4-26 最速(sideリュー)
脇腹が冷たくて、痛い。
不快なその感触に目を開いたら、見覚えのある医師が自分に手当をしているのが見えた。
「リューカス様!お目覚めになりましたか!」
嬉しそうにその医師が言う。
この医師は昔から王宮に努めている医師だ。
幼少期にこの医師に診てもらった記憶がある。
優しい医師だった。
「腹部に傷を負って、一日ほど眠ってらっしゃいました。刃が貫通していましたが…精霊術の治療により内臓の損傷はございません。ただ、出血が多かったのでご無理はなさらないように。数日ほどで動けるようになるでしょう。」
そうだ。
建国祭の会場に入ってすぐ、ルディと引き剥がされて。
指輪の防御結界が発動したのを感知して、慌ててしつこい他国の要人を振り切った。
何故かそれまでのしつこさが消えた要人は簡単に振り切れ、そのタイミングでルディとの間にあったたくさんの人垣がまばらになった。
そしてその隙間から、兄上がルディに剣を向けていたのが見えた。
直感だった。
あれはダメだ。
建国祭では、帯剣は許されていなかった。
なぜ兄上が剣を持っているのか。
自分も、周りの者ももちろん持っていない。
つまり、兄上が剣を持っているだけの理由がある、ということだ。
誘うように人垣が崩れる。
分かってる。
これは罠だ。
だけど。
もしかしたら、あの兄上の剣でルディは死ぬかもしれない。
兄上にどんな呪いがかかっているのか、わからないのだから。
ルディと兄上の間に強力な結界を張り、更に兄上の動きを止める結界を張る。
結界は問題なく張れた。
それなのに。
何故か手応えがない。
兄上の動きはゆっくりだが、止まっているように感じない。
咄嗟に、兄上を蹴り飛ばそうと走った。
周りの軍のものが上手く身体を使って阻止してくる。
数人かわしたが、間に合わない。
兄上が剣を突き刺すように構え、動いた。
ルディと兄上の間に身体を滑り込ませたのは、反射的だった。
今日マティはもう成人になった。
だから俺がうっかり死んでも大丈夫ではあった。
でも、死ぬつもりなんて無かった。
深々と自分に突き刺さった兄上の剣が見えた。
あぁ、そういえば、兄上は自分より剣技は上手だったなと妙に納得して、薄れる意識のなかで、自分はほんとバカだなぁと思った。
それが最後の記憶だ。
また、ルディに助けられたのか。
残った傷口に薬が塗られて、手当されていく。
だんだん意識がはっきりしてきて、何かおかしいことに気付く。
がばりと起き上がる。
「……っ」
「リューカス様!まだそんな風に動いては…」
医者が手当を終えた腹部を押さえる。
――ルディが以前俺に塗ってくれた傷薬と香りが違う。
「ルディアはいないよ」
ガチャリと部屋に入ってきたマティが言った。
手当を終えた医者が会釈をしながら、こちらを気遣うように、申し訳無さそうに部屋を出ていく。
「……いない?」
いないって、どこへ。
まさか。
自分の傷口を押さえ、あの後何があったか考える。
予想がついて、この状況に、芯から心が冷えていく。
「兄さんの傷を、あの場にいた大勢の人の前で精霊術で治した。……そして、王子の妻となるのであれば国の為にその力を使うだろうと軍部や他の大勢の者に求められた。ルディアは精霊の民は国のモノにはなれないと、国を出ていくと言ったよ。」
マティは淡々と話を続ける。
「レイナルド兄上には鋼の心となる呪いだけではなくて……魔術の無効化か何かの呪いもかかっていた。ルディアは国を出ていくと宣言した後、精霊の死骸を使ったその呪いを解くと言ってセフィナロスを呼んだ。最後は父上がレイナルド兄上を引き戻し呪いを解いたよ。リアーナ嬢とマッカス卿は拘束された。……そしてルディアは、僕の王位継承を祝うと言って派手に精霊術の花を撒き散らして、羽の生えた白馬で華麗にどこかへ飛んでいったよ。建国祭はルディアのおかげで大盛りあがりだ。」
はぁ、というマティのため息がやけに部屋に響いた。
「……ファナは昨日からグズグズ泣いてるし、母上も凹んでるし、今日はあちこちから愛の丘の二人はどうなるんだ、国は二人を引き剥がす気かとクレームが来てる。ルディアのレポートを見た学会やら研究者やら業界、環境団体もろもろからは多数の共同研究の要望や質問の嵐。肝心のルディアはいない。……これは我が国としても大きな損失だ。寝てる場合じゃないよ兄さん。」
間近で見た弟の視線は思った以上に真っ直ぐで、有無を言わせぬ力強さがあった。
「王命だ。何もかも問題ないように整えて、さっさとルディアを捕まえてきて。」
「王命……」
「僕の最初の王命だよ。ありがたく思え。」
マティが尊大な感じでにやりと笑う。
「指輪は外すなって言っておいた。兄さんならルディアが何処にいるか指輪の微弱な魔力消費を辿って探せるよね?」
「……もちろんだ」
「ほっほっほ、慌てずとも良いのではないですか」
コツコツとステッキを鳴らして現れたのはカルバディス卿だった。
「リューカス殿下がルディを捕まえなかったら、きっとルディは東の国へ来てくれるでしょう。私としてはそれで全く問題無いですぞ。」
「うーん、僕は困るな。」
「仕方ないですなぁ。ひと肌ぬぎましょう。陛下の王位継承祝いです。」
コツコツとベッドの横にやって来たカルバディス卿は、よっこいしょと枕元の椅子に座った。
「オルネリア国王とも話したのですがな。オルネリア出身のルディアが一体どこへ行ったのかと気を揉まれてましたぞ。国内は例の『愛の丘』の話で持ちきりで、辺境の街を訪れる人が激増、環境保護に街道の整備に街の警備にと大変だとか。……それに、オルネリアには精霊の民と優秀な研究者を村ごと失うという苦い歴史がありますからな。両方を兼ね備えたルディアをどう保護するか。三国で話し合うべきではとのご提案だ。」
そしてふうと一息つくと、意地悪そうな顔で笑った。
「……そうそう、別件ですがな。先程スレイド様を見舞ってきまして、リューカス殿下に伝言を預かって参りました。『惚れた女を泣かすような奴に俺の見舞いはさせない。親の死に目に会いたかったら早くなんとかしろ。』とのことですじゃ。」
クックックと笑い、俺の顔を覗き込む。
「どうされますか、リューカス殿下」
「……最速でルディを捕まえに行く」
「ほっほっほ、腕がなりますなぁ。」
ニヤニヤしているカルバディス卿を一瞥して、カルタスを呼びいくつか言付ける。
「まずはカルバディス卿と三国間での精霊の民保護案についてまとめたい。このまま話せるか?」
「寝起きで大丈夫ですかな?」
「問題ない。そしてもう原案もある。」
さっと戻ってきたカルタスが、俺の部屋から持ってきた精霊の民保護の原案の冊子を手渡す。
「……流石ですなぁ」
「簡単に逃すわけ無いだろう」
俺は最初から本気だ。
ルディ、お前は俺のことを舐め過ぎだ。
これぐらいの問題、あっという間に片付けてやる。
最速で捕まえに行く。
絶対逃さない。
だって。
ルディはきっと顔をびしゃびしゃにして、泣いてるだろうから。
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