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3-9 信頼(sideマティアス)

その日は突然訪れた。

転がるように離宮にやってきたカルタスは、兄の帰還を涙ながらに知らせに来た。

母親の死と同時に、突然姿を消した兄。

何かあるとは思っていたが、事態は思ったより深刻だった。

まさか、兄さんが死にかけるとは。

鉄壁の防御を誇る兄が死にかけるなど、誰が想像しただろうか。


精霊の民の生き残りだという人物。

しかも薬師。

その人が兄と出会わなかったらと思うと、心が奥底から冷える。

山奥に住む善良な薬師で、更に精霊の民の生き残りである人物に助けられるとは。

兄の運の良さが逆に怖い。


「じゃあ、その助けてくれた人、丁重にもてなさなきゃだね。どんな人?兄さんとオルネリア飛び回って横断して越境してくるぐらいだから相当だよね。山育ちの屈強な男って感じ?」


カルタスはきょとんとしたあと、ふふふと笑った。


「いえ、可愛らしい女性ですよ。たしか18歳ぐらいだとか。」


「は!?」


待て待て待て。

18歳の女性だと!?

今まで精霊獣を乗りこなす屈強な男の薬師で想像していた話を、最初からやり直す。


川で死にかけてた兄さんを拾って。甲斐甲斐しく治療し。精霊獣と共に殺気立つ追手から兄を救い。命の危険を顧みず兄と旅を続け。山奥の美しい泉のほとりで解呪を行い。そして兄と共に国境を越えてきた。


これは。


「………その子、かわいい?」


「明るくて素朴で可愛らしい方です。」


カルタスはニヤリと笑った。


「リュー、ルディと呼び合っておりました。」



なんだって。

僕はすぐさま腹心兼妃候補の三人を呼び寄せた。



「………というわけなんだ。」


3人は空を仰いだり目を覆ったり神に祈ったりしている。


「……神父はどこ?」


「まずは協会を建てましょう」


「待ちなよ。外堀を埋めるのが先だ。」


カルタスを入れた5人の緊急会議。

面倒くさい。別に一生一人で良くないか。……ぐらいの勢いだった淡白な兄だ。

3人の頭がおかしな方向に行くのも無理はない。


「カルタス、ちなみにいま二人はどこに?」


「はい。らくだで、二人乗りでこちらへ向かうとの事でした。今夜は砂漠の真ん中で星空を見ながらの野営でしょう。」


「……くっ」


「破壊力が……」


「もうだめ。心臓が止まりそうだわ。」


「落ち着けお前たち………」



あまり妄想を膨らませたらダメだ。

ここは、冷静にならなければ。


僕は気を引き締めた。


「ミリィ、ラム、ファナ、僕達が兄さんにしてあげられることは何?」


3人はすっと居住まいを正した。

僕の絶大な信頼を置く腹心だ。


ミリィは、社交会の華に君臨する華やかな笑顔で答えた。


「身分的には既にカルバディス卿の支援がある状態。何かしら調整は必要かもしれませんが、大きな問題にはなりませんわ。うちは、あまり身分にうるさい国でもないですしね。」


「それより精霊の民というところだよね。ここが逆にネックだ。最適な在り方の検討が必要だ。」


ラムはもはや僕の政務の右腕。彼女に任せれば大体うまくいく。


「二人の関係性も気になりますね。リューカスのことだから、ゆっくり進行な気がしませんか?うっかり逃げられそうだから、少し押し込むぐらいの手助けはしても良いかと。」


ファナは穏やかそうでいて一番怖い。謎の人脈や観察眼に加え、小説や脚本で民意を誘導する力まで持つ。


「いいね。その方針で行こう。ただ、一番重要なのは本人たちがどう思ってるかだ。実際の状況はまだ明確じゃない。各自情報の収集と共有を徹底して。細かいところは任せる。」


「かしこまりました。」


「ふふ、お会い出来るのが楽しみですね。」


「しっかり観察致します。」


僕達は完璧な団結力で頷いた。

明日から忙しくなりそうだ。


「……それで。例の青い石のことですが…」


ファナがしっとりした微笑みに冷たい眼差しを乗せて呟く。

兄を呪った、忌々しい、青い石。


「………入手経路は探れる?」


「やってみます。」


「……3人とも、自分の身の安全も気をつけて。」


舐めた真似をしてくれる。

兄の身体ばかりか、肉親に呪われるという心の傷を追わせた諸悪の根源。

必ず叩き潰す。


今頃兄さんは砂漠の中か。

兄の心境を慮る。


……その子が兄さんの側にいてくれて、本当によかった。


僕達はそれぞれの役割に沿って動き始めた。


そして翌日。

本当にラクダに二人乗りでやってきた兄さんとその女の子。

なんだあれ。最高に楽しそうだ。


「……リューカス、顔は同じ淡々とした顔なのに、なんかオーラがちがうわ。ううん、やっぱり……表情が柔らかいかも……」


「これは……やっぱり神父を……」


「ミリィ落ち着いて。外野が騒ぐのがバレるのは美しくない。」


3人はすっと外面を被る。

器用な子たちだ……恐ろしい。


相変わらずな兄さんがラクダから降りてくる。

変わらない姿。

本当に、無事で良かった。


「それで、兄さん。紹介してよ。」


早速けしかけると、兄さんはちょっと微妙な顔をした。


「………俺の命の恩人のルディアだ。」


「……………ふうん?」


微妙な紹介。

俺のルディアだと紹介したいのにまだできないってことか。

この子には何か迷うところがあるのかもしれない。

無理もない。

兄さんはこの国の第二王子だ。

慎重になるのは当然だ。

王子と知ってホイホイついてきたのでないなら、それはそれで好感がもてる。


あとは兄さんが逃がす気がないなら、それに協力するまでだ。


まずは情報収集するか。


「ルディア、砂漠の夜はどうだった?兄さんちゃんと星見れるようにセッティングしてくれた?」


「バッチリ敷物布いてくれて、寝そべって見れました。砂漠の星ってすごいですね。」


「でしょ?兄さん特に砂漠キャンプ好きだから。素敵な夜を過ごせたみたいで良かった。」


背後で誰かがまた神に祈る気配がした。

落ち着け。

とにかく兄さんがやる気満々なことだけは把握した。

寝そべって。二人並んで。星空。

だめだお腹いっぱいだ。


ここからは分業しよう。

このルディアという子は任せた。

兄さんの部屋の隣にある大部屋にかわいい腹心三人と一緒に放り込む。

実は王族用の大部屋なのだが色々と都合がいいから今回は特例で。


とにかく。兄さんと話さないと。


自分の執務室に呼び寄せ、ガチャリと扉を閉める。


「兄さん……俺は今、情報量が多くて混乱している。」


「まぁ……自分で言うのも何だけど、大冒険だったからな。」


悪いけど混乱しているのはそこじゃない。

あのルディアとかいう女の子とはどういうことになってるの。

気になり過ぎて問い詰めようとしたところで、

兄さんが取り出したそれに心を冷やされる。


コトリと青い宝石が入った瓶が机に置かれる。


「……これだ。」


「…………随分鮮やかな青だね。」


「……解呪後、自分の身体から出てきた。呪の核のようだ。直接触れると精神に異常が出るらしい。……母上の、生命力の塊だそうだ。」


「…………」


兄さんの表情は複雑だ。

色んなことがあっただろう。

少しは消化できただろうか。


「……よく、生きて帰ってこれたね……」


「3回は本気で諦めたよ。」


「あの子のおかげ?」


「…………そうだな。全然、死なせてくれなかった。」


兄さんは俺に向き直って微笑んだ。


「心配かけたな。」


やっぱり少し、兄の雰囲気が変わったように感じる。

それだけ、色々あったということか。

旅装を解き、晩餐用にきちんとした服に着替えた兄さんは、前よりなんだか大人になったように見えた。


「……で、あの子は?」


結局執務室では聞ききれず、移動した晩餐室で声を潜めて聞く。

一番聞きたかった話題だ。

……絶対兄さんは話題にならないように話をずらしてた。

しかし逃さん。


「ルディがどうかした?」


「……暫くここに置くの?」


まずはジワジワと攻めてやろう。

そう思って問うと、兄はなぜかちょっと悪い顔でニヤリと笑った。


「あぁ。ルディには色々協力してもらおうと思って。」


「精霊術で?それとも薬師?」


「……いや」


兄さんは扉の方に向き直った。


「そのうち分かる。」


ガチャリと扉が開いた。

ミリィが先に入り、後にラムとルディア、最後にファナが続く。

ファナが意味深な目線を俺によこす。


……その理由はすぐにわかった。


所作が、綺麗だ。


この国の身のこなしとは少し違うが、これはドレスアップして気分がのった仕草とは違う。

きちんと教育を受けたことがわかる所作だ。


「……似合うじゃん」


兄さんの発言に、何をいちゃついて……と思うところなのかもしれないが、違う。

本当に似合うのだ。

この晩餐の場に合うように取った態度が、服装を似合わせているのだ。


「さすがだね。」


「……なんのことかしら?」


美しく笑う仕草が、本当に東の国の貴族のような雰囲気だ。ラクダから降りた様子を見て、フランクな雰囲気がいいだろうと判断したが。

そんな配慮は必要無かったのかもしれない。


「ちゃんと合わせてくるなぁと思って。」


「必要なかったかしら。」


「……いや。」


兄さんも意味深に微笑んだ。


「……頼りにしてる。」



その一言で悟った。

ルディアは、兄さんにとって、お気に入りの女の子じゃない。


対等な女性なんだ。



ファナが面白そうな顔をしている。

他の二人も興味深そうにその様子を眺めている。


「さ、座って。始めよう。」


僕はみんなを席に着かせた。



なんとなくだけど。


此処から、何か新しい動きが生まれる。


そんな予感がした。


読んで頂いてありがとうございます。


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