4-22 会話(sideマティアス)
血だらけの鉤爪を付けたままのカルタスが目の前に現れたのは午後1時を回って少し経った頃だった。
即座に人払いをして聞いた話は信じがたいものだった。
探っていたもののなかなか尻尾を掴めなかった、マッカス家に接触していたサラディーニの過激派環境保護団体。
砂漠化するサラディーニを救うためなら人殺しも略奪も何だって正当化して実行に移す、危ない組織だ。
まさか王の交代を待たずにこんな強硬な手段に出るとは。
恐らくマッカス卿はこの機会に本気で兄さんを殺し、開戦の流れでレイナルド兄上を事実上の王に成り代わらせ、実権を握るつもりだったんだろう。
そうはさせない。
兄さんならきっと雨ノ森の爆破を止める。
なら、僕のやるべきことはこれだ。
「父上、オルネリア国王との緊急回線を繋いでもいい?」
「……何があった」
「マッカス卿が今日の午後四時、オルネリアの雨ノ森に攻撃を仕掛けるよ。兄さんがルディアと止めに行った。」
父上のやつれた身体のどこにこんな力がと驚くほどの、ビリビリした魔力が漏れ出す。
「ちょっと落ち着いて。まだ死なれたら困るから。」
「これで死ねるか」
「私このビリビリ苦手だわ」
「………悪い」
母上に弱い父上はあっさり気を静めた。
流石母上だ。伊達にこの化け物魔術師と呼ばれた父上と長年連れ添っただけのことはある。
何たってご正妃様だからな。
「まだ僕じゃ王位継承してないから使えないけど……これ、発動させてもらってもいい?」
「……俺が話すか?」
「何言ってるの」
ほんと死にそうなのに、最後までこの人は。
僕は友好国同士の国王だけを繋ぐことができる最高機密の魔道具を父上に差し出した。
「僕が国王としてどれだけできるか見るいい機会なんじゃない?」
「……そうだな」
父上は何とも言えない、国王なのか父親なのかよく分からない顔でしんみりと笑うと、魔道具を発動させた。
『なんだ、スレイド?お前目が覚めたのか?』
父上とオルネリアの国王オズワルド陛下は歳が近いせいか仲がいいとは知っていたけど。
こんなに砕けた感じで話していたとは知らなかった。
父上が枯れた声で話し始める。
「久しぶりだなオズワルド。まだ起きたのは内緒だから、秘密にしておいてくれ。……緊急だ。ここからは息子に任せる。」
『……世代交代か?』
「もうすぐな。」
そのまま魔道具を手渡される。
国王のみが使うことができる直通の通信機。
手に乗るそれはずしりと重たい。
これに、数万の人の命が乗っている。
王の責務は吐き気がするほど重い。
でも僕に国を治める能力があるのなら。
それを正しく使うのが王子に生まれた僕の責務だ。
「……お久しぶりです、オズワルド陛下。マティアスです。」
『……マティアス君か』
吐き出すような、緊張が抜けたようなオズワルド陛下の声が聞こえた。
「ご不満でしたか?」
『いや、適任だよ。もしかしたらレイナルド君かもしれないと、緊張していたんだ。……君たちと殺し合いはしたくないからね。』
「……ありがとうございます。それは私も同じです。」
一息つく。
先代王の時代に争っていた両国の王が、このように話をできるようになったのは父上の素晴らしい功績だ。
これを失わせることなど、絶対にできない。
腹をくくって本題に入る。
「我が父の対立派閥となるマッカス家が、強硬手段に出ました。サラディーニの雨を奪ったとして、オルネリアの雨ノ森を2時間半後の午後四時に過激派組織に爆破させ開戦になだれ込む計画があると先程情報を掴んだところです。阻止すべく兄リューカスを雨ノ森へ向かわせました。」
『……っなんだと!?2時間半後!?まて、そこの王宮から向かうのか!?』
「精霊獣に乗って向かったので間にあうはずです」
『精霊獣!?』
秘匿したいところだったが、いずれバレる。
慎重に、でも大胆に話を進める。
「話せば長くなるので今日のところは掻い摘みます。兄はマッカス家の策略にはまり重症を負い、濁流に飲まれた先でオルネリアの雨ノ森に住む精霊の民に命を救われました。その精霊の民と共に兄上は城へ帰ってきました。そして共に私の王位継承が成されるよう城内の体制を整え、精霊術により父上を目覚めさせました。そして追い詰められたマッカス家が強硬手段に出た。オルネリアへ影響が及んでしまい返す言葉もありません。……必ず阻止します。」
『……なんとも、濃い話だな……』
深いため息が聞こえる。
オルネリア国王のオズワルド陛下は、知識の王として知られる。
恐らくこの情報量であれば、推測含めて簡単に処理されるはずだ。
『その、精霊の民の者は……森に住む賢女アデルの育てていた女の子か?』
「ご存知だったのですか……」
『アデルが、もうカルバディスには会いたくないって言うからな……少し手を貸してやっていた。そうか、あの子か……』
そこが繋がっているなら話は早い。
「カルバディス卿は賢女アデルが育てた娘ということで、娘のルディアを大変に可愛がっていました。ルディアは精霊の民は貴族にはならないと養子の誘いを断ったそうですが。」
『ふ、アデルの育てた娘らしいな』
懐かしむ声が聞こえたが、それは一瞬のことだった。
すぐに厳格な声色が戻ってくる。
『状況は分かった。まずは開戦の阻止。これは絶対だ。今回のことで我が国に被害が出た上にサラディーニの軍が国内に入れば、私であっても民意を落ち着かせる事はできないだろう。そうなれば私としても開戦を選ばざるを得ない。』
「分かりました。全力で我が軍の進行は阻止し、雨ノ森の破壊を防ぎます。」
『……リューカス君なら、出来そうな気はするがな……間に合うといいが』
また重苦しいため息が聞こえる。
兄さんは必ずなんとかしてくれる。
勝負はこの先だ。
「雨ノ森の破壊とサラディーニ軍隊の進軍は必ず防ぎます。問題はその後です。私はこれをオルネリアとのさらなる和平に繋げたい。これ以上マッカス家に好きなようにはさせません。」
『……筋書きは?』
僕はふふ、と心のなかで笑みをこぼした。
これ以上ない筋書きだ。
みんなが大好きな。
兄さんとルディアには悪いけど、利用させてもらう。
「サラディーニの王子がオルネリア育ちの恋人の故郷を救う、素敵な話だと思いませんか?」
そう、だから。
兄さん。
必ずルディアの育った雨ノ森を、守るんだ。
通信機の魔道具の向こうでハッハッハと笑うオルネリア国王の声を聞きながら、僕は遠いオルネリアの雨ノ森に祈った。
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どうやらオルネリアの国王様もノリノリのようです……
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