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3.朝(sideリュー)

本日3話目の投稿です。

光が眩しくて、うっすら目を開ける。

体中が痛い。力が入らない。

手も足も、体中が思うように動かない。


「……?」


ぶら下がる沢山の薬草、古びた天井。

近くの椅子には優しい色合いのブランケット。

漂うスープの香り。

窓から差し込む光は、滴り落ちる水滴のせいだろうか、妙にキラキラとして、綺麗だ。


ここはどこだ?

天国???


段々と意識がはっきりしてきて、忌々しい記憶が蘇る。

裏切と策略、死、呪い、背中に受けた矢…国境の泉に飛び込んで、滝壺に落ち、濁流に飲み込まれ、結界を駆使して溺れないように、とにかく流されるまま、遠くへ遠くへーーー


「わっっ起きてる!!っと、アチチチチ…」


色白の若い女性がいる。

長く広がる柔らかそうな栗色の髪の毛が、朝日に当たってふわりと光って見える。

紺のワンピースは、古びているが優しげな風合いで、柔らかな髪の毛の色合いといっしょに暖かい雰囲気を作っている。

手にスープがかかったのか、ピョンと飛び跳ねて部屋の奥へ消えていった。

火傷させてしまっただろうか。

驚かせてしまってちょっと申し訳ない気持ちと、そのあまりにも平和な光景に拍子抜けした。

優しい空間。自分がそんなところにいる現実感はないが。


「大丈夫?体調はどう?」


戻ってきた彼女は濡らしたタオルで手を冷やしながら、心配そうにこちらにやってきた。

その手は大丈夫かと聞きたいのはこちらだ。

こんな訳のわからない状況なのに、なんだか可笑しくなってきて、思わず笑ってしまった。


「驚かせてしまってすまない。君の手は大丈夫だった?」


「え、ええと、お見苦しいところを見せてしまってごめんなさい。よくやるの…大したことないし、薬を塗ればすぐ治るから気にしないで。」


ほんのり頬を染めて明後日の方向をみながら、濡れタオルをギュッと握っている。

よくやるって…少し冷ましてから運んだほうがいいんじゃないか。

妙な心配をしてしまうあたり、自分はまだ寝ぼけているのかもしれない。


「そんなことよりあなたよ!死にかけてたのよ。気持ち悪いとか、息が苦しいとかない?」


心配そうにこちらを覗き込む。

優しげなその雰囲気になんだか心がぎゅっとなる。

こんなふうに心配されるのって、いつぶりだろう。


「君が助けてくれたの?」


「そうよ。近くの川で拾ったの。泥だらけで川辺の岩に引っかかるように転がってたわ。増水した川に流されたんでしょう?背中に矢まで刺さってるし、むしろ生きてるのがびっくりだったわよ。」


「矢…」


忌々しい記憶が蘇る。

やはり、自分は死にそうだったんだ。


「……助けてくれてありがとう。そんな酷い状態だったなんて…君は命の恩人だね。」


「ふふ、いいのよ!無事に目が覚めてよかった。それで、体調はどう?」


「…とにかく、体中痛いな。熱っぽくてだるさもあるけど…死にそうなほどじゃない。」


「よかった…!熱はまだ毒素を中和しきれてないからね。背中の傷口をみせてくれる?」


「…君が診るのか?」


てっきり医者が来るのかと思ったが、違うらしい。

深緑の珍しい色の目をパチパチして、さも当然のように言い放った。


「そうよ。ここには私しかいないもの。」


「…砂漠の毒蠍の猛毒のはずだぞ。」


「あら、わかっていたの?大丈夫よ、解毒薬はあるから。昨日も沢山作っておいたの。」


「作る?君が?」


「えぇ。私は薬師なの。まだまだ勉強中なんだけどね。」


勉強中なはずがない。砂漠の毒蠍の毒は猛毒で、治療薬を作るのが難しく、高価な解毒薬だ。

配合を誤ると、逆に強い毒になる扱いの難しい薬。

「勉強中」レベルの若い女性が作れる薬ではないはずだ。

こうして身体が怠いぐらいで普通に生きているのだから、その解毒薬の効果は間違いないようだけど…


「ごめんなさい、動かすわね。痛かったら言って。よっこらしょと…」


そんな自分の困惑にも気づかずに、さっさと治療を始めてしまった。

横向きに転がされ、背中の服を捲られる。

すると、縛られた腕が見えた。


縛られた腕?


「その…なぜ俺は縛られてる?」


「あなたがいい人かどうかなんて分からないじゃない。」


確かにそれはそうだ。

意外とちゃんとしている。

じゃあ逆に、なんで自分を拾ってくれたのだろう。


「…その通りだけど…じゃあなぜ見殺しにしなかった?君にはリスクしかないだろ。」


「助けられるのに助けなかったら、私が後悔するからよ。ずっと見殺しにした記憶を引きずって生きるのなんてごめんだわ。あ、でも、このあと悪さをするようなら、問答無用で警備隊に引き渡すからね!!!」


「隙を見て殺されるかもとか考えない?」


「だから縛っておいたのよ。それに私、これでも結構強いのよ!」


ふふんと自信満々に笑っている。

この細身で柔らかそうな身体のどこにそんな強さがあるというのか。


「ふふっ」


「し、信じてないわね!!この背中の傷に塩塗り込むわよ!!」


「悪かった、それだけは止めて…ふふ…」


「口の減らない患者ね…」


そう言いながら丁寧な手付きで背中の傷を手当していく。

解毒薬だろうか。ひんやりとしたものが背中にあてられた。


「まだ少し掛かりそうね…足の骨折も暫くかかるから、当分は自由に動けないと思うわ。

一週間後ぐらいには杖をつきながら歩けるとは思うけど。」


「十分だ。ありがとう。ちなみに俺はどれぐらい寝てた?」


「一晩よ。昨日のお昼に川で拾って、そのまま結構強めの解毒薬で集中治療したわ。今はお昼前ってところね。」


その程度の時間経過なら、追手がここまで来ているとは考えにくい。

何しろ山の下は慣れない土地の豪雨と濁流だ。

恐らくほとんど追いかけてこれなかったのではないか。


「…この腕の縄は外せない?」


「あなたが悪人じゃないっていう証拠がないじゃない。」


「…まぁ、そうだよね…」


はぁ、とため息を吐いた。

どうしようか悩んだが、目の前で縄抜けをして縄を外す。


「えっ、うそ」


「ごめん、黙ってるよりはいいかなと思って。」


どうせ追手が来たらさっさと縄を外して戦うか逃げるかしないといけないのだ。

この人に危険が迫りそうになったら、せめてすぐ助けるか危険を逸らせるぐらいの自由は確保しておかないと。

こんな厄介者の命を助けてくれたんだから。


「それに、縛られてても魔術も使えちゃうから…あんまり俺を縛っても意味がないかもしれない。」


「…正直な申告ありがとう。」


「なんか…ごめんね。」


気を悪くさせたんじゃないかと思ってちらりと様子を見てみたら、珍しい深緑色の綺麗な目をまんまるにしてこちらを見ていた。


「縛っても無意味な人がいるなんて、盲点だったわ…!!」


なんだか大発見だわ!のようなわくわくした様子にキョトンとする。


「あなたを捕まえる方法自体存在するのかしら!?」


「…普通、魔術師を捕まえるなら魔封じしてから鎖で拘束かな?」


「なるほどね!誰かを捕まえようと思ったことなんて無かったから考えてもみなかったわ…勉強になったわ、ありがとう。」


まるで新しい世界を発見したかのような喜びっぷりだ。

何だこの子。変な子だな。

今度はなにか悩み始めた。


「つまり私には魔封じの能力も道具も無いから、あなたを拘束することはできないってことになるわ。」


「…そうかもね」


「となると、別の方法で自分の身を守らないとね…」


しばし考えた後、俺の目をじっと見つめてきた。


「まず、私を殺せば多分このままあなたも死ぬわ」


さっきまで傷口に塗っていた薬を持ち上げる。


「この辺は田舎だからね。毒蠍の神経毒の解毒薬を作れる人ってそんなにいないから、探してるうちにまた毒が回って倒れちゃうと思うわ。

ある程度回復した後も、あなたすぐ動き回れないだろうから、看病とご飯を作ってくれる人が必要ね。この家は森の中にあって近くに誰も住んでないから…麓の街まで一人で行けるようにならないうちは、私のことを生かしておくしかないわよ?」


そしてにやりと俺の顔を覗き込む。


「どうかしら?」


その勝ち誇った顔がなんだか面白いやら可愛いやらで、思わず吹き出してしまった。


「なんで笑うのよ!」


「いや、間違いなく君の言うとおりだよ。ふふ、大丈夫、命の恩人を殺したりしないよ。」


「何だろう…やたら生意気な患者ね。」


不満そうにしつつも、足の様子も診てくれる。


「実は骨折はあまり得意じゃないんだけど…骨の位置は正しく固定してるし、このまま行けば後遺症も無く歩けるようになるはずだわ。」


「ありがとう。助かるよ。正直だいぶ酷い濁流だったから、腕の一本や二本諦めないとだめかと思ってたよ。」


「…運が良かったわね。」


その子はそう言いながら、手元の紙に何かメモしていた。

治療記録だろうか。

なんだか抜けてそうな雰囲気なのに、紙に書き込まれていく文字が美しく、知的な雰囲気を纏っている。

部屋を見渡すと、読みかけの本や調薬の道具、使い古した古いテーブルがあった。

この子の歳にしてはずいぶん古い物もありそうだ。誰かの部屋なのだろうか。


少し身体を動かしてみる。

足はまだ動かなそうで背中の傷も痛いが、想像よりずっと状態がいい。

数週間で殆ど元通り動けそうだ。


さっき、私がいないとご飯も看病もしてくれる人もいないと言っていたけど…このまま面倒を見てくれるということなんだろうか。

話の内容から、この子はこの森の一軒家で一人暮らしのようだけど。

追われる身の自分にとっては好都合だけど、年頃の子がこんな得体の知れない男を家に置いて大丈夫なんだろうか。


段々自分の状況に現実味が出てきて、この空間にいることに違和感を感じてしまう。


柔らかくて、優しい場所。

スープをこぼす、ちょっと風変わりな知的で明るい女の子。


「よし!おしまい!食欲はある?何か食べれそう?」


明るい声が響く。

自分は裏切られたまま、あのまま毒で死んだと思ったのに。

優しくかけられる声に、不覚にも心が温まる。


少し、休んでもいいかな。


必死で走って生きてきたこれまでのことを振り返る。


どちらにしろ今は動けないから。


何だか言い訳みたいなことを心のなかで呟いて、この場に留まる理由があったことに、不謹慎ながらも、感謝してしまった。


読んで頂いてありがとうございます。


「面白い!」「早く元気になるといいね!」と思ってくれた方も、

「ほうほう、こいつの正体は……」「どこかに泥だらけのいい男落ちてないかな」「ドロだらけのお姉さん…」と思ってくれた方も、

ぜひブックマーク、

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