状況に頭を抱える。


「………ほんとに………ごめん…………」


「っいえ、その……謝る必要は全く無いのですけど………」


沈黙が支配する絶妙な雰囲気。

少しして、メラフィーヌはその空気を断ち切るように、ずいっと部屋の中に入って丸薬を手に取った。


「とにかく、これ。飲んでください、師匠」


「っ、あぁ……うん………」


「…………また私の口から飲みます?」


ギョッとしてメラフィーヌを見ると、メラフィーヌはそんなビックリした俺をみて、少しぽかんとしてから笑い始めた。


「……っふふ、なんて顔……っお、面白い……!!」


「………からかわないでよ………」


「ふふ、もう、飲み比べは、私の完全圧勝ですね……!!」


「………まけました」


俺は苦笑いしながらメラフィーヌから丸薬を受け取った。

そして恥ずかしさを紛らわすように一気に水で流し込む。

昨日も飲んだからか大して辛くなかったのだけど、朝も飲んだらスッキリ爽やかだ。

残念ながら頭も冴え渡っている。

……暫く現実逃避したかったんだけど。


はぁ、とため息をつくと、メラフィーヌが俺の顔を覗き込んできた。


「元気になりました?」


「あぁ、うん。ありがとう。」


「じゃあ、出かける準備してください」


「……出かける準備?」


見ればメラフィーヌは町娘の格好をしている。


「どこ行くの?」


「美術館です!」


「……美術館?」


「はい。もちろん付き合ってくれますよね、師匠?惨敗した上に、私にあんなことしたんですから」


少し頬を染めつつ、ニコリと笑うメラフィーヌ。

俺は項垂れつつ、頷いた。

もちろん、答えは一つしかない。


「………かしこまりました………」


俺はフラフラと、出かける準備をした。



砂漠の街の朝は割と爽やかだ。

道行く人は輝く太陽の下、元気いっぱいに会話をして店を切り盛りしたり、世間話をしたりしている。


「ほら、ここですよ!マダム・ファンポールの個展。実は今日までだったんです。これて良かった……!」


昨日あんなに酒を飲んだとは思えない軽やかな足取りで美術館の別館で開催されていた個展の会場へ入っていく。

中は広々として、ひんやりとしていて気持ちいい。


「いいとこだね」


「はい。気持ちいいですよね。私、美術館大好きなんです。」


壁一面のタペストリー、優しい風合いの刺繍、古いイメージのドレス。

それぞれ違うものなのに、何故か一体感のある

マダム・ファンポールらしい空間に仕上がっている。

それはどれも重厚で、繊細で、明るくて、優しい。


嬉しそうに展示物を見ていたメラフィーヌは、ふと足を止めて、少し切なそうな顔で壁の刺繍絵を見た。


「……私、この刺繍絵が好きなんです。この、柔らかい慈愛の表情が素敵だなって……景色も、優しくて。その、あまり、色素の加工法とかは知らないんですけど」


「色素?まぁ、俺もよく分からないけど、いいねこの刺繍絵」


柔らかなタッチのその刺繍絵は、ノスタルジックなような、子供の頃の風景のような、そんな優しさが溢れていた。


「……慈愛かぁ。うん、きっとそうなんだろうね。まぁ、俺はあんまり親心みたいなのはわからないから、どっちかっていうと、安心する感じがするな、この絵。」


「安心……?」


「そう。子供の頃、絶対的に守られていたような、幸せな感じの安心感、みたいな。わかるかな……うまく表現できないんだけど」


なんとなく、ほっこり優しい気持ちになって、そのままメラフィーヌを見ると、メラフィーヌは何故か少し目を丸くして、泣きそうな顔をしていた。


「えっ、ちょ、どうしたの?」


「……っすみません、なんか、あの、嬉しくて……」


「嬉しい?」


「はい。私も、ちゃんと絵を見て、誰かと共感しながら話せるんだなって」


「何いってんの、話せるでしょ。何も変なこと言ってなかったし」


「色素とか……詳しくないですし………」


「いやだから俺も知らないから」


何か昔嫌なことでもあったんだろうか。

いつも明るくてグイグイ前に進むメラフィーヌとは対象的なその姿に、なんだかさっさと元気になって欲しくて、ポンポンと頭を撫でる。

メラフィーヌは俯いたまま。

どうしたらいいだろうか。


「………お前、タナトスか」


不意に声をかけられて振り向く。

そこにはかつてあった領土に共に住んでいた、男たちがいた。

美術館の係の仕事をしているのだろうか。

少し着古したような制服を着ていた。


「俺たちが苦労している中で浮かれてデートとは、羨ましいこったな」


「あぁ、結局戦争すら起こせず、指をくわえてるだけの弱虫が。金ばっかり食いやがって」


「勉強ばっかりしてないで、オルネリアの木でも一本折ってこいよって言っただろ?こんなところで何してんだよ」


何度も浴びせられた言葉を、また再び黙って浴びる。

言い返す事などできない。

領主の息子として、あの土地を守れなかったのは、俺なのだから。


「おい、何とか言えよタナトス」


「なんなんですの、あなた達」


ずいっとメラフィーヌが前に出た。

男たちが顔をしかめる。


「……っおい、メラフィーヌ」


「タナトスさんは黙っててください。ほんと、なんなんですか、あなた達は。大の大人が寄ってたかって」


「バカヤロウ、俺たちは仕事をしねぇこの男を糾弾しているだけで……」


「まぁ。仕事をしていない?あなた方はタナトスさんがどのようなお仕事をなさっているのかご存知で?」


スゥ、と目を細めたメラフィーヌの圧が凄い。

まさに夜会の戦士。

催事を司る女帝のような空気だ。


メラフィーヌは更に一歩踏み出した。


「砂漠化のメカニズムの研究、砂漠化防止の対策、緑地化、産業の活性化、外交、交渉、視察。要人が偉業を成し遂げるために今、汗水垂らして活躍しています。それを妨害する者たちから要人を守り、時には各種の取り組みを政務として推し進める。護衛も官僚も兼ねてこの国の活性化を担う能力のある方ですのよ、タナトスさんは」


「……っはぁ!?何言ってんのかわかんねぇな俺たちには。これだからお偉いさんはすぐ難しい事を言って………」


「これしき理解出来ずになにをのうのうと文句を垂れているのです。ではお聞きしますが、タナトスさんがこうして汗水垂らしてこの国を守り育てている間、あなた方はどのような成果を立ててきたのですか?」


「せ、せいか……!?」


「えぇ、そうですわ。成果無くして物事を語ることはできません。頑張ってきた、一生懸命やった、それだけでは大人としては不合格。この国を守り育てる大人たちは、誰しも何かしらの成果を立てて、この国を盛り上げて下さっています」


「お、俺たちは学校もろくに出てねぇし………」


「あら、おかしいですわね。この国は成人まで誰でも学校で学ぶことができる仕組みになっているのですよ?もし学の足りない基礎的な学舎にしか行くことができなかったとしても、何かしらの進路を歩めるよう国も手助けをしています。それでもなにも出来ていないのだとしたら、それはあなた方の怠慢としかいいようがございません」


「……っこのアマ!言いたいように言いやがって!!」


激高した男が手を振り上げる。

最悪だ。

俺はパシッとその手を掴んだ。


「……触れるな。高貴なお方だ。お前の進退に関わる」


「……っクソ、お偉いさんがよ!」


そのまま男は俺の頬をガッと殴った。

痛い。

多分口の中が切れた。

三連休の最終日に、最悪だ。

俺ははぁ、とこっそりため息をついた。

男たちは俺が黙って殴られて少し気が晴れたのか、悪態を付きながら去っていった。


「………タナトスさん」


「あぁ、ごめんね。変なのに巻き込んじゃっ………」


顔を上げるとメラフィーヌがポロポロと泣いていた。

ヤバい。

どうしよう。

どうしていいか分からなくなってオロオロする。


「……っ悔しいです、私、タナトスさんが、あんな風に言われて……!!!」


「いや、いいんだって、言わせておけばそれで……」


「ダメです!!こんなに頑張ってるのに、なんですかあの人たちは!!」


キッと俺を見上げたメラフィーヌは、ハッとしてぷるぷる震える手を俺の頬に添えた。


「っ大変!腫れてきてます!は、早く手当を……」


「あぁ、大丈夫、ちょっと切れただけだし」


「ダメです!!!」


そしてグイグイと救護室へ引っ張って行かれた。

道行く人にチラチラと見られている。

また、聞こえないように、はぁとため息を吐く。

ほんと、どうなってるんだ、この三連休は………


俺はズルズルとメラフィーヌに手をひかれながら、なんだか妙に晴れやかで温かな気持ちを誤魔化すように、またこっそりと、ため息を吐いた。


読んで頂いてありがとうございます!!

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